「デザイナー」を呼んでこい

肩書きというものに疑いを持ち始めたのは、当時つとめていた広告代理店にて「制作部署」を立ち上げてからです。打ち合わせに出向くと「デザイナーをつれてこい」とリクエストされます。そのころの名刺にあった肩書きは「営業部 主任」。背広の内ポケットからボールペンを出して、「主任」の脇に「デザイナー」と書き添えます。新規事業を立ち上げて以来、営業マン兼プランナー兼デザイナーという何でも屋ですからウソではありません。そんな茶番に飽きたある日、「デザイナー」と肩書きをいれた名刺を「自作」します。その日以来、デザイナーを呼んでこいという客は1人もいなくなりました。ためしに「プランナー」や「プロジェクトリーダー」など、状況に応じて名刺を作り替えると、客はそれをそのまま信用するのです。この経験から「肩書き」に懐疑的になります。

こうした「肩書き詐称」はビジネスの現場では珍しいものではないと後に知ります。1人しかいない会社なのに「営業部長」を名乗り組織を大きくみせることもあれば、反対に「部長」の名刺を持つ社長がいる理由は、本音ベースでの話しを引き出しやすく、トラブル発生時には「上の判断」と撤退する言い訳がしやすいからです。そして決定的に肩書きを信用しなくなった理由については後ほど。

ブリも驚く出世社長

存在をはじめて知ったときのF社長は、まだ会社員でした。差し出された自作の名刺には「週末起業家」とあります。

「週末起業」とは経営コンサルタントの藤井孝一さんが数年前に著書で紹介した土日などの休日をつかって商売をはじめるライフスタイルのことです。当時は配送ドライバーでしたが、いずれ起業するために準備していると野望を熱く語っていたものです。

次に出会ったときの名刺は「社長」でした。資本金がなくてもできる商売として「ホームページ制作」を始めており、同業となったことにバツが悪そうでしたが、一緒に頑張っていこうと励ますとテレながらもホッとした様子でした。それから1年ほどして届いた噂では、会計事務所の「ビジネスパートナー」を名乗っていました。会計士が経理面を、F社長がホームページにより広報と集客を担当し、クライアントのビジネスをサポートするという触れ込みです。

その翌年に地元情報を検索しているとF社長の名前を偶然発見します。ある老舗資源リサイクル企業の「CTO」に就任したというのです。CTOとは「Chief Technology Officer=最高技術責任者」。ブリも驚く出世の早さです。

1年単位での出世のカラクリ

配送ドライバーからおおよそ3年でのCTO就任。技術や芸術系の職種は「才能」が強く表れ、加えて寝る間も惜しんで努力をすれば驚くほど成長する人もいます。地元に優秀な技術者が登場したことは、わたしにとっては刺激であり、商売においては驚異です。しかし、驚異は杞憂に終わります。F社長は「出世魚0.2」だったからです。

会社を辞め独立し社長の名刺を差し出した日のことはいまも忘れられません。相手は一瞬、身構え、その後、うやうやしく接します。たかだか30才(当時)の小僧相手でも「社長」と手もみして近づく人もありました。わたしが「肩書き」を決定的に信用しなくなった理由です。法人という意味での会社を作るのなら十数万円もあれば事足り、個人商店なら開業届を税務署に提出するだけです。それだけで「社長」や「代表」になれるのです。名刺の肩書きを「偽造」することなど簡単です。街中にある名刺屋に出向き、肩書きを指定して発注すれば完成します。その際、登記簿などの公的書類は不要です。そんないい加減な紙切れに書かれた「肩書き」を信用しろというほうが無理な話です。

出世欲の魔力に取り憑かれる

そもそもF社長が「社長」を名乗ったときも個人商店の「代表」に過ぎず「社長」でありません。また「ビジネスパートナー」とは、互いに客を融通しあうことを目的とした口約束に過ぎず、極めつけは「CTO」。起業準備中から磨き上げたプレゼントークが奏効しての就任でしたが、F社長が知っているのは「ホームページ」のことだけで、オフコンや事業系のシステムについてはまったくの無知であることが露呈するのに3カ月とかかりませんでした。CTOという新しい役職の発表をホームページで知った資源リサイクル企業の取引先が、システムの相談を持ちかけたことがきっかけです。そして彼はこの町を去りました。肩書きだけが出世しても経営は息詰まり、35年ローンで購入していたマンションを手放すことになったからです。

…裏を返せば「肩書き」はとても有効です。これに騙さ…信用する人は少なくありません。だから、わたしの名刺にはいろんな肩書きがはいっています。しかも、わたしは「デザイナー」の名に恥じない程度にプロ用のDTPソフトを操れます。ですから名刺の仕上がりは「プロ品質」。ひとことでいえば「確信犯」です。

エンタープライズ1.0への箴言


「肩書きは話し半分ぐらいがちょうど良い」

宮脇 睦(みやわき あつし)
プログラマーを振り出しにさまざまな社会経験を積んだ後、有限会社アズモードを設立。営業の現場を知る強みを生かし、Webとリアルビジネスの融合を目指した「営業戦略付きホームページ」を提供している。コラムニストとして精力的に活動し、「Web担当者Forum(インプレスビジネスメディア)」、「通販支援ブログ(スクロール360)」でも連載しているほか、漫画原作も手がける。著書に『Web2.0が殺すもの』『楽天市場がなくなる日』(ともに洋泉社)がある。

筆者ブログ「マスコミでは言えないこと<イザ!支社>」