問題の本質は二点

本欄は200回を数えました。ひとえに読者の皆様のおかげと感謝の言葉を述べながらも淡々と本編へ。

執拗な体罰をうけ生徒が自殺した大阪市立桜宮高校をめぐり騒動が続いています。行政のトップである橋下徹日本維新の会代…ではなく大阪市長が体育科の入学試験の中止を要請し、教員の総入れ替えを求め、最低でも体育科の教師だけは全員移動させろと息巻きます。これで問題解決すると本気で思っているなら0.2にも足りません。社員のクビを切るリストラだけで、業績が上向くと信じるダメ経営者とおなじです。

「体罰」は教師が人間である以上、根絶させるのは困難です。また、条件付きで容認する声もあります。今回の最大の問題は、体罰に歯止めをかける仕組みがなく、暴力を暴走させたこと。そして「自殺」は体罰とは切り離し、別の角度からのケアが必要です。亡くなった生徒は高校二年生ということは一般的に16、17才。苦難を前に「死を選ばない」ことを教えることこそ教育ではないでしょうか。痛ましい事件ですが、これが見逃されているのが気になります。いずれにしても、教員の入れ替えだけで解決はしません。

ご一新と躍動

中堅配送業者のN社長は昨年、社内の配置転換をしました。硬直する組織への刺激策で、最大の変化はホームページなどWEB関係を統括する部署の新設です。コンテンツの作成を指示しても、公開まで時間がかかることが不満だったのです。従来のWEB担当は総務部が兼任していましたが、大手ネット企業に勤めていたTさんを中途採用したことをきっかけにスピードアップを図ります。

入社直後にWEB担当者を拝命したTさんは、すべてを一新します。あえて従来の総務部のやり方を引きつかず、制作業者も前職時代に懇意にしていた業者に変更します。N社長のTwitter、会社名義のFacebook「ページ」も開設し、会社の戦略的コンテンツを充実させるために東奔西走します。

3カ月後、公開されたコンテンツは、以前からあったコンテンツの焼き直しでした。有名企業とのジョイントベンチャー的なプロジェクトを紹介するもので、デザインは刷新しましたが、文言の90%は以前のコンテンツのままです。このあいだにTさんの身に何が起こったのでしょうか。

組織の復元力の前に

N社長はスピードを要求します。もともとせっかちな性格に加えて、ネットショッピングモール最王手「楽天」が原則と掲げる「スピード!スピード!スピード!」に看過されてのことです。そしてこれはネット利用においては正解です。「拙速は愚鈍に勝る」のです。

ネット企業にいただけにTさんもスピードの大切さは知っています。コンテンツ作成のために営業部に声をかけ、業務部に原稿を依頼します。「本業」が忙しいといえば、Tさんが出向き写真を撮影し、話をまとめて原稿を仕上げます。そこまでしても新しいコンテンツが公開できず、一方でN社長に結果を求められ、困り果てすがりついたのが総務部でした。じつは総務部がWEBを仕切っていたときも、同じ状況だったのです。

総務部の担当者が各部から聞いた話を、箇条書きのまま当時の外部業者に廻します。外部業者は「作文」しコンテンツに仕上げます。最短で当日に仕上げたこともありました。ところが、仕上がったコンテンツを各部に「最終確認」させようとすると時間が止まるのです。反対意見や、すこしでも異議があがると「検討中」となるのです。そして各部ともに「本業」が忙しいとして「検討」が進むことはありません。事情を知ったTさんは過去のコンテンツの焼き直しを決意します。

仕組みを動かす方法

「スピード0.2」です。組織には「復元力」があります。良しにつけ、悪しきにつけ、以前の状態に戻ろうとするのです。以前の状態とは「自然の流れ」により構築されたものだからです。N社長の会社は「満場一致」を美徳としており、部内でわずかでも異論があると再検討する習慣がありました。社内の「和」を尊んだ、創業者の遺訓でもあり、結束力の源泉でもあります。しかし、これが「スピード!」が出ない理由だったのです。

問題が発生したメカニズムを解明しない限り、人を入れ替えても解決などしません。むしろ、以前は制作業者が担当していた「作文」がTさんの作業になったように、コストが増えることもあります。大阪市の教育問題に通底します。すべての教員を入れ替えたとき、新しく赴任した教員は、新たな運営ノウハウを土台から構築する作業コストを負担しなければならないのです。

そもそもこの事件は自殺の1年前の2011年の9月に、体罰があるという通報をもとに弁護士や公認会計士でつくる「市公正職務審査委員会」が、市の教育委員会に調査を指示しています。そこから前校長が件の体罰教師と、他の体育教師に聞き取り調査しましたが、結果的にみなが「ウソ」をつき沙汰止みとなります。すると問題は2点です。

「教員が事実を隠蔽」と「市公正職務審査委員会と市の教育委員会のどちらか、あるいは両方が無能」

そしてこれらの改善を、市長が感情的に吠え命じたとしても、その場しのぎになることでしょう。Tさんがコンテンツを焼き直したように、組織とは復元力を持つからです。それを制するには、トップによるチェックが不可欠。つまり、橋下さんにこの夏の参議院選挙にでている暇などないということです。

エンタープライズ1.0への箴言


「人を入れ替えただけでは組織は変わらない」

宮脇 睦(みやわき あつし)
プログラマーを振り出しにさまざまな社会経験を積んだ後、有限会社アズモードを設立。営業の現場を知る強みを生かし、Webとリアルビジネスの融合を目指した「営業戦略付きホームページ」を提供している。コラムニストとして精力的に活動し、「Web担当者Forum(インプレスビジネスメディア)」、「通販支援ブログ(スクロール360)」でも連載しているほか、漫画原作も手がける。著書に『Web2.0が殺すもの』『楽天市場がなくなる日』(ともに洋泉社)がある。

筆者ブログ「ITジャーナリスト宮脇睦の本当のことが言えない世界の片隅で」