【コラム】

IT資本論

42 8つのパラドクス - IT資本のパラドクス(4) 新しい人的資本の誕生

近勝彦  [2004/09/06]

新しい経済社会が、ゆっくり、しかし着実に形成されようとしている。それは、IT経済社会の中から生まれながら、それとは原理を異にするような様式をもった経済社会である。少なくとも、高度な知識が中心となる経済であるから、ナレッジ・ワーカーがその中核的な資産といえよう。それを普通、「人的資本」(human capital)と呼ぶ。

この人的資本の中には、人が身につけたさまざまなリテラシーが入る。また、業務活動の中で獲得した業務知識や経験知などが入る。さらには、高度教育機関等で学んだ専門知識が入ろう。もっといえば、ナレッジ・ワーカーが獲得した情報ソースへのアクセス方法や、専門家とのつながりもこのなかに入るかもしれない。どちらにしても、人的資本とは、ナレッジ・ワーカーが情報付加価値を生み出すための知的総力自体である。ただ、いくらナレッジ・ワーカーが優れた資産としての人的資本を有していても、それがこれまでに話をしてきたほかの資本とうまく組み合わされ、かつ価値を生み出すような状況が作られていなければならないのである。

IT資本のパラドクスの最後として、ここで総括をしてみよう。まず、知的資本が十分に形成されている必要がある。なぜなら、この知的資本をナレッジ・ワーカーが使いこなすことによって価値を生み出すからである。現在の日本の企業は、この知的資本の形成が不十分である。これを今後発展させるためには、知的資本の管理手法を一層発展させる必要があろう。つぎに、組織関係性資本を次世代の経済様式に合わせて再構築すべきであろう。ナレッジ・ワーカーが十全な力を発揮するためには、まさに彼らから最大の努力水準を引き出す必要がある。そのためには、新しい組織フレームを採用するとともに、コーディネーションシステムとインセンティブシステムも一新する必要があろう。さらには、IT資本はナレッジ・ワーカーの情報環境基盤ともいえるものなので、彼らが新しいナレッジを生み出すために、その「ITアフォーダンス」(情報提供環境)を整える必要があろう。

ではいかなるナレッジ・ワーカーが今後求められるだろうか。人的資本との関係で言えば、ワーカーの構成をどのように変えるかということである。そして新しい経済を導く人とはいかなる人であろうか。それを以下の仮想の国の建設の寓話の中で考えてみよう。

ある農業国があったとしよう。そこにはカリスマ的な王様がいて、国家を大いに発展させたいと考えた。そのためには、なにはともあれ最先端の国家となるべきとの信念をもっていた。そこでその王様は、情報産業に目をつけた。「これからは情報社会だ! 間違いない!」

まず、最新のPCおよびネットワークを配備した。でも、ソフトウエアは生まれない。そこで、国民にPCおよびインターネット講習を施して、ソフトウエアを生み出せるようにした。彼らの多くは、プログラマーやSEと呼ばれた。

しかし、どのように国家や社会や企業の情報化を進めていいのかは分からなかった。体系だったシステムをいかに構築すべきかが分からなかったのである。そこで、上記労働者の中の優秀な人々を海外に派遣し、より先進的な技術と手法を学ばせた。彼らは、母国に帰って指導的な立場となり、ある者はIT企業の経営者となり、ある者はシステムアナリストないしはストラテジストとなった。

彼らはさまざまなITシステムを国家・社会・企業の中で発展させ、大いにGDPを稼いだ。王様は、これで我が国家も先進国の仲間入りを果たし、念願の情報社会が実現できたと、自らの先見の明を大いに誇った。

しかしその国は、少子高齢化がますます進み、先端技術を取得するのに無理な財政支出を続けたため、国家破綻が見え始め出した。さらに王様を驚かせたのは、情報労働者が減少し始めてきたことである。情報通信産業の売り上げも鈍化し始めている。せっかく情報立国に国家の命運を賭けたのに、このままでは早晩破綻する。

以上は仮想の国の話であるが、あの国、この国、私たちが住んでいる国に事情が似ている。

そこで、今後はいかなるナレッジ・ワーカーを養成し、またはいかなるナレッジ・ワーカーになるべきであろうか。図表ではそれを表している。これまでの寓話は、まさに、ナレッジ・ワーカー(とくにITワーカー)の存在様式を示している。まずは、図表中の「I世代」から「II世代」まで生み出してきた。

図表 新しい人的資本の階層図

今後は、まさに「III世代」のナレッジ・ワーカーが求められているといえよう。この段階のITワーカーは、IT関連の知識だけではなく、経済社会の知識や理論に精通している人々である。言うなれば、IT関連の知識を基盤としてもちながら、社会政策や経済プログラムを立案できるような人である。または、新しい企業環境自体を変えうるような人である。「エバンジェリスト」(evangelist)とは、特定の知識や思想(パラダイムといってもいいかもしれない)を啓蒙・普及させる伝道師のような存在である。たしかに、あらゆる領域でこのような存在が目に付くようになっている。それに対して、「プロフィット」(prophet)とは、直訳すると預言者ということになる。一見超アナクロでオカルティックな、預言者と称する人をいたる所で見かけるのはなぜだろうか。

それは、まさに、IT経済の終焉が始まりかけているからではないか。コンピュータがこの世の中に誕生して、半世紀がゆうに経った。あらゆる企業や個人が当然のように使っている。社会的にもユビキタスとは、社会全般のデジタル化・情報化をいうと考えられる。その遍満性は、裏を返せば、ITの充足性を意味しよう。

経済学は、ある基本的な命題を基礎にもつ。それは「生産要素に関して収穫逓減」であるという命題である。すなわち、追加的なIT資本の投資では収穫(たとえば新規付加価値)がかえって低下するのである。かつて、これを巡って「ニューエコノミー論」が盛んに議論されたが、一般的には支持されていないといえよう(この説では収穫逓増といった)。

しかし、オルタナティブなニューエコノミーは、次第にその姿を現そうとしている。そのニューエコノミーとは何かを正確に言い当てることはできないが、ある程度の予想は可能であろう。そのひとつが、知識経済であり、コンテンツ経済であろう(もっと適切な言葉が今後見つかろう)。

それは、上図表を使えば、「新しい経済の使徒」(New Economies Apostle)によって切り開かれるであろう。

歴史は連綿として続くけれど、その経済社会原理は必ずしも連続的ではない。IT経済のトレンドはいましばらく続くだろうが、その内部では別の原理をもつ領域がゆっくりであるが、確実に形作られつつあるといえよう。それが顕現する日はいつだろうか。その日が来るのが大いに楽しみである。

(大阪市立大学 近勝彦)

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