ネットを怖れるワイドショー

購入どころか、来店したこともないケーキ店やパン屋に「髪の毛が入っていた」という虚偽のクレーム電話をかけて、金品をせしめていた女が逮捕されました。

ニュースによれば、押収した携帯電話には30都道府県約1200店へ、累計7千回の発信履歴があり、「カモ」を探す目的と見られる電話番号案内「104」への発信記録は4650回にものぼるようです。

要求額はそれぞれ数千円程度であり、不審に思ってもトラブルを嫌ったためか、支払う店もあったようです。

これを報じた、ある朝のワイドショーは「対応を誤れば、ネットで拡散される。クレーマー対応は難しい時代になった」とコメンテーターの言葉で締めくくりますが、事実誤認も甚だしい。

だからテレビは信用を無くすのです。クレーマーはいつの時代もなくなりはしません。しかし、ネットの普及により、クレーマーは「恐るるに足らず」となりつつあるからです。

ネットの集合知

この事件では、発覚前から犯人の実名や電話番号がネット上で共有されていました。

理不尽な要求に、毅然と対応した関西圏のレストラン従業員が、自身のブログに犯人の手口を紹介し、名乗った名前と電話番号を公開していたからです。

また、「電話番号の口コミサイト」では、犯人が金品の送付先と告げた住所まで公開されており、「ウチにもかかってきた」と多くのコメントが寄せられていました。

これにより相当数の被害を防げたことでしょう。これはいわば「集合知」です。

今から10年前の「Web2.0」で大騒ぎされた「集合知」とは、ネット上に集まった情報や、寄せられた意見が「叡智」になるとするもので、当時は荒唐無稽な論理の飛躍や、恣意的に援用されることが多く、私自身は否定的な立場でした。

しかし、ネット世論が白紙撤回へと追い込んだ、東京五輪エンブレムを巡る「サノケン騒動」に代表されるように、「集合知」が確認される事例が増えています。クレーマー被害の拡大を防いだのもそのひとつでしょう。

この「集合知」からトンデモナイ奇策を講じる企業が現れました。

かけたフリーダイヤルは

逆クレーマーといえるのが「テレアポ商法」です。マイラインなどの電話勧誘では、ウソもつけば詐欺同然の手口も使います。

まず「NTT東日本代理店(関西では西日本)」を名乗り、「お使いの電話番号についてのご案内」からはじまり、断っても「お安くなるのに何か問題でも?」と執拗に食い下がり、果ては「断る理由がわからないなぁ」と小馬鹿にし、こちらの正常な業務を妨害する構図は「クレーマー」と同じです。

私はこの手の売り込みには、社名と担当者名、住所、電話番号を尋ね、必要なら折り返すと告げます。まともな業者の普通の社員なら、これに応じて受話器を置きます。

電話番号をネットで検索しても、その会社のホームページに辿り着くだけです。問題はまともじゃないクレーマー的テレアポ業者です。あるときの売り込みは、あまりにも執拗でいて無礼。

ようやく聞き出せたのは社名とフリーダイヤルの番号だけ。すかさず折り返し電話をかけ、上司に文句のひとつでもいってやるつもりでしたが、女性の声による自動案内はこう告げます。

「お電話ありがとうございます。×××です」

誤解を避けるために伏せ字にしましたが、テレビCMも流す超有名企業のフリーダイヤルでした。社名だけは本物だったようで、ネット検索を駆使して調べた電話番号を先の口コミサイトで確認してみると悪評のオンパレード。詐欺同然の売り込みを繰り返している「テレアポ0.2」です。

あきらかに不正

突然電話をかけてきて、相手を騙し、騙しが通じなければ罵倒する。そして電話番号すら嘘をつく。

そんな企業……いや、詐欺師同然の集団をスポイルしているのがネットの力です。電話番号で検索すると、連中の悪評がずらりと並びます。だから、自社の電話番号すら伝えることができず、有名企業のフリーダイヤルを告げたのでしょう。「死ねばいいのに」と心の中でつぶやいたことは秘密です。

クレーマーにも同じことが起こっています。以前は、ネットに書き込まれたひとつのクレームが、店の命運を分けることもありました。店側が反論するノウハウを持っていなかったからです。

しかし、今やTwitter、Facebookなどによって、ネット上で発言することは誰でも可能な日常の延長となりました。理不尽なクレームに対して、反論する場が与えられたのです。さらにネット上での発言は、半永久的に保存されています。

つまり、悪口の主が「クレーマー」だとすぐに分かる時代になったことは、冒頭の事件が証明しています。だからクレーマーなど恐るるに足らず。毅然と対応すれば良いだけのことです。そしてクレーマーではない、お客の声に真摯に応えることは言わずもがな。

しかし、テレビコメンテーターはネットのせいで、クレーマー対応が難しくなったと嘆いてみせます。それは「ネットで検索」すれば誰でも分かる「事実誤認」です。だから、テレビは信用を無くすのです。テレビ離れを助長しているのはテレビ自身です。「テレビッ子」としては悲しい限りです。

エンタープライズ1.0への箴言


クレーマーに適切な反論ができる時代になった

宮脇 睦(みやわき あつし)

プログラマーを振り出しにさまざまな社会経験を積んだ後、有限会社アズモードを設立。営業の現場を知る強みを生かし、Webとリアルビジネスの融合を目指した「営業戦略付きホームページ」を提供している。コラムニストとして精力的に活動し、「Web担当者Forum(インプレスビジネスメディア)」、「通販支援ブログ(スクロール360)」でも連載しているほか、漫画原作も手がける。著書に「Web2.0が殺すもの」「楽天市場がなくなる日」(ともに洋泉社)がある。最新刊は7月10日に発行された電子書籍「食べログ化する政治~ネット世論と幼児化と山本太郎~」

筆者ブログ「ITジャーナリスト宮脇睦の本当のことが言えない世界の片隅で」