【コラム】
ちょっと古い言い方であるが、今の時代は「重厚長大型」経済ではなく、「軽薄短小型」経済の時代と言われることがある。しかし、重厚長大型の代表である鉄鋼業などは、中国などの新興工業国の一段の発展で、彼らへの輸出が伸び、生産量は近時拡大している。しかも、このような産業は自動化がますます進むので、生産性の伸びは高い。その面では、プロダクト・イノベーション(第14回参照)は小さいかもしれないが、プロセス・イノベーションは漸次高まり、利益を確保することは今後とも十分に可能であろう。ただ、メガ・コンペティションも厳しく、産業の生き残りと個別企業の生き残りの問題は別と見なければならない。
これと反対の極にあるとみられる軽薄短小の代表格・ハイテク産業は、プロダクト・イノベーションが多方面に進むので、今後とも飛躍的な発展を遂げるであろう。しかし、個別産業内での余剰利潤の存在(可能性)は、さまざまな企業の新規参入を招き、そこでの生き残りはこれまた容易なことではない。
この2つの産業の狭間にあると見られているのが、軽工業または各種サービス産業である。この種の産業は「規模の経済」効果も効かず、かといってハイテク技術を基盤としていない。また一般的には、これらの産業は労働集約的な産業でもある。なぜなら、企画・開発・製造・販売などの各プロセスにおいて自動化が行われにくいからである。それゆえ、日本のような先進国では、輸入代替型産業とみなされ不況業種に位置づけられることが多い。確かに、そのような面もあるが、先のブランドの議論でも見たように、この面にこそ、先進工業国の先達としての欧州企業の底力を感じるのである。とくに、中小企業が大いに活躍できる産業としては、比較的ローテクな衣料や雑貨関連産業と、高級ブランド産業は、同じ位相にあるといえる。一見衰退産業にみえるものが、一転、高度知識を基盤として再浮上し、花形産業化する余地は十分にあるといえよう。
これからお話するのは、そのような産業に属しているうら若き女性たちの、一見ささやかであるが、大きな価値を産むプロセスについてである。
筆者は、このコラムのほとんどを今流行のカフェで書いている(正しくはキーを叩いている)。軽快なジャズや見知らぬ人々の会話は、精神の集中と拡散にはほどよく、時代のもつ「不易と流行」「深層と表層」のない交ぜになったような感じが、筆者には心地よい。
某日、行きつけのカフェに、何人かのギャル風(茶髪でロングブーツを履き、ファーを着けている20歳前後の女性=筆者の乏しい観察による定義)の女性がおり、比較的高いテンションで会話をしていた。最初は何かの勧誘であると思われたが、実は、その町にある衣料製造関係者であったように思う。彼らは、携帯で新しいデザインの商品を見せ合い、子供のように「かわいいー」を連発していた。実に幼げな表現や態度に、ちょっと眉をひそめたのは私だけではないだろう。
しかし、もれ聞こえてくる話の中には、実はかなりレベルの高い言葉が潜んでいることに気付いた。いまミラノでは、このようなものが流行っている。または、超有名ブランドGのどこそこがどう似ているなどなど。筆者の知らない単語も多数出てくる。そして、互いが互いを否定することなく、次々に他者の言葉やアイデアに自分の感覚から出た言葉を重ねていくのである。彼らの一連のセッションの中に、全体としてリズミカルに、今の若い女性層のファッションセンスやトレンド分析が織り込まれていくのである。
筆者は、ここに新しい産業の価値作りの方向性が感じ取れた思いがした。彼らの製品作りや商品企画または販売戦略は、大いに見習う価値をもっていると考えるのである。それを別の言葉で再構成すると次のようになる。
まず、彼らは企画製造業者であるから「プロデューサー」(生産者)であるが、その本質は、「コンシューマー」(消費者)であろう。それゆえ、これはA.トフラーが『第三の波』で語った「プロシューマー」(生産と消費を兼ねる存在)という存在に限りなく近い。自分の感性や趣味に合うものを、市場に自ら投入し、同じ感性の消費者と「共感」と「共鳴」を作り出していくのである。このようなマーケティング戦略はブランド理論にも適っている。それぞれの市場規模は大きくないであろうが、強い顧客のロイヤリティを創出させるのである。このような中から、メガ・トレンドのモードが生み出されていくと感じられたのである。
つぎに、彼らのモノづくりは、いわゆる大企業のホワイトカラーとは対極的なアプローチを取る(ここでは理念的に考察しており個別的には千差万別であることはお断りしておきたい)。ホワイトカラーは、「構造」(structure)と「順序」(序列:order)がまず頭に浮かぶ。または、他者との関係性が常について回る。一言で言えば、きわめて強い「組織依存的生産様式」といえよう。しかし、先の女史達はそれと対比していえば「変化」(variation)と「循環」(circulation)であろう。彼らにとっては、自分が世界の中心(起点)であり、それを同じ感性の人々と繋げていくのである。喩えていえば、彼らの活動は「編み物」(knitting)に近い。布地を編むということは、単純な編む行動の無数の集積によって、無限の「模様」(pattern)を創造することなのである。
傍目からみると、なんとも心もとなく、あたかも戯れているようにしかみえないが、モードという世界を捉える最良の手法である可能性は高い。彼らのような言語思考戦略、マーケティング戦略は、多数量からの客観的な統計分析では捉えることができない、いわば人々の息遣いや移ろいゆく感覚世界を統御する優れた認識戦略であり、「隠れた感性価値」(hidden sensitive value)を掬い取る最適なヒューリスティックな手法であるかもしれないのである。
勿論、高度な知識や技術の体系的な創造・開発を否定するというものではなく、ここで取り上げたような創造プロセスも、補完的に取り入れるべきであると言いたいのである。科学主義のドグマから時には自らを解放することも必要であろう。
どちらにしても、小さい知識源泉から、まずは小さい知識流水をそこかしこに作っていくべきであろう。ちょっと経営学の言葉を使うのならば、これは、M.ポーターのいう「価値連鎖」(value chain)にほかならないであろう。
(大阪市立大学 近勝彦)
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