クリスマスイブに忘れない

今夜はクリスマスイブ。バブル時代にはボーナス全額を、彼女との一夜のデートに投じたという話しもありました。当時ほどの景気の強さは感じませんが、アベノミクスの効果からか大手企業ではボーナスが増加し、浮かれ気分で忘れかけているのが「特定秘密保護法」。わたしは必要性を認める立場です。だからこそ、施行前の環境整備、運用後のチェックは不可欠で、つまりこれからが「本番」と考えます。ところが一部の活動家による反対の声を除けば、懸念の声はジングルベルにかき消されました。そこで思うのです。いまの国民に必要なものは知る権利よりも「忘れない義務」ではないでしょうか。

例えば強行採決に猛抗議していた民主党の福山哲郎参議院議員。特定秘密保護法を反対する声に、原発事故などの情報が隠されるというものがあります。これは事実誤認の暴論ですが、福山哲郎議員は原発事故当時、菅直人政権という情報を隠していた側の人間です。国民が「忘れない義務」を身につけていたなら、「おまえが言うな」とツッコミをいれたことでしょう。ちなみに特定秘密保護法が施行されると「秘密と指定した人」が記録されます。そこからなにかの手違いで民主党が再度政権を取ったとき「秘密を指定した人」が記録されることを、福山議員は怖れているのかもしれません。

知る権利の拡大解釈

マスコミ以上に知る権利を行使したがる人種がいます。「社長」です。少なくない割合で、社長という人種は社員を信用していません。あるいは信用しているわずかな側近と、信用ならない大多数の社員とに色分けしています。会社員から成り上がったサラリーマン社長なら、裏切りや謀反を心配し、創業社長はサボタージュを疑い、社員の行動に対し「知る権利」を行使したがります。

フランチャイジーとして5店舗まで拡大させた父を継ぎ、社長の座についたU社長は後者の亜種。父は社員にたいして「知る権利」を行使しました。全店に社員の勤務態度をチェックする監視カメラを導入したのです。名目上は「安全管理」。強盗などのトラブル発生時に、迅速に対応できるというものです。しかし、たびたび本部に呼び出し、録画してあった映像を再生し事情聴取をするので、社員は「監視」されていることを知っています。その結果、社員はお客を見ずに、監視カメラを見ながら仕事をするようになりました。本部の「知る権利」を満たすことが、すべての業務に優先されるようになり、お客を待たせることなど当然。むしろ現場で判断することが許されない企業風土が醸成されます。

監視カメラが不要になる

父親が病に倒れU社長は、経営権とともに監視システムを受け継ぎます。長引く不況がU社長の店も直撃し、売上は年々落ち込みます。そこで講じた対策が「監視カメラの強化」でした。効率よく社員が働ける環境を構築すれば、売上が上向くと信じ、それまで各店4台だった監視カメラを4倍増の16台とし、本部にはネット回線を介したマルチモニターシステムを構築、全80画面での監視をはじめます。彼の考える「効率よく」とは、本部が店頭の情報すべてを「知る」ことを意味し、経営において「監視」は不可欠と疑いません。

監視システムの強化から3カ月後。5店舗のうち3店舗を手放します。売上の落ち込みが年単位から月単位へと急落し、店舗を売却しなければならなくなったからです。80画面の半分以上が闇に閉ざされます。売上低下の理由のひとつは、本部による「知る権利」の過剰行使です。現場を知るためと、数多くの報告書の提出を義務づけます。そして接客や清掃といった現場の仕事が疎かになります。ところが強化した監視カメラと義務づけた報告書により、本部は店のすべてを理解したつもりになっていたのです。

すべてに優ることなどない

U社長も先代も忘れています。監視している社員を雇っていたのは自分たちだということを。これは特定秘密保護法に通じます。人気ブロガーの「きっこ」氏はこうツイートします。

"「特定秘密保護法」の処罰の対象から「政治家」を除外したのは「政治家は信用できるから」って、おいおいおいおーーーーい!一番信用できない奴らが何言っちゃってんの?"

これをいまや反政府、反原発の闘士となったラジオパーソナリティの吉田照美氏がリツイートし拡散します。監視が必要な社員を採用したのがU社長であるように、信用ならないと嘆く政治家に投票したのは国民です。誰に投票したのかを「忘れない義務」の欠けたまま求めるのは「知る権利0.2」です。

法律が成立した翌日は12月8日、日米開戦の日です。開戦前から終戦まで、日本の暗号の大半が解読されていたのは周知の事実で、秘密が漏れたわけではなく、秘密があばかれていたので特定秘密保護法の対象外ですが、国防や外交に「秘密」は不可欠だという歴史の反省を我が国は持っています。ところが反対派でこれに触れたものは誰ひとりもいません。また法の制定により戦争がはじまると煽る人は、先の戦争の始まりに何が起こっていたかを口にしません。するとやはり現代日本人に必要であるのは「忘れない義務」なのではないでしょうか。もちろん、その義務には特定秘密保護法が正しく運用されるかのチェックを「忘れない」ことも含まれます。

エンタープライズ1.0への箴言


「監視を強める前に信用できる社員の採用を心がける」

宮脇 睦(みやわき あつし)
プログラマーを振り出しにさまざまな社会経験を積んだ後、有限会社アズモードを設立。営業の現場を知る強みを生かし、Webとリアルビジネスの融合を目指した「営業戦略付きホームページ」を提供している。コラムニストとして精力的に活動し、「Web担当者Forum(インプレスビジネスメディア)」、「通販支援ブログ(スクロール360)」でも連載しているほか、漫画原作も手がける。著書に『Web2.0が殺すもの』『楽天市場がなくなる日』(ともに洋泉社)がある。最新刊は7月10日に発行された電子書籍「食べログ化する政治~ネット世論と幼児化と山本太郎~」

筆者ブログ「ITジャーナリスト宮脇睦の本当のことが言えない世界の片隅で」