やっぱり東電の体質は

東京電力が、2014年の4月9日でサポートの切れたOS「Windows XP」を今も利用し、今後5年間は継続利用する方針だったと読売新聞がスクープ(2014年7月6日朝刊)します。そしてネットでは「安全軽視」と批判され、

"黒字決算でボーナスも貰ったのにふざけるな(意訳)"

と、いうものまであり、「原発事故」も絡めて攻撃されていました。

セキュリティとはトラブルを発生させないための取り組みです。現時点において問題が発生していないから、XPを使い続けるというのは「セキュリティ0.2」です。確かに電源喪失を想定していなかった原発対策に通じます。

読売新聞の見出しにはこう添えられていました。

"4万8000台 国は3度更新要請"

東電は国の再三の「要請」を無視して継続使用をしていた…何かがひっかかります。

粉飾レベルの経費削減

Windows XPの搭載機を買い換えるとなれば、ディスプレイを含めた周辺機器や、ソフトの更新も必要です。更新対象パソコンが4万8000台あるなか、東電の従業員数は2014年3月末で35,723人、一人当たり1.34台セッティングしなければなりません。しかし、すべての東電社員がパソコンに明るいとは考えられず、現実的にはセッティングも含めた諸費用が必要で、1台当たり10万円ちょっとと見積もっても約50億円が必要となります。

ネットの書き込みにあったように、東京電力の2014年3月期の経常利益は単独で432億円の黒字です。前年3,776億円の赤字から、V字回復したのだから50億円などはした金…ではありません。粉飾決算レベルの工夫で導き出した黒字なのです。赤字では銀行からの借り入れ金利の上昇は避けられず、経営環境はさらに悪化するからです。

そのひとつが「特別利益」で、一般的には、土地や保有株式の売却益を指しますが、東電は「原子力損害賠償支援機構資金交付金」を加えています。いわゆる原子力事故の、被害者救済に政府から支給されたお金で、東電が「ネコババ」しているわけではありませんが、受け取りと支払いの「タイムラグ」を利用して「利益」に計上しているのです。

東電の赤字は誰の負担

そしてもうひとつが、決算説明会資料に「収支好転要因」と掲げた851億円もの「修繕費の減」です。内情は公表されていませんが、Windows XPの更新見送りもここに含まれているとみるべきでしょう。つまり、更新見送りは事業継続のためだった可能性があるということです。パソコンのセキュリティ対策を講じた結果、赤字となり借入金利が上がり、事業継続が困難になるならそれこそ「0.2」です。

"東電は赤字になっても潰れない。政府が保証しているからだ"

この主張に間違いはありません。なにしろ政府は東電の発行済み株式の過半数を占める大株主です。そして政府保証とはぐるっと廻って国民負担です。つまりパソコンの更新見送りとは、「国民負担の回避(軽減)」に繋がっているとも言えるのです。ここで読売新聞の「スクープ」への疑問が浮かびます。

見出しの「要請」に該当する箇所を以下に引用します(注:カギ括弧は筆者が追加)。

"内閣官房情報セキュリティセンターは昨年10月以降、東電「など」に対し、サポート期間が切れる今年4月9日までに、XPの更新を求める「注意喚起の文書」を計3回出している"

要請とは「goo辞書」によれば「必要だとして、強く願い求めること」であり、「など」への「注意喚起」では意味が違ってきます。読者を錯覚させために、大袈裟な見出しを打つのは、週刊誌の常套手段ではありますが、新聞記事としては「0.2」です。

読売スクープの背景を穿つ

そもそも東電は実質国有化されています。ならばセキュリティを放置していた責任の一端は国にあり、Windows XPの更新を「要請」していたのなら、「費用負担」も含めなければ「無責任」という視点が、読売新聞の記事にはありません。むしろ意図的に「不都合な真実」を隠しているようで、仮に霞ヶ関のリークを基にした、シナリオ通りの報道ならば「スクープ0.2」です。

一方で、東電はWindows XPの継続利用に自信を持っていたのかも知れません。原発事故後明らかになった東電の「高コスト体質」をみれば、かつて提供していた「TEPCO光(KDDIに営業譲渡)」などの、独自回線網をいまも利用している可能性があり、外部からのアクセスが困難なら、一定の安全性は確保できるからです。もちろん、こうした高コスト体質は改めると同時に、セキュリティ強化はなされなければなりません。しかし、冒頭に紹介した非論理的な「東電批判」のような国民感情とマスコミを利用して、東電をコントロールしようとする手法は、原発事故後の民主党政権より始まりましたが、それを現政権が引き継いでいるなら、彼らが冠していた「ガバメント0.2」を自公政権にも捧げます。

そもそも東電職員にボーナスを支給して何が悪いのでしょうか。日本社会においての、ボーナスとは給与の後払いに過ぎません。身を粉にして働いてボーナスを貰えないならと、東電の職員、全てが自主退職したとき、

「廃炉作業」

を誰がやるというのでしょうか。事故の責任問題と、現在の労働に対する対価は別物です。それすら許さないという主張は、東電社員の人権を認めない差別です。

エンタープライズ1.0への箴言


「セキュリティ対策は無料じゃない」

宮脇 睦(みやわき あつし)
プログラマーを振り出しにさまざまな社会経験を積んだ後、有限会社アズモードを設立。営業の現場を知る強みを生かし、Webとリアルビジネスの融合を目指した「営業戦略付きホームページ」を提供している。コラムニストとして精力的に活動し、「Web担当者Forum(インプレスビジネスメディア)」、「通販支援ブログ(スクロール360)」でも連載しているほか、漫画原作も手がける。著書に『Web2.0が殺すもの』『楽天市場がなくなる日』(ともに洋泉社)がある。最新刊は7月10日に発行された電子書籍「食べログ化する政治~ネット世論と幼児化と山本太郎~」

筆者ブログ「ITジャーナリスト宮脇睦の本当のことが言えない世界の片隅で」