携帯電話の出荷台数にユーザーはいない

調査会社のMM総研は5月10日に発表したレポートで、2011年中に出荷される携帯電話の半分がiPhoneに代表されるスマートフォン(スマホ)になる可能性があると推測しています。これを受けて、「スマホ快進撃」という論調がメディアを賑わせますが、よくご覧ください。あくまでも「出荷」です。

日本の携帯電話市場は特殊で、米アップルが製造するiPhoneなどの一部の例外を除けば、ドコモやau、ソフトバンクという「回線会社(キャリア)」が主導して端末を企画します。そこには台数も含まれ、出荷台数はキャリアの発注数を意味します。つまり、このデータは「キャリアがスマホを売りたがっている」と見ることもできるのです。

携帯電話の出荷台数は1億台を突破し、新規契約は頭打ちとなり、サービス競争やMNPによる値引き合戦で伸び悩む収益のなかで、スマホによる「通信データ量の増加」は残された最後のフロンティア。つまり、スマホが普及すればキャリアの儲けは増え、儲けを増やすためにキャリアはスマホの出荷量を増やしている……というのは穿ちすぎでしょうか。

幹部社員全員がスマホで「なう」

パートアルバイト含めて300人を抱える中堅ロジスティクスS社の物流拠点は東日本全域に10数ヵ所あります。そのすべてに幹部級の責任者を配しているのは、物流の現場では即断即決を求められることが少なくないからです。例えば、営業車両(トラック)の事故1つとっても、被害者への対応を初手で間違えるとこじれてしまいます。反対に、怪我をしていないようなケースでも、手土産持参で頭を下げるなど、素早い対応により「トラブル」から「ファン」を生み出すこともあります。

もっとも、弊害もあります。すべての拠点が潤沢なスタッフに恵まれるほど物流業界に余裕はなく、幹部といえど早出や夜勤をします。一方、本社は基本的に朝から夕方までの日勤で、本支店間では時間が合わず、幹部が一堂に会して意見交換する場が少なくなるというわけです。「物流網」と表現されるように、拠点間のリレーションが経営効率を左右し、互いの意思疎通は欠かすことができません。そこで、同社のS社長は幹部社員全員に「スマホ」を支給して「幹部専用SNS」を始めることにしました。

つぶやかれる内容はゴルフ場のムダ話と同じ

専用SNSはツイッターとグループウェアを足したような機能で、各自の予定とつぶやきを共有できるようになっています。近況や日々の業務で気づいたことを共有し、意思疎通へとつなげ、思いついたアイデアを迅速に経営に反映させるというのが狙いです。ネットワーク上に置くことで、各人の生活リズムに応じて都合の良い時間に見ることができます。また、現場にいるからこそ見えてくる提案などにも期待を寄せます。S社長は創業者一族の嫡男で、2年前に「大政奉還」を受けて就任しましたが、まだ年若く、SNSを活用した「身内固め」という狙いもあったのです。

この「身内固め」は半分成功します。S社長が抜擢した子飼いの幹部は積極的につぶやき、それにつられて「媚び」を売る幹部が少しずつ増えました。ただし、直接、経営に役立つことはありませんでした。交わされる内容はゴルフ場でのムダ話と同程度の、社長に耳触りの良いことばかりです。そもそも、SNSとはフラットな人間関係を前提としたコミュニケーションツールで、上下関係を持ち込むとゴマすりとお追従の「社長接待」の場になるのです。

さらに、S社長は生まれながらの「お坊ちゃま」。社員は自分に媚びを売るか、尻尾を振るものだという常識で生きてきたのですから違和感など感じません。しかし、「幹部専用SNS」が頓挫した直接的な理由は「スマホ0.2」です。なぜなら、幹部の大半が「スマホ」を使いこなせなかったから。

タッチパネルが足枷に

そう、幹部の大半がスマホのタッチパネルに苦戦していました。今では大組織の幹部になったとはいえ、元はトラックドライバーや倉庫で荷物を担いでいた人が大半です。無骨なその指先にタッチパネルは繊細すぎました。操作に苦心してつぶやくどころではなかったのです。

スマホユーザーは操作性について「慣れだよ」と言いますが、それは嘘ではありません。しかし、物流現場の最前線にいる人間に「慣れる」ほど暇な時間はありません。本社の応接室で取引先と商談という名の雑談が主な仕事のS社長のような時間はなかったのです。

S社のSNSが、ガラケー(従来のボタン式で多機能な日本製携帯電話)という「慣れている機械」で使えていたなら、もう少し活用されたのかもしれません。どれだけ優秀な機械が登場しても、優秀さを引き出すのは「ユーザー」で、ユーザーが使えなければ意味がないという当たり前の話が置き去りにされ、0.2が生まれます。ちなみにスマホが導入された本当の理由は、S社長が会社の経費で新しい端末を購入したかったから……という噂です。

冒頭のスマホの出荷数について、「市場調査などでユーザーの声を拾い上げている」という反論もあるでしょう。しかし、「0円ケータイ」の多くは「売れ残り」の「在庫処分」だということをご存じでしょうか。赤字覚悟の特価品ではなく、赤字でも良いから処分したい端末を発注し続けるキャリアが、ユーザーの声に耳を傾けていると言われても素直には頷けません。また、複雑な料金設計については「ガラパゴス0.2」でも指摘したとおりです。

さらに、スマホの「端末一括購入価格」がどの店も同じであることは不思議な話。それも「他店より1円でも高ければ……」と、日頃値引き合戦を繰り広げる家電量販店のどこでも同じだなんて……ねぇ?

エンタープライズ1.0への箴言


「機械を使いこなすのはユーザー」

宮脇 睦 (みやわき あつし)

プログラマーを振り出しにさまざまな社会経験を積んだ後、有限会社アズモードを設立。営業の現場を知る強みを生かし、Webとリアルビジネスの融合を目指した「営業戦略付きホームページ」を提供している。コラムニストとして精力的に活動し、「Web担当者Forum(インプレスビジネスメディア)」、「通販支援ブログ(スクロール360)」でも連載しているほか、漫画原作も手がける。著書に『Web2.0が殺すもの』『楽天市場がなくなる日』(ともに洋泉社)がある。

筆者ブログ「マスコミでは言えないこと<イザ!支社>」、ツイッターのアカウントは

@miyawakiatsushi