ネット通販急伸の裏側

東日本大震災を受けても「ネット通販」が伸びています。各地の浄水場で基準値を上回る放射線量が報じられた首都圏では「水」が売り切れ、ネットに求めた人も多かったことでしょう。ネット通販市場は不景気をモノともせず伸び続け、「楽天市場」の総売上高は2010年12月期に9,500億円と高島屋のそれ(8,694億円)を上回ったそうです。

しかし、この総額の比較だけでは見えてこない事実があります。楽天市場のトップページにある契約企業数は2011年6月17日現在「12万2,056」とあり、1店舗当たりでは778万円です。一方の高島屋は国内外合わせて22店舗で、1店舗当たりで割れば395億円。文字通りケタ違いです。どちらも単純計算にすぎませんが、数字は切り取り方や扱い方でまったく別の表情を見せるもので、特に「売上」だけの比較はあまり意味がありません。

ネット通販市場の拡大も、イトーヨーカドーやユニクロのようなナショナル企業が数字の底上げをしており、個別の各店・各企業の収支とはイコールではないのです。ちなみに、経産省による電子商取引実態調査では2009年のBtoBのネット通販(EC)市場は縮小しております。

他人の芝生は青く輝く

ネット通販は儲けにくい――これはWeb業界の裏常識です。「ECカレント」を運営するストリームのように上場までこぎ着けた企業もありますが、圧倒的にレアです。その理由は後に述べますが、ネット通販の構造にあります。

それでは、大躍進中の楽天市場はというと、通販事業者に場所を貸すのが商売の核で、いわば「レンタルオフィスのオーナー」のようなもの。物販という狭義においてのネット通販による利益で大躍進したわけではありません。第一、ネット通販がそんなに儲かるのなら、楽天市場の躍進と日本の景気が連動しているはずです。

他人の芝生は良く見えます。K社長は地方の中核都市で若者向けのアパレルを販売していました。独自のセンスで仕入れる商品は地域のファッションリーダー的な存在でしたが、少子化の波は容赦なく押し寄せ売上は頭打ちします。さらに、全国チェーンのファストファッションブランドの進出が追い打ちをかけます。

そこで、ネット通販に活路を求めます。たまたまネットで見かけた広告から資料請求したショッピングモールからすぐに確認の電話があり、その迅速な対応と矢継ぎ早に紹介される成功事例に心が躍りました。

ライバルはアマゾン

ネット通販を開始した当初はまったく売れませんでした。アドバイザーと名乗るショッピングモールの営業担当者に相談すると、広告を出すように奨められて小さな広告枠を購入しました。すると、ぼちぼちは訪問者が来るようになりましたが、売上に結びつかないと愚痴ると、今度は購入時のポイントを倍にし、それを告知するための大きな広告枠の購入を指導されます。担当者の指導に素直に従っていると、売上は面白いように伸び、前年対比で2ケタの伸びを記録します。さらに売上を伸ばすためと、通販大手のアマゾン・ドット・コムを例に挙げ「送料無料」がトレンドだと導入させます。

決算が近づき、税理士が深刻な顔でやってきて「このままじゃ潰れます」と告げます。売上は上がっても、見合う利益が確保できていなかったのです。メーカーから仕入れて販売するアパレルの場合、定価販売で粗利はおおよそ6~7割と言われていますが、実際にはシーズン当初から値引き販売するので儲けはそれほど多くありません。そこに、ネット通販特有の「経費」が重くのしかかるのです。

送料という値引きのカラクリ

ショッピングモールには俗に「税」と呼ばれる売上手数料が存在します。契約により料率は異なりますが、概ね消費税の前後です。ポイント還元は売上から店側がショッピングモールに供出仕組みになっており、さらにクレジットカードの手数料などを加算していくと、「税」の合計が10%を超えることは珍しくありません。「税」は「売上」をベースに計算されるので、粗利率はさらに減少します。

楽天市場では12万を超える企業がしのぎを削っており、広告でも出さなければ埋没してしまいます。その広告代も利益を圧迫するのです。そして「送料」。これを無料にするということは、1回当たり数百円ほどを粗利から「値引き」しているのと同じです。

路面店(リアル店)では不要な経費がネット通販には必要です。細かなところでは、通販用の梱包資材や同封する挨拶状などもあります。こうした経費を計算に入れず、売上の伸びに舞い上がり、税理士に指摘されるまで利益率に目を向けなかったK社長は「ネット通販0.2」です。そんな馬鹿なとお笑いでしょうか? 程度の差はありますが、これはWeb業界では「裏常識」。

ネット通販の成功例が嘘だというのではありません。しかし、その成功物語の多くにはあるカラクリがあり、詳しくは次回「ショッピングモール0.2」にて。

エンタープライズ1.0への箴言


「ネット通販特有の経費がある」

宮脇 睦 (みやわき あつし)

プログラマーを振り出しにさまざまな社会経験を積んだ後、有限会社アズモードを設立。営業の現場を知る強みを生かし、Webとリアルビジネスの融合を目指した「営業戦略付きホームページ」を提供している。コラムニストとして精力的に活動し、「Web担当者Forum(インプレスビジネスメディア)」、「通販支援ブログ(スクロール360)」でも連載しているほか、漫画原作も手がける。著書に『Web2.0が殺すもの』『楽天市場がなくなる日』(ともに洋泉社)がある。

筆者ブログ「マスコミでは言えないこと<イザ!支社>」、ツイッターのアカウントは

@miyawakiatsushi