多摩川信金は正しい

この夏、日本全国で混乱を巻き起こしている「プレミアム商品券」。なんのことはない悪しきバラマキ政策で、しかも商品券を購入する余力を持つ世帯しか恩恵にあずかれないので、経済弱者の救済効果も期待できません。いわば、富めるものをより豊かにするための政策です。

安倍政権の脇は甘く、批判材料には事欠かないのに、国会は筋違いのイデオロギー闘争の場と化しております。その結果、失策が取り沙汰されることもなく、安倍政権の延命へと繋がっていることに野党は気がついていないようです。

そんな中、八王子市の商工会議所が発行した「プレミアム商品券」の販売を請け負っていた、多摩川信用金庫の職員による「不正購入」が発覚しました。5千円分購入すると6千円分となる、20%のプレミアム付き商品券の一部が、一般販売の前に職員が購入したり、一部顧客に販売していたりしていたというのです。

とはいえ、これは事前に想定されたことです。性善説に立てば「ありえない」ことでしょうが、性悪説に立たない危機管理など絵に描いた餅です。あらかじめ整理券を配布し、販売枚数と照合するといった内部調査による発見、そして公表をした多摩川信金の対応はセカンドベストと言えるでしょう。

一方で「性善説」を拡大解釈し、不正流用が発覚しても責任を取らずに済む「仕組み」を考えた自治体もあります。

発売3時間前に完売

貧困層が多いと揶揄される首都圏近郊のA区。しかし、再開発や幹線道路整備の地上げにより、多額の現金を懐に入れている小金持ちが多いことはあまり知られていません。それが理由か、同区内で発行された総額10億円のプレミアム商品券は、発売予定時間には完売状態で、早いところでは売り出し3時間前の午前7時には完売していました。一方「買えない区民」が続出します。理由は「地域格差」です。

A区北西部のエリアでは、販売する1店舗当たりが受け持つ区民は7918人。これに対して、南端のS地区では2221人。つまり、入手しやすさに3.56倍の「地域格差」が生まれていたのです。行政サービスにおける平等の原則を侵害しますが、A区では誰ひとり責任を取らずにすむ仕組みが、見事に創りあげられていました。

八王子市の商品券は八王子市が発行しましたが、A区は「商店街振興連絡会議(仮称)」と呼ぶ、区内の商店街が集まった親睦団体が主体となっていました。プレミアム商品券には「税金」が投じられていることから、公平性の原則が守られていないという筆者の質問に、A区の担当部署は「連絡会から申請があったものを処理するだけで、区として支払っている訳ではない」と回答。つまり、区の発行ではないから、不公平があっても知らないという理論武装です。

利益誘導などあり得ない?

区はオブザーバーとして職員を派遣していますが、連絡会での決定は、あくまで民間によるものとして追認するだけ。だから責任がないと言外に匂わせます。連絡会による利益誘導の可能性を問うと、「性善説」を根拠に「ありえない」と突っぱねるだけです。

先の「区民格差」が生まれた理由は、連絡会の構造に由来します。一本の通りでも辻(交差点)の前後左右で、別の商店街になることは珍しくなく、旧宿場町でもあるS地区は、商店街の数が圧倒的に多く、それだけ商品券を取り扱う店舗数が多いのです。そしてA区の総人口10%程度のエリアに、販売店舗の24%が集中します。

連絡会に参加するのは区内各所の商店街、つまりは営利団体です。商品券を取り扱えば、集客を見込めるのは自明で、自らの商店街が有利になるように働きかけるのは「当然」です。そこにあるのは性善説ではなく経済原理です。これを放置したA区の「バラマキ0.2」が格差の元凶です。

巧妙で狡猾で経済失策

八王子市では市内の全世帯に整理券を配った上、一世帯1セット(5千円+プレミアム1千円)限定で1次販売を行いました。一時利得を、皆で分け合う共助の精神に溢れた設計です。一方、A区は、1セット2万円で4千円のプレミアムがつき、購入限度は「1人5セット」。つまり、一人当たり最大2万円をゲットできます。生まれたばかりの赤ちゃんまで1人と数えた4人で、8万円をゲットした家族もいたそうです。

大型量販店では、商品券の取扱数量を公表していました。一方で取り扱い数を公表していない個人商店は多く、問い合わせに応じない店もありました。そして販売した数量を確認する術はありません。つまり、多摩川信金のような不正をした店舗があっても、すべては闇の中です。

こうした批判をA区にぶつけても、先の連絡会に責任を押しつけるだけですが、連絡会は法人格すら持たない任意団体ですから、取るべき責任をそもそも持っていません。さらに連絡会とは地元の商店街であり、地域に影響力を持つ有権者。革新勢力や市民団体でさえ、迂闊に噛みつくことなどできず、その結果、A区は一切の責任を免れることに成功します。

皮肉なことに、こうしたテクニックがA区の「産業振興政策」をいつも躓かせる理由のひとつです。冷静に考えれば分かることです。自らの利益に汲々とし、客の気持ちを考えないような「商店街」に、政策を丸投げして、産業が振興するわけがありません。「商店街0.2」ともいえる「シャッター通り」が同区内に増えているのは、時代のせいだけではありません。

エンタープライズ1.0への箴言


客の気持ちが分からない商店街は衰退する

宮脇 睦(みやわき あつし)

プログラマーを振り出しにさまざまな社会経験を積んだ後、有限会社アズモードを設立。営業の現場を知る強みを生かし、Webとリアルビジネスの融合を目指した「営業戦略付きホームページ」を提供している。コラムニストとして精力的に活動し、「Web担当者Forum(インプレスビジネスメディア)」、「通販支援ブログ(スクロール360)」でも連載しているほか、漫画原作も手がける。著書に「Web2.0が殺すもの」「楽天市場がなくなる日」(ともに洋泉社)がある。最新刊は7月10日に発行された電子書籍「食べログ化する政治~ネット世論と幼児化と山本太郎~」

筆者ブログ「ITジャーナリスト宮脇睦の本当のことが言えない世界の片隅で」