ポジティブ疑惑

バラエティ番組に引っ張りだこの「ネガティブモデル」こと栗原類さん。モデルという「リア充」の立場にいる彼が繰り出すネガティブな発言が注目されていますが、昨年末の情報番組で、憧れの映画監督ティム・バートンへインタビューするその姿は「ポジティブ」でした。幼い頃から海外生活をしていたとあって英語はペラペラで、積極的に話しかける姿にネガティブな要素はまったくありません。憧れの人を前にするという状況こそ「嫌われるかも知れない」と、積極的に後ろ向きになれるのが「真性ネガティブ」なのですが。

もちろん、本当に「ネガティブ」な人間なら、テレビ番組にでることなどできません。つまり「キャラ」なのでしょうが、それを創りあげた背景に日本人社会への迎合があるように見えました。考えや感情を率直伝える英語文化圏で「ものごころ」がついた彼は、子ども社会ですら遠慮や建前がある日本社会に違和感を覚え、自己防衛として覚えた謙虚さが過ぎて「ネガティブ」になってしまったのではないかという見立てです。

栗原類さんはネガティブを武器としましたが、ビジネスにおいての「ネガティブ」は己を刺す刃です。

働く社長の告白

IT企業のK社長。社員は奥さんも含めて片手に余る小所帯で、日々を凌ぐのにやっとの綱渡り経営です。景気の良いとされるIT業界ですが、それはスマホ向けや、SNS用のアプリ開発をしているところの話しで、K社長のようにホームページを作っているだけの会社には厳しい風が吹きすさんでいます。

ホームページ制作業者は広告代理店や企画会社などから仕事を廻して貰うのが一般的です。広告代理店の主な仕事は広告を作ることではなく、お客から広告予算を引き出すことで、ホームページの更新などは、なにもネタがないときの美味しい商材でした。ブームやトレンドだとリニューアルを迫り、少し前まではフェイスブックに「ページ」と呼ばれる自社の紹介コンテンツを作らせることで予算を引き出し、これがK社長のような制作会社に廻ってくるという構図でした。しかし「旬」はスマホのアプリに移ります。アプリ開発にはまったく別の技術が必要で、K社長のようにホームページを制作するだけの会社の仕事は徐々に減っていっています。

そもそも代理店経由の仕事もけっして美味しくはなく納期がタイトなものは珍しくありません。代理店の営業マンがその場のノリで約束してきて、K社長が尻を拭くために徹夜することはよくあることでした。そしてK社長はこれをツイッターでこぼします。

人気作家と錯覚し

小所帯のIT企業は社長もただの一兵卒に過ぎず、経営責任を背負っている分、社員よりつらい立場といえるかもしれません。そして「今夜も徹夜だ」「まだ生き残っている」「間に合わない」とネガティブなツイートを繰り返します。丁寧にタイムラインを追えば、徹夜をせずにコンビニに立ち寄り帰宅したことや、余裕がないといいながら「東京スカイツリー」にでかけていたりと、余力を充分に感じるのですが、日本人的な謙虚さが過ぎ、自虐的に多忙を語るツイートが目立つのです。

取引先のブログやツイッターはチェックするものです。そして代理店も人の子です。というより、「アプリ」に傾斜したことで、K社長への発注量が減っていることに申し訳なさを覚えなくもありません。しかし、忙しいと繰り返すツイッターから、発注量を減らすことが、K社長を救っているかのような錯覚を生み出します。そして仕事が減っていった「ネガティブ0.2」です。まったくの余談ですが、広告代理店の、特に営業マンの得意技は「自己弁護」です。

人気漫画家や小説家はよく締め切りの愚痴をこぼします。しかし、その作家が、人気も知名度も実力も充分でなかった新人時代に同じ言葉をつぶやいたとしたら、編集者が仕事を発注することなどなかったことでしょう。未知数の才能や、同じ程度の実力なら「ポジティブ」な人と仕事をしたいと思うものだからです。ビジネスにおいての「ネガティブ」は百害あって一利なしと断言できます。

ネガティブタウン

安倍政権の誕生を受けて円安株高が進み、景気回復への期待が高まるなか、ある朝の情報番組は東京都大田区の工場街を取材します。円安を受けて景気回復が期待されると、自動車関連企業に従事する初老の男性にコメントを求めると「よくはならない」とネガティブに断言します。彼に仕事を出したいと思う発注主はいません。同じ仕事を発注するなら、やる気と元気がある「ポジティブ」な会社にしたいと思うのが発注側の心理だからです。

製造業の海外進出が増えてからのこの十数年。不景気と言えば大田区の工場街が取材されます。その度に聞こえてくるのは溜息で、そうしたネガティブな空気がより仕事を遠ざけている気がしてなりません。実際は厳しくても「カラ元気」をだすところに仕事がやってくるものだからです。ちなみに栗原類さんの発言は「笑えるネガティブ」。つまりは「ネタ」で、かつては人生幸朗の「ぼやき漫才」とおなじです。

…もっとも、大田区の工場街のなかでも「頑張るぜ!」と元気な大将もいるのかもしれません。テレビや報道というのは、ある種のイメージを植え付けるために、意図的に取材内容を編集することがあり、「不景気=大田区」というギミックに利用している可能性も否定しきれません。なぜなら、かつて我が町足立区は「最下層」とネガティブキャンペーンを張られ、大変な迷惑を被った経験からです。

エンタープライズ1.0への箴言


「ネガティブはネガティブを呼び込む」

宮脇 睦(みやわき あつし)
プログラマーを振り出しにさまざまな社会経験を積んだ後、有限会社アズモードを設立。営業の現場を知る強みを生かし、Webとリアルビジネスの融合を目指した「営業戦略付きホームページ」を提供している。コラムニストとして精力的に活動し、「Web担当者Forum(インプレスビジネスメディア)」、「通販支援ブログ(スクロール360)」でも連載しているほか、漫画原作も手がける。著書に『Web2.0が殺すもの』『楽天市場がなくなる日』(ともに洋泉社)がある。

筆者ブログ「ITジャーナリスト宮脇睦の本当のことが言えない世界の片隅で」