創業事業買収の舞台裏

上場したベンチャー企業が、創業事業を売却することになりました。業績は堅調でも、成長戦略に乏しいというのがその理由です。ところが、買収する側に話を聞くと、成長戦略以前の問題があったといいます。

作業が細分化され、セクション間の横断がない官僚組織のような縦割り構造が事業発展を阻害していたのです。例えば、今、人気絶頂の「AKB48」がCMタレントを務める「駄菓子」「文房具」「写真集」の取り扱いを、「食品」「ステイショナリー」「書籍」といった各部署の担当者に配するように。

サッカーで複数のポジションをこなせるプレイヤーを「ユーティリティ」と呼びます。ベンチャー企業に求められるのは高度な知識を有する専門家よりもユーティリティです。ビジネスというゲームでは、選手が11人揃わなくても試合は始まってしまい、1人で多くのポジションをこなせなければ試合にならないのです。

ところが、大企業病にかかった会社の社員は「ポジション」が決まっている野球のように、自分の守備範囲の仕事しかしなくなります。しかも症状が重くなると、外野手が試合中に自分の守備範囲の草むしりを始めるように不要な仕事を始めます。

今回は携帯電話会社で見つけた「0.2」。こんな社員がいれば、通話料が高止まりするのも仕方がありません。

「0円ケータイ」時代の携帯業界の実態

かつて、携帯電話は0円で販売されていました。端末価格はドコモやau、ソフトバンクといった「回線会社(キャリア)」から支払われる「販売奨励金」で賄われていました。携帯電話端末は電機メーカーに仕様と台数を発注して作らせるのですが、目論見がはずれて売れ残った機種の「在庫処分」が「0円」になったのです。

そのため、人気機種はあまり値引きされません。ちなみに、販売奨励金の原資は一般利用者が日頃支払っている料金です。同じ端末を文句も言わずに使い続けている人が、コロコロと携帯端末を変更する人の料金も負担していたのです。

キャリアの名前を冠した「ショップ」と呼ばれる店舗は、わずかな直営を除けば、キャリアとは別の会社が経営しています。いわばフランチャイズのようなイメージです。ショップはブランドイメージなどからキャリアの制約を多く受け、露骨な値引きはできません。しかし、一方で「ノルマ」のように割り当てられた契約目標数があり、値引きしてでも契約を取らなければならず、この時に利用するのが複数のキャリアを取り扱う「併売店」です。不人気端末に販売奨励金がセットされ「0円ケータイ」が生まれます。

グレーゾーンの手口

販売奨励金はチラシやDMなどの「広告費」として支給されることもありました。もちろん、ドコモならドコモ、auならauの宣伝しかできません。ところがある併売店は良からぬことを考えました。例えば、ドコモから広告予算を引き出しておいて、ドコモとauのどちらも掲載されたチラシを作ろうというのです。見積りとサンプルを提出すれば、予算の半額がショップから支給される仕組みです。そこで「見積り」を水増しすれば「別のチラシ」の予算に回せると考えたのです。

これを併売店が行えば「詐欺」になるかもしれませんが、ショップ側もこれを警戒しており、契約はショップと広告代理店が結ばなければなりません。しかし、広告代理店は併売店を選べます。そこで印刷代を高めに見積もった「ショップ価格」をショップに提出し、差額が値引かれ割安になった「併売店価格」を広告代理店に「お願い」します。

広告代理店の営業マンがクライアントに逆らえないのは、以前述べた通り、広告業界の常識です。営業マンが見積りとチラシのサンプルをショップに提出にいくと、担当者は「少しお待ちください」とチラシを手にして席を外します。

ザルのような予算編成

担当者は眉間にしわを寄せて戻り「これはまずいです」と切り出します。営業マンは高すぎる見積りにカラクリがばれたのかと、背中に冷たい汗をかきます。その指さすところにあるのは、女性のイラスト。「鼻がない方が不愉快に思う」と修正を求めます。

シンプルな線で書かれた女性のイラストは、漫画家である西原理恵子さんの画風のように「雰囲気」を伝えるもので、造形の描写力を求めるものではありません。その「鼻」が描かれていないことが問題だというのです。ほかには、指は5本必ず描き、両手足は揃えてなどなど、「ショップチラシ作成時の注意点」の講釈を始めます。

確かに、見た人が不愉快になることは避けるべきでしょうが、新聞チラシの小さなカットの鼻の数より、精査すべきはチラシの中身と見積りの額だという言葉を営業マンは飲み込みました。そして、鼻の位置に「く」の時を写植で貼り付け、次回よりも見積り金額を釣り上げます。相手は「鼻」しか見ていないのですから。

ショップの担当者は併売店の広告チェックだけをする仕事が割り当てられていました。「不備」を指摘して「修正」させるのが彼の仕事です。だから、印刷価格の相場や売れ筋商品のトレンドなどを知りません。そして、自分の存在意義を高めるために、些末な「注意点」を増やし続けます。「鼻」もその1つ。「セクショナリズム0.2」といったところでしょうか。

広告代理店の営業マンは、「このショップの回線は絶対に利用しない」と心に誓います。販売奨励金という利用者の金を使い、ライバル企業のサービス「写メール」の宣伝を見逃していたのですから。

エンタープライズ1.0への箴言


「大企業には自分の仕事を増やすためだけに仕事をしている社員がいる」

宮脇 睦 (みやわき あつし)

プログラマーを振り出しにさまざまな社会経験を積んだ後、有限会社アズモードを設立。営業の現場を知る強みを生かし、Webとリアルビジネスの融合を目指した「営業戦略付きホームページ」を提供している。コラムニストとして精力的に活動し、「Web担当者Forum(インプレスビジネスメディア)」、「通販支援ブログ(スクロール360)」でも連載しているほか、漫画原作も手がける。著書に『Web2.0が殺すもの』『楽天市場がなくなる日』(ともに洋泉社)がある。

筆者ブログ「マスコミでは言えないこと<イザ!支社>」、ツイッターのアカウントは

@miyawakiatsushi