1200円のシュークリーム

エース田中将大が無敗のままプレーオフを勝ち上がり、球団創設以来苦節9年、悲願の日本一を果たしたプロ野球東北楽天ゴールデンイーグルス。その親会社の主力事業「楽天市場」で開催された優勝セールで「偽装」が疑われ広く報じられました。

「日本一大セール」と銘打ち、星野仙一楽天監督の背番号「77」にあやかり「77%OFF商品がずらり」と、日本シリーズで倒した巨人の親会社である読売新聞に全面広告を打ちます。大セールでは10個入り通常売価12,000円のシュークリームが77%引きでなんと2,625円。驚くべきは値引率より1個1,200円のシュークリームの存在です。しかし、そのシュークリームを製造販売している会社のサイトでは同じ商品が2,650円で販売されています。すると実際の値引きは25円で、わずか0.9%の値引きに過ぎません。看板に偽りあり。というより割引率を77%にするために、通常売価をつり上げた「偽装」の疑いがもたれた事件で、ここから楽天の「0.2」も露呈します。

伝説の丸紅ダイレクト事件

シュークリームの製造会社は楽天市場のショップ(出店企業)に卸しているだけ。つまり「日本一大セール」とは無関係です。しかし、通常売価を偽装していたと非難が殺到し「ネット上ではいまだウチが犯人扱い。あれから一つも注文は入らないし、商売あがったりですよ。」と東スポの取材で嘆いています。一方の楽天のショップはあくまで「手違い」と主張していました。

たしかに、ネット通販の歴史とは手違いによる「価格誤表記」と重なります。思い出すのがちょうど10年前の2003年10月31日に起こった「丸紅ダイレクト事件」。198,000円と表記すべきパソコンの価格を、一桁違いの19,800円で登録し、そのまま販売したダメージの深さからか、事件から4ヶ月後にサイトは閉鎖されました。

某食品販売店も価格誤表記を起こしました。ショッピングモールのセールに合わせ、通常売価2万円の商品を1万円で発売する予定が「うっかり」一桁間違えて1,000円で登録し、担当者は「うっかり」に気づかず帰宅してしまいます。翌朝出社すると大量の注文が入っていましたが、同時に価格の誤表記に気がつきます。そのときの担当者の気持ちは痛いほど分かります。わたしも管理するサイトで12,600円の商品を12円で販売したことがあり、冷や汗が流れ、目眩が起こり、作業する手が震えたものです。

ネット乞食が集まる

「うっかり」を防ぐ手段はありません。手立てがないから「うっかり」なのです。問題はその後の対応にあり、残念ながらこの店の対応は「0.2」でした。

当該商品を売り切れとし、価格誤表記の謝罪文をサイトに掲載したところまでは正しい対応。0.2の対応とは注文の一斉キャンセルです。一般論として異常な価格での契約は解約できます。しかし、一方的なキャンセルはお客を怒らせる愚策です。特価で人を集めておいて、間違いでしたと追い返されて喜ぶお客はいないからです。お客に経緯と事情の説明をするのが先決。事情を話せば理解してくれるお客は多く、わたしの事例では「通常売価」での注文に変更できました。一方的な「キャンセル」は最後の手段です。実はこの0.2な対応も楽天市場のショップの話し。

「日本一大セール」中に「価格偽装」が疑われる事例は他にもありました。通常売価17.310円の「スルメイカ」、同じく11,125円の「大根」があり、極めつけは「iPhone 4S」の通常売価が433,915円です。

ロジックではなく精神論

事件発覚直後の決算発表で会長兼社長の三木谷浩史氏は「セールは厳選した店舗のみの参加」「楽天に責任はない」と強弁していましたが、その4日後に緊急釈明会見を開き「ルールが少し甘かった」と説明し謝罪します。素直な謝罪は評価できますが、出店希望者向けのページには「専任のECコンサルタントがネットショップ運営をがっちりサポート!」とあります。不当に安く見せるための「二重価格」なら懲役刑まである景品表示法違反。ショップが一線を越えそうなとき「ECコンサルタント(楽天社員)」は何をしていたのかの説明はありません。店舗数も出品数も多くECコンサルタントの手が回らないというのなら先の惹句に「偽装」の疑念が生まれます。

また「楽天市場は信頼関係をベースに性善説で運営してきた」という発言もありました。しかし、ロジックにより「邪悪」を排除できるのがIT企業の強みであり持ち味です。今回の77%オフのようなセールなら「価格差」をチェックするだけで発見できており、性善説とは言い訳に過ぎません。そして再発防止策としてあげた「表示価格の限定」「販売実績をもとにした通常売価のチェック」は弥縫策にもなりません。例えば来期、球団に優勝までの必要勝利数を示す「マジック」がでた時点で「通常売価」を高く設定し、身内を使った「やらせ購入」により販売実績は簡単に作ることができます。

そして再発防止策は4つあり、残りのふたつは「処罰」のためのもの。これも出店者への「精神」へ訴えかけるアプローチで「IT」的な発想が見えない0.2です。そもそも刑法犯は警察案件。悪質な二重価格は警察に突き出せばすむ話し。楽天市場内の処罰云々のレベルの話しではありません。

エンタープライズ1.0への箴言


「一方的な結論は反感を買う。IT企業ならロジックで対応すべし」

宮脇 睦(みやわき あつし)
プログラマーを振り出しにさまざまな社会経験を積んだ後、有限会社アズモードを設立。営業の現場を知る強みを生かし、Webとリアルビジネスの融合を目指した「営業戦略付きホームページ」を提供している。コラムニストとして精力的に活動し、「Web担当者Forum(インプレスビジネスメディア)」、「通販支援ブログ(スクロール360)」でも連載しているほか、漫画原作も手がける。著書に『Web2.0が殺すもの』『楽天市場がなくなる日』(ともに洋泉社)がある。最新刊は7月10日に発行された電子書籍「食べログ化する政治~ネット世論と幼児化と山本太郎~」

筆者ブログ「ITジャーナリスト宮脇睦の本当のことが言えない世界の片隅で」