ヘビーローテーションの理由

前回取り上げた「755」と同じく、年末年始のテレビで、繰り返し流れていたのが「ソーシャルゲーム」のCM。「パズドラ」「白猫プロジェクト」「モンスト」「キャンディクラッシュ」が四天王といったところで、その他にも数多くのソーシャルゲームのCMが流されていました。

よく似た光景はここ数年繰り返されており、少し前には「グリー」や「モバゲー」のCMが飽きるほどでした。新規客の獲得は理由のひとつですが、すでに大ヒットしてからも、テレビCMを繰り返し流す理由は「依存」です。

首都圏近郊に住む40代半ばの専業主婦Sはソーシャルゲームにどっぷりとはまっていました。朝、目覚めて最初にすることは「アメーバピグ(ピグ)」の確認です。ピグとはピグと呼ばれるアバター(仮想人格)を操作して、仮想世界での交流を楽しむネットサービスで、そこでは様々なイベントが定期的に開催され、俗に「農ゲー」と呼ばれる、家庭菜園を楽しむゲームも提供されています。Sはサイバー空間の畑で収穫し、土地をならし種をまいてから、リアルの朝食をとっていました。まるで農家です。

ソシャゲ廃人主婦Sの告白

自分の朝食が終わると食卓でノートパソコンを広げ、ソーシャルゲームを再開します。わずか数分でも時間ができると再開し、就寝直前までやっているので家事はおろそか。下着の引き出しから、旦那のパンツがなくなることは珍しくなく、ソーシャルゲームが理由での夫婦喧嘩は数え切れません。

ソーシャルゲームにハマって、日常生活に支障をきたす人を、ネット用語で「ソシャゲ廃人」と呼びますが、Sはほぼその名に値する生活をしていました。

そのSが、昨年の12月18日をもって、ピタリとすべてのソーシャルゲームを「卒業」します。

Sがソーシャルゲームにはまったきっかけは、フジテレビが提供していた「ネットでマングローブ」という「農ゲー」でした。これは、サイト上で「マングローブ」を育てて一定本数に達すると、リアルの沖縄の海に「マングローブ」を植林するという触れ込みで始まったサービス。同じ暇つぶしでも多少の社会貢献になるならという理由でSは3年前に始めました。その暇つぶしがいつしか目的化し、廃人レベルに達した理由は「依存」です。

残るのは……

依存と報酬は不可分だと、「依存症ビジネス(ダイヤモンド社)」の著者デイミアン・トンプソンは指摘します。ドラッグが与える快楽(麻痺)が報酬であり、飲酒による昂揚感や酩酊はもちろん、母親が焼いてくれる身の回りの世話が報酬となる依存症「マザコン」も同じです。報酬はリアルとネットを区別せず、レアカードもマングローブも「報酬」です。そしてソーシャルゲームとは「依存症」を作りだすことで成立するビジネスモデルです。

ソーシャルゲームでは、連日「イベント」が開催されます。イベントの大半は1日がかりで、終了した数時間後には次のイベントが始まります。多くのイベントでは「順位」が与えられ、順位が「報酬」となります。専業主婦が家事をしても、毎日それを誉める旦那は希です。いつもより多く得意先を回ったからと、称揚する上司も皆無と言って良いでしょう。しかし、イベントは順位という報酬を必ず与えてくれます。順位には投じた時間が反映され、さらに課金が裏切ることはありません。そしてソーシャルゲームへの依存を深めていきます。

トンプソンは、報酬を求めることは人間本来の欲求だが、現代のビジネスは「過度に欲する」ように研究されていると指摘します。より分かりやすい形で、より入手しやすく「欲求」が提供されているというのです。ソーシャルゲームでいえば「順位という評価の過剰要求」です。しかし、自身の体験から、依存からの離脱は可能とします。

農ゲーからの卒業

Sが卒業を決めたその日、「ネットでマングローブ」はサービスを停止しました。同種のソーシャルゲームが始まり、そちらへの移籍を促すメールが連日届きましたが、それまで貯めたポイントやアイテムを移植できません。つまり、3年間のすべてが無駄になった瞬間、Sは冷静さを取り戻してつぶやいたといいます。

「暇つぶしに意味なんてないか」

そしてピグも含め、すべてのソーシャルゲームから「卒業」しました。

サービスが停止されれば、溜めたポイントやレアアイテムは手元に残らず、ソーシャルゲームで出会った仲間との関係性も終了します。オフ会などを開きリアルでの接点を持つ人もいるでしょうが、熱心に暇つぶしをしている人と、リアルで関係性を持つメリットはそれほど多くないでしょう。

サービスが停止されれば、「順位」はもちろん、溜めたポイントやレアアイテムは手元に残らず、出会った仲間との関係性も終了します。オフ会などを開きリアルでの接点を持つ人もいるでしょうが、熱心に暇つぶしをしている人と、リアルで接するメリットはそれほど多くないでしょう。

ソーシャルゲーム各社がテレビCMを繰り返し流すのは、それが「暇つぶし」における過剰な欲求だと目が醒め、「依存」から「卒業」されることを怖れてのこと。それは「ゲーム性」でユーザーを惹きつけていない「0.2」の告白でもあります。

暇つぶしには暇つぶしという目的がありますが、それ以上の意味はありません。暇つぶしですから、なくなっても日常生活に支障をきたさないどころか、むしろプラスになるのがソーシャルゲームです。今、Sの旦那の下着の引き出しには、溢れんばかりのパンツが詰まっています。

エンタープライズ1.0への箴言


依存型ビジネスの敵は冷静さ

宮脇 睦(みやわき あつし)

プログラマーを振り出しにさまざまな社会経験を積んだ後、有限会社アズモードを設立。営業の現場を知る強みを生かし、Webとリアルビジネスの融合を目指した「営業戦略付きホームページ」を提供している。コラムニストとして精力的に活動し、「Web担当者Forum(インプレスビジネスメディア)」、「通販支援ブログ(スクロール360)」でも連載しているほか、漫画原作も手がける。著書に「Web2.0が殺すもの」「楽天市場がなくなる日」(ともに洋泉社)がある。最新刊は7月10日に発行された電子書籍「食べログ化する政治~ネット世論と幼児化と山本太郎~」

筆者ブログ「ITジャーナリスト宮脇睦の本当のことが言えない世界の片隅で」