ソーシャルメディア主犯説

サントリー食品の新製品「ヨーグリーナ」が「売れすぎ」を理由に生産中止を発表し、Webでは批判の嵐が吹き荒れました。サントリー食品は、SNSによる反響から、想定以上に売れすぎ、供給が追いつかなくなったと説明したのですが、そのSNS上には、ヨーグリーナのあり余っている写真が次々と投稿され、拡散されていたのです。

同社は「レモンジーナ」も発売翌日の4月1日に、同じ理由で生産中止を発表し、この時も街中に「在庫」が溢れていました。そこで品薄を演出して飢餓感を煽る「煽り商法」ではないかと炎上したのです。筆者も写真を拡散していた1人です。

そもそもSNSは全国規模の販促ツールにはなりません。なぜなら「コミュニティ ツール」だからです。「クチコミ」による多少の販促効果は期待できても、友達はセールスマンでもディストリビュータでもありません。局所的ヒットが起こるのは、いわば「身内ウケ」です。これをいまだに分かっていない企業は多く、その背景にはSNSの影響力を、過剰に喧伝することで、仕事につなげるWeb業界人の存在があります。

田舎在庫説が強化する煽り説

サントリー食品の擁護に、真っ先に手を挙げたのはコンサルタントのN氏。多数の著書がありながら、本業がいまひとつ分からない人物ですが、彼は「田舎在庫説」を開陳します。「若者」がいる都会では、SNSの効果が確認できる一方、拡散された「在庫」の写真は田舎や高齢者の多い地域のものだ。というものです。

一時的な在庫不足と、生産中止を混同しています。そしてなにより「ヨーグリーナ」は「都会限定商品」ではありません。さらに、仮にこの説が正しいなら「都会の若者以外には売れていなかった」こととなり、出荷調整で対応できるはずで、「売れすぎ=販売中止」という構図が崩壊し、「煽り商法」の疑惑が強化されてしまいます。

続いてT氏。物流や小売りに弱いと前置きしながら、SNSで話題になったタイミングと、入荷時期のズレによる「タイムラグ説」を主張します。そもそも物流に弱いと前置き(言い訳)する、T氏に語る資格があるのかが疑問です。

それは「殴り合いしたことがないんだよね」というサラリーマンに、プロボクシングの解説を依頼するようなものだからです。無責任なアマチュアも集うSNSとは異なり、物流や小売りの現場は、それで飯を食べている「プロ」が支えています。

タイムラグと物流網

発売日当日に全国津々浦々に行き渡るには、遅くとも発売日の前日には、サントリーの山梨県にある工場から「ヨーグリーナ」を積み込んだトラックが出発していなければなりません。

仮にT氏の説が正しいなら、サントリー食品の「配送網」には重大な欠陥があるということです。しかし、サントリー食品が擁する「なっちゃん」「CCレモン」「BOSS」などからも、派生商品が登場していますが、これらから同種の話は耳にしません。

もっとも、物流の素人であるT氏に、解説記事を発注したのは日経新聞です。「サントリー擁護」のための援護射撃とみることもできます。日経新聞は企業から寄せられる広報を、そのまま紹介する傾向が強い「広報キュレーションメディア」。もちろん、独自の取材を重ねて記事を書くものが新聞であるなら「新聞0.2」ですが。

動かぬ証拠がある

物流の構造、小売りの現実から消去法で選別すると、「煽り商法」が残されます。仮に「煽り商法」でなければ、一度ならず二度の発売中止は、物流網、社内連絡の不備など、メーカーとしての重大な欠陥の告白と同義で、そこで「SNS」を「スケープゴート(生け贄)」にしたところ、その「SNS」で在庫写真が拡散された「スケープゴート0.2」ではないかと。

さらにSNS時代に皮肉な話しですが、私の手元にある「新聞折込チラシ」が、スケープゴート説を補強します。発売中止発表から4日後(4月21日)の日替わりセールの目玉として「ヨーグリーナ」が紹介されているのです。

折り込まれたのは日曜日の4月19日で、新聞折込広告は仕組み上、発売中止の記者会見が開かれた金曜日には、チラシは刷り上がっていなければなりません。また、それ以前に商品確保できていなければ、版下(デザイン)を作ることはできません。さらに、「日替わりセールの目玉」であることに注目します。

一般的に「新商品」を「目玉」とするときは、メーカーなり問屋から「協賛金」がでているか、有利な仕入れ値を提示されているときです。チラシは「集客」のために実施するもので、客が集まるかどうか不確かな「新商品」を、自己負担で紹介する奇特な小売店はありません。

希望小売価格124円の商品が79円で特売されていました。品切れ続出が事実なら、値引き販売する理由はなく、先のN氏、T氏のどちらの説でもこの事実を説明できません。何一つ、どれひとつとっても「SNS」は理由にはならず、むしろ「そもそも限定商品だったのではないか?」という、別の疑念が浮かぶ騒動です。

エンタープライズ1.0への箴言


SNSのコントロールは難しくても、出荷調整はメーカーの腕の見せどころ

宮脇 睦(みやわき あつし)

プログラマーを振り出しにさまざまな社会経験を積んだ後、有限会社アズモードを設立。営業の現場を知る強みを生かし、Webとリアルビジネスの融合を目指した「営業戦略付きホームページ」を提供している。コラムニストとして精力的に活動し、「Web担当者Forum(インプレスビジネスメディア)」、「通販支援ブログ(スクロール360)」でも連載しているほか、漫画原作も手がける。著書に「Web2.0が殺すもの」「楽天市場がなくなる日」(ともに洋泉社)がある。最新刊は7月10日に発行された電子書籍「食べログ化する政治~ネット世論と幼児化と山本太郎~」

筆者ブログ「ITジャーナリスト宮脇睦の本当のことが言えない世界の片隅で」