"第2の脳"であるクラウド活用に必要もの

ハッピーマンデーの成人の日も終わり、ようやくお屠蘇気分が抜け始める頃でしょう。はたまた、「今年こそは」と始めた「日記」が挫折する頃ではないでしょうか。

私も過去に何度か日記にチャレンジしましたが、くたびれ果てて寝る直前に書くことは難しく、それではと早起きすれば、この季節、寒さでかじかんだ手に触れるペンは冷たいものです。それより何より、毎日「特筆」に値する事件も起きなければモチベーションは高まらず、そもそも日常を細かく覚えているものではない。

と、日記を書かない理由はいつでもスラスラと思い浮かぶのですが。

「ライフログ」というムーブメントがあります。これは「ライフ=人生、ログ=記録」の造語で、ブログやTwitter、FacebookといったITツールを用いて人生の足跡を仮想空間に残そうという、いわば「電脳日記」とも呼べる取り組みです。

なかでも「Evernote」というサービスは、「あらゆることを記録する」をうたい文句にしており、PCやスマホから簡単な操作でネット上の「第2の脳」に記録を残すことができます。確かに物忘れの多さを自覚する年齢になってくると、こうした「第2の脳」の存在はありがたいものです。しかし、その活用には「第1の脳」が不可欠だとF社長が教えてくれます。

あ、遅くなりましたが、今年もよろしくお願いします。

事業改革を進める社長は「ファーストIT世代」

運送会社の2代目であるF社長は30才になったばかりと若く、従来の慣習に縛られることなくさまざまな事業改革に着手しています。創業者が構築したピラミッド型組織を社長と平社員の間に部門管理者を経るだけのフラットな形に変え、社内メルマガを発行し、そのメルマガに自分のメールアドレスを記載して、社員と直接コミュニケーションをとれるようにしました。そのほか、社内SNSを導入し、部署間の垣根を越えたコミュニケーションを奨励しています。

F社長を「ファーストIT世代」と呼んでも良いでしょう。彼が大学生の頃に「iモード」がサービスを開始しました。iモードのサービス開始当初、筆者は携帯電話の販促を手がけていましたが、ビジネスシーンでは「株価がわかる」ぐらいの使い道しかないと軽んじられていました。ところが「ポケベル」に慣れたF社長の世代が、iモードの「遊び方」を発見して爆発的普及へとつながったのです。

オジサン達が「電話」という固定観念に縛られていたのに対して、F社長の世代は「ケータイ」という情報通信端末としてとらえていたのでしょう。

会議は躍らない

そして、F社長は愛機「iPhone 4S」を絶対に手放しません。もはやケータイのない生活など考えられないF社長。iPhone 4Sを第2の脳と広言して憚りません。

Evernoteを使い始めると、ケータイへの依存度は拍車がかかります。ちょっとしたアイデア、街で目についた広告ヒントになる映像を撮影して、Evernoteに保存します。Evernoteは写真内の文字を解析して、その文字から写真を「検索」することもできます。

しかし、第2の脳を手に入れたF社長の生産性が上がったという話は耳にしません。むしろ、ダウンしたという評価もあります。

ある日の会議の風景です。F社長は幹部の発言を遮り「良いアイデアがあるんだ」と切り出します。「若様」の発言が何よりも優先されるのは社内の常識です。沈黙に支配された会議室で動いているのは、iPhone 4Sのタッチパネルをこする指先だけ。時折「あれ、どれだっけ」と声が漏れます。ようやく見つけて切り出したそれはアイデアというより思いつきでした。「次回までに検討しておく」とお茶を濁す議長。途中、古参幹部が脱線して愛犬の話を始めると、「そういえば」と、ネットで見かけた犬用の休憩施設の写真をEvernoteから探そうと、会議を止めてタッチパネルを「びゅーん」と滑らせます。

思い出せない情報は大したものじゃない

この風景が繰り広げられるのは、会議の場だけではありません。F社長は商談の最中も「思い出す」ためにタッチパネルを操作します。何でも記録できるEvernoteに些末なことまで収集するので、肝心な情報が雑多な情報で埋もれており、「いつ、どこで保存したか」を思い出すたびに時間が浪費されているわけです。これぞ、「ライフログ0.2」です。

そもそも、「情報」とは望むタイミングを得て色を帯びるもので、Evernoteに人生のすべてを記憶していたとしても、記録した事実を思い出す、すなわち引き出すことができなければ無意味です。それより、永遠に呼び出されることのない情報の記録に費やした時間と、引き出すために失った時間の積算に注目すべきで、端的に述べればこういうこと。


「すぐに思い出せないような情報は大したものではない」

最近、ノートPCやケータイを持ち込める会議が多くなりましたが、議論の中でわからないことをその場で検索するのも実は同じ。会議に参加している時間を浪費しているのです。

そもそも「ライフログ」も0.2な話です。人は人と関わることで、社会が「存在」として認めてくれるもので、「自分」の視点からだけの記録は他人にとって無価値に等しい……という哲学的な話ではなく、筆者の手元に3.5インチFD、ZIP、MOといった記録メディアがありますが、現在これらを読みこむデバイスは押し入れの中。5インチFDに至っては、団扇の代わりにもなりません。

つまり、デジタルメディアは技術革新により「誰も読めない情報」になる可能性をはらんでいるのです。「Evernoteはクラウドサービスだから大丈夫」というのは脳天気な話。こちらは経営方針が変更されれば「瞬殺」される記憶です。

エンタープライズ1.0への箴言


「使い手のインデックス能力を高めるITツールはいまだ発明されていない」

宮脇 睦(みやわき あつし)
プログラマーを振り出しにさまざまな社会経験を積んだ後、有限会社アズモードを設立。営業の現場を知る強みを生かし、Webとリアルビジネスの融合を目指した「営業戦略付きホームページ」を提供している。コラムニストとして精力的に活動し、「Web担当者Forum(インプレスビジネスメディア)」、「通販支援ブログ(スクロール360)」でも連載しているほか、漫画原作も手がける。著書に『Web2.0が殺すもの』『楽天市場がなくなる日』(ともに洋泉社)がある。

筆者ブログ「マスコミでは言えないこと<イザ!支社>」、ツイッターのアカウントは

@miyawakiatsushi