IT教育の敗北

本稿の公開日は、出勤するのがもっとも「だるい」と感じるゴールデンウィークの連休明け。そして新入社員が会社に嫌気を覚える「五月病」の発症特異日でもあります。そこで今回は「若者とIT」にフィーチャーした0.2です。

「若者の7割が、パソコンからのメールができない」。

昨年の11月、若者の就労支援を行っているNPO法人「育て上げネット」がまとめた『若年無業者白書 ―― その実態と社会経済構造分析』のアンケート調査を、論壇サイト「BLOGS」が紹介しました。メールができない7割とは「そもそも就職を希望していない」という層の回答なので、分母の偏りから「統計」としての信憑性には欠けます。同じく求職活動中、あるいは、就職を希望しているが、いまは求職活動をしていない若者の45%がパソコンからメールが送信できないといいます。

この結果を「若者の劣化」とみるべきでしょうか、それとも「IT教育」を推奨してきた文部科学省の敗北でしょうか。後者についてはイエスと断言しますが、前者については劣化ではなく「当然」とみるべきでしょう。

メールを必要としない世代

仮に若者の定義を、高校から大学の新卒相当とすれば、その年齢は18~22才前後となります。早ければ小学生、遅くとも高校生には「ケータイデビュー」している世代です。また、20才以上なら「前略プロフ」という携帯向けブログが普及し、仲間内の連絡はそこにある掲示板に書き込めば事足りました。そして現在なら、もちろんLINEです。つまり「パソコンメール」との接点が薄く、その必要性もなかった世代です。

「だからいまどきの若者は」とわたしはいいません。それはいつの時代の若者も同じだからです。現在30才ちょっと過ぎたぐらいの世代が大学生の頃、サークルの集まりやゼミの連絡を、すべて「ミクシィ」で行うことは珍しくありませんでした。ミクシィがなければ生きていけないという声もありました。若者というのはその時代のブームを、永遠に続く世界の定理と錯覚し、それ以外の世界やツールに目を向ける視野の広さが身についていないものです。

バブルの時代はどうだったか

いまやベテランとなった、四半世紀前のバブルの真っ只中のころの新人も大した違いはありません。電子メールは一般的ではなく、パソコンの利用も一部に限られていましたが、当時の若者はベテラン社員に

「最近の新人はファックスも送れない」

と嘆かれていたものです。わたしはたまたまソフトハウスに入社したため、パソコンと向き合う日々でしたが、社員研修の最初に指導されたのは

「電源のいれかた」

でした。プログラマーを目指す新入社員でも、その程度だったのです。一方、会社の先輩宅で、発売されたばかりのスーパーファミコンのゲーム「STREET FIGHTER2」による勝ち抜き戦をしたとき、若者に太刀打ちできるオジサンは一人とていませんでした。若者は自分の所属するコミュニティにおいて必要なITスキルは身につけているもので、いまの若者はパソコンメールが苦手でも、エントリシートをコピペで量産する技量を持ち、30秒以内にLINEへ返信するスキルは身につけています。

若者はビジネスシーンにおいて「0.2」なのです。つまり若者の7割が、パソコンメールができないことはそれほど驚くことではありません。問題は「入社後」です。

学校の常識、社会の常識

新入社員が五月病にかかる理由のひとつは、パラダイムシフト(価値観の大転換)にあります。例えば「仕事を教えてくれない」という愚痴は、毎年かならず新入社員がこぼします。実はこれが、パソコンメールをできない7割に通じます。

大学まで数えれば16年間過ごした「学校」は、教えることを「仕事」とする教員も存在する学びの場であり、むしろ「教え」を強制される空間です。そこから職場でも「教えて貰う」を当たり前と考えるクセがでてしまいます。パソコンメールができないまま、求職活動に励むのも同じ心根です。

社会学者を名乗る古市憲寿氏は、日経新聞紙上にて新社会人に向けて

「3年ぐらいは給料泥棒で良い」

と、メッセージを贈っていました。発言の背景に、教えを請けることを「当然」とする学生気質が透けて見えます。またメッセージが職場での「自分探し」を薦めるものなら現場を知らない学生の戯れ言です。彼はいまだ博士課程の学生に過ぎず「会社勤め」の経験はありません。「教わる」ことを当然とする価値を下敷きにした、典型的な「机上の空論」です。そもそも終身雇用が崩壊し、成果主義を当然とするいまのご時世、3年間も給料泥棒を雇い続ける会社はありません。

会社は「仕事を覚える場所」ではなく「仕事をする場所」です。「学校の常識は社会の非常識」とは言い過ぎかも知れませんが、学生時代との「価値観」の違いに気がついたときが「社会人1.0」の始まりです。そして五月病の特効薬のひとつです。

エンタープライズ1.0への箴言


「いつの時代も新人はIT0.2」

宮脇 睦(みやわき あつし)
プログラマーを振り出しにさまざまな社会経験を積んだ後、有限会社アズモードを設立。営業の現場を知る強みを生かし、Webとリアルビジネスの融合を目指した「営業戦略付きホームページ」を提供している。コラムニストとして精力的に活動し、「Web担当者Forum(インプレスビジネスメディア)」、「通販支援ブログ(スクロール360)」でも連載しているほか、漫画原作も手がける。著書に『Web2.0が殺すもの』『楽天市場がなくなる日』(ともに洋泉社)がある。最新刊は7月10日に発行された電子書籍「食べログ化する政治~ネット世論と幼児化と山本太郎~」

筆者ブログ「ITジャーナリスト宮脇睦の本当のことが言えない世界の片隅で」