ビジネス書とはレッドブルのようなもの

日本のビジネス書の大半はビジネスの役に立ちません。それを一言で証明するならこうです。

「いまだ日本の景気は回復していない」

バブル崩壊以降、数多のビジネス書が世に出され、数多くのベストセラーが登場しましたが、日本の景気は回復の兆しすら見えません。「90日で馬鹿みたいに儲かる(仮題)」というカリスマコンサルタントの書籍の巻末にはおびただしい成功事例が紹介されていますが、いまだに日経平均は9,000円を割り込んでいます。

これは「ビジネス書」と銘打たれていても、肝心の内容が「自己啓発書」だからです。己を奮い立たせ、明日へと向かわせる効果が「自己啓発書」にはあります。いわば心のエナジードリンクです。しかし、病気を根本治癒させるのは専門家による「治療」や「アドバイス」であり、一時的に元気になったような気分になれる「レッドブル」ではないのです。

立ちはだかる薬事法のカベ

ある編集者は、「本はエンタメ」と言います。

つまり、その理論がどんなに画期的でかつプロが唸るものであっても、読者がカタルシスを覚えない本は売れず、一時的に満足感を与える自己啓発が求められるというのです。そして、自己啓発書の隠し味は「そのままのあなたで良い」というもの。ビジネス書の主要読者は「自分探し」をしている人だからです。反対に血の出るような努力を要求する本は売れないそうです。出版社も商売ですから仕方がありません。ビジネス書はここら辺の事情を割り引いて読むとよいでしょう。

ちなみに、当誌で掲載中の拙稿「ビジネス書カスタマイズ」もご参考に。これは自己啓発ならぬ自己宣伝です。

かつて、医療広告には規制がなくやりたい放題でした。根拠を示さずに、治療実績や治療効果を喧伝していたのです。痛々しいキズ痕が3ヵ月後には見事になくなっている写真など、その典型です。患部の拡大写真だけでは「同一人物」のものかはわかりません。また、奇跡が起きたかのように感謝の言葉を述べる「体験談」も、ほぼ100%仮名で実在の人物である証明がなされていません。そもそも、痛みの度合いは自己申告です。これを逆手に取った「演出」が横行していたのです。

そこで、平成19年に医療広告に関わる医療法が大幅に改正され、いわゆる治療前後の写真や、体験談といった「主観や個人差の激しいもの」が禁じられました。しかし、フリーペーパーなどの印刷物が対象で、ホームページなどは見逃されてきました。これが今後規制されるかもしれないと焦っているのが、美容医療を手がけるS院長です。

「ビフォー・アフター」と「体験談」はNG

治療前後を紹介する「ビフォー・アフター」と患者の「体験談」は、美容医療サイトコンテンツにおけるツートップです。これを禁止されては打つ手がないと大騒ぎします。もちろん、S院長は別人を同一人物のように見せかけることはしていません。ただ、「ニキビケアの治療後の写真」は光を強く当ててハレーション気味に撮ることで「美白」に見せるテクニックは使っていましたが。

各種セミナーに勉強会、ネット検索はもちろん、専門書を買い漁り勉強します。ビジネス本を購入して戦略を検討しますが、美容医療とは客のコンプレックスをお金にするビジネスと言っても過言ではなく、禁じ手となるかもしれないツートップのサイト掲載は致命傷になりかねないのです。

そこで、人生の師と仰ぐ人物に「ITコンサルタント」を紹介してもらい相談します。静かに話を聞いたコンサルはおもむろにこう提案します。

「患者さんの相談に答えるコンテンツで対応してはどうでしょうか」

S院長は相談ではダメだと提案を即時却下します。

自叙伝的な反応

コンサルの提案は相談の形式でビフォー・アフターや体験談を紹介すれば良いというものでした。広告の現場をよく知るコンサルはグレーゾーンを熟知しており、仮にサイトが当局に摘発されても初回は「警告」のみで、改善すれば「お咎めナシ」が広告業界における通例だからです。これは事実上の「継続」です。しかし、S院長は「相談」と「体験談」は別物だと却下したのです。

S院長の人生の師は、コンサルの提案が却下された経緯を聞いて深い溜息を漏らします。

「Sくんは自分が望む答えしか聞かない」

つまり、今のままの自分、自分のやり方を良いとするアドバイスだけを欲しがる「自分探し0.2」だったのです。法律や状況が変わっても、いまのやり方で良いというアドバイスだけを求めていたのです。

日本のビジネス書はS院長のような人をターゲットに設計されています。自分のままでいたいと願う人向けに書き下ろされた書籍を読んでビジネスが発展するわけはありません。古典的ビジネス書『七つの習慣』に「自叙伝的な反応」という指摘があります。これは書籍や他人の話を自分の経験に置き換えて理解しようとすることを意味し、一見正しいようにも思います。

しかし、偉大な成功者や明晰な頭脳が導き出した美しい理論はあなたの経験ではありません。これらを自分の経験で脚色せずに、そのまま受け入れる姿勢が必要だという指摘です。ありのままの自分を最上とする「自分探し」の人にはたどり着けない真理です。

エンタープライズ1.0への箴言


「ビジネス書はカスタマイズして読む」

宮脇 睦(みやわき あつし)
プログラマーを振り出しにさまざまな社会経験を積んだ後、有限会社アズモードを設立。営業の現場を知る強みを生かし、Webとリアルビジネスの融合を目指した「営業戦略付きホームページ」を提供している。コラムニストとして精力的に活動し、「Web担当者Forum(インプレスビジネスメディア)」、「通販支援ブログ(スクロール360)」でも連載しているほか、漫画原作も手がける。著書に『Web2.0が殺すもの』『楽天市場がなくなる日』(ともに洋泉社)がある。

筆者ブログ「マスコミでは言えないこと<イザ!支社>」