【コラム】
コンピュータが誕生して半世紀に達している。インターネットが日本で一般的に普及し始めて10年が経った(生誕自体は1969年という説あり)。いよいよ、本格的な情報社会が到来しようとしている。この大きな情報革命の中のサブ進化は、ブロードバンド時代、ユビキタス時代などと呼ばれている。前者は、通信環境が整って大容量のマルチメディア情報が湯水のごとく流通する様を示し、後者は、社会の隅々にまで、PCないしはマイクロチップがディフュージョン(拡散)され、遍満される様を示している。さらにその先には、高度な知識社会がやってくるだろう。
これからすると、IT産業は勿論としても、既存産業・企業もますます発展するように思われる。ではなぜ、現今の経済社会が行き詰っているのだろうか。日本のGDPは、この10年間、ほとんど増加していない。企業業績も当然だが芳しくない。IT需要者の停滞を受けて、IT産業も、近時、売り上げが落ちはじめている。
そこでこのコラムは、IT投資の効果に関する基礎的な認識を確認し、それがなぜ、経済社会に大きな効果をもたらさないか、もたらしているにしてもそう見えないのかを、まず明らかにしていきたいと思う。
筆者の目論見では、「3つのジレンマ」と「8つのパラドクス」という形で展開したいと思っている。前者は、IT投資の効果がないようにみえる理由を明らかにすることである。後者は、IT投資は経済社会現象のなかに様々なパラドクス(矛盾)を生み出すが、それが正の効果と負の効果を同時に発生させる可能性について論じることである。この2つの関係は、後者のパラドクスによって、前者のジレンマが生じるともいえる。どちらにしても、後者のパラドクスをいかに解消するかが、いわばこれから話すIT投資の理論分析の基礎をなすと考えるからだ。
このような議論を終えた後に、主に「4つの知識クラスター」の議論に入る。ここでいう4つの知識クラスターとは、いわゆる「バランス・スコアカード」でいう4つの経営上のバランスを図る要因に対応している。すなわち、まず「顧客価値最大化のための要因」のためのIT投資を考察する。企業活動の目的は利潤最大化だが、それを直接的にもたらすのは、顧客が満足しその対価として企業に収入をもたらすからである。現在のIT効果を考えるときにも最も重要な要因といえる。第二は「組織構造とプロセス要因」へのIT導入に関しての議論である。IT環境がどんどん発展・深化するなか、企業は環境適応業であるわけだから、IT環境への組織的適応は重要だといえる。第三は「ナレッジ・ワーカ(知識労働者)の要因」である。この中心には、ナレッジ・ワーカのエンプロイヤビリティ(雇用される能力)の向上のための手法が提示される。最後が「財務的要因」である。企業は、顧客価値を最大化させることを通じて、自社の企業価値を最大化させることを目標とするからだ。このすべてを通じて、IT資本の最適な投資理論を論じたいと考えている。
これを読んでおられる読者は、さまざまな属性をお持ちだろうが、勝手ながら、私は一応、三層の方々に焦点を比較的強く絞りながら、今後の議論を展開したいと思っている。その第一は「IT産業で働いておられるインフォメーション・ワーカ」である。これから話すIT関連の話の大半は彼らのナレッジやビジョンを高めるものを主に狙っている。情報産業(広義のIT産業)は、現在、日本最大の産業セクターとなっており、日本経済発展の大きな一翼であることはまちがいがなく、そこで働くワーカの「ワーカビリティ」(労働力による付加価値力)の向上がカギだと考えられるからだ。第二は「企業・組織の中間管理職」の方々で、ここでは「組織に改革をもたらし価値創造をもたらすナレッジ・ワーカ」を指す。旧来の「情報処理」と「情報伝達」を中間的に行うホワイトカラー労働者ではなく、新しい企業環境に対応した組織を作り出すチェンジ・リーダとしての知識労働者をいうと考えてもらいたい。最後が、古典的な言い方では「企業経営者」であるが、ここでは、P.ドラッガーの言をいれて、「企業家」(アントレプレナー)を想定している。前者との違いは、後者は企業家精神をもち、経済社会および企業にイノベーションをもたらす経済社会および産業のリーダなのである。ただ、このとき、ナレッジをもって多くのナレッジ・ワーカを導く導師のような存在(経営カリスマ)と考えられるので、ここでは「インテリジェント・ワーカ(叡智を働かせる人)」と呼ぶこととする。
最後に、私(筆者)は現在、大学大学院で教鞭をとっているものとして、大学院レベルの議論ができたらと考えているが、表現はできるだけ平易なものに努めたいと思う。
2003年秋、ITの進化とそれの経済社会および企業経営への応用による影響を、徹頭徹尾クールに見透しながら、ホットな志をもって、これまでに明らかにされなかった「IT資本の本当の力」をコツコツと描きたいと考えている。
さて、我々はITを携えて、どこまで遠くにいくことができるだろうか。そのとき、どのような「知の黄金郷」をみることができるだろうか。
(大阪市立大学 近勝彦)
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