【コラム】
蓮の花は美しい。それゆえに、古代インドでは生命の象徴であり、仏教では極楽浄土のシンボルとみなされてきた。西欧においてもロータスは優美な花として扱われてきた。日本は高温多湿の気候風土から、蓮の栽培に向いているといえよう。かつて農村部に行くと、よく優雅な蓮の花を見ることができ、しばしその美しさに心を奪われたものである。
その蓮をメタファーとした話のうち、よく知られているものに「蓮の葉の理論」がある。この理論は、蓮の葉が毎日倍に増えていくと、蓮の湖がその葉で覆われるのはいつかという質問である。結論をいうと、蓮の葉で湖面がすべて覆われるのは、湖面の半分が覆われた翌日である。このたとえは、環境破壊や人間活動における悲劇が、ある日突然に起きることを示すものである。それゆえ、漫然と時を過ごすのではなく、悲劇が起きる前に早期にその対処を講ずることを人々に求めるときに、この理論が使われるのである。
つまり、最初はささやかなものでもその成長率が大きいときにはあっという間に普及するということを意味している。確かに、我々が消費する財でも最初は徐々にしか利用されないように見えても、ある水準(しきい値)を超えると急速に普及する様は、いたるところで目にする。PCであれ、携帯電話であれ、インターネットであれ、IT関連財の多くもまさにこのような発展を遂げてきた。しかし、それは逆にいうと、普及がかなり進むと、それ以上の成長はできないことを意味するのである。もちろん、人工物は自然物とは異なるので、その限界は自然のように単純ではないが、この帰結の意味は重いと考えられる。
ここでは上記の葉の現象のアナロジーとして「蓮の花の理論」を掲げてみよう。蓮の花がなぜ美しいかは、人の本来持つ美的感覚がそう思わせているとしかいいようがないが、蓮の美しさを語るときには、次のような説明がなされている。それは、蓮の花の純粋な美しさと、その花を支持している湖面以下の泥土との対比があまりにも劇的なコントラストを持つからであるという。蓮は、まさに底なしの汚濁の中から生まれながらも、その花はまことに美しいのである。実は、コンテンツの生成に関する現実もほぼこのようなものに近いと考えることができるであろう。
いまコンテンツが大変に注目を浴びている。日本は現在、世界から再び注目を浴びているが、その理由の大半は日本のコンテンツに関してであるといっても過言ではない。それを一言で言うと「クール・ジャパン」(かっこいい日本)ということになる。この10年余り、泥沼に入り込んでいたかのような経済状況であったが、その中から徐々に優れたコンテンツが実を結び始めていたのである。しかし、湖面の下がまさに混沌としているように、コンテンツが生まれる環境も実は今でも混沌としているのである。しかも次のようにかなり複雑な理由で混沌とした環境を作り上げてきたのである。
その第一は、コンテンツ産業全体の混沌さである。このコンテンツ産業は一口では言い表せないくらいさまざまなもので構成されている。メディア別では、出版業界あり、放送業界あり、映画産業も入っているのである。内容としても、伝統芸能からポップカルチャーまで実に幅広い。さらには、目的としても、高尚な教育用のものもあれば、単純に娯楽のものもある。そして、ハイテクを駆使したデジタルコンテンツもあれば、手書きなどの古典的な作品までもが含まれるのである。
第二は、その生産・流通・消費のあり方が、明確で合理的であるとは言いがたい状況である。生産面に関して言うと、優れたコンテンツを生み出す明解な理論や法則はないに等しい。現場の人が勘と経験を頼りに力仕事でこなしているのが実情であろう。資本力が大きな意味を持つことも事実ではあるが(映画の大作など)、お金があればいいものができるというものでも必ずしもない。いわんや、テクノロジーの高さがそれを保証するものでもない。最終的には、人々の創造力や芸術力や経験力に依拠しているのである。流通面に関しても、現在、さまざまなメディア(マルチチャネル・マルチメディア)によって流通されており、いかなるコンテンツがいかなるメディアと相性がいいのかはまさに現在手探りの中にある。消費の面もきわめて流動的である。ほんの少数のコンテンツに消費が集中する反面、カルトでマニアックなコンテンツも一方では消費が進んでいる。そして、コンテンツに関する権利としては、その主要なものは著作権であろうが、この著作権を誰に、どのように、どの程度認めるべきかなど、不分明な点も多い。
第三に、コンテンツはまさにその国の文化・伝統・歴史・風土・精神によって規定される面があることである。すなわち、理論的に杓子定規に学習すれば実現できるという類のものではないことが多い。まさにすべてが連綿と繋がりあっているのである。他の言葉で言えば、日本のコンテンツは日本のコンテクストの中で生まれるのである。と同時に、今大きな成長可能性をもつものがデジタルコンテンツである。これはそれぞれのコンテンツをデジタル化したものであり、ハイテクとの融合を意味しているのである。いわば、まったく異なる原理が結びついたものであるといえよう。
以上のようなさまざまな課題を抱えながらも、日本はコンテンツビジネスを展開していくのにはきわめて都合のいい環境でもあるといえよう。まず、日本の美意識や感性はまるで蓮の花のようである。日本の美意識の特徴のひとつは「純粋性」である。さまざまな事象や事物の中にある純粋なもの、根源的なものを見定めようとしてきたのである。その代表的なものとして、宗教では禅の思想がある。芸術としては水墨画や庭園などがある。芸能では能などがある。文学では俳句などがある。極限的に少ない字数で、豊穣な世界を描こうとする高度な芸術文化である。他方、これらの芸術文化の大半は大元を辿れば、さまざまな国から陰に陽に獲得してきたものである。よく言われるように、日本の思想・精神は、さまざまなものを排他的に選択するというよりも、あらゆるものを矛盾も含みながらも吸収・消化してきたものであると言われている。それゆえ、全体としては混合的であり多層的であるといえよう。
コンテンツ自体を蓮の花に譬えるならば、日本の精神風土は、それが咲く湖全体であるといえよう。それゆえに、花の生成を語るには、実はその下の複雑怪奇なものを語る必要があるのである。このコラムが今後数十回にわたって議論するのは、まさに、水面以下の世界である。素晴らしいコンテンツという花を咲かせるためにはそれを生み出す基盤のあり方を語っていくしかないであろう。
そのときに、ここでとくにフォーカスするものは、ITとの融合・複合化したデジタルコンテンツである。デジタルという最先端の科学技術とコンテンツというもっとも人間精神(感情)に近い感性物との生成と配分と消費に関する論理を考えることである。
蓮の花の美しさを描くのが芸術家の仕事ならば、このコラムの仕事は、PCとインターネットの中にどのようにして美しいコンテンツの花を咲かせることができるのかという、「コンテンツ経済の法理」の発見とその記述にあるといえよう。
(大阪市立大学 近勝彦)
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