世代を超えてヒトの心をつかむ「あだち充」の偉大さ

ネットで「テレビは終わっている」という言説を目にします。「終わっている」には、「テレビを見ない」「テレビがつまらない」というニュアンスが込められているのですが、中川淳一郎さんの著書『ウェブはバカと暇人のもの』では、「ネットで話題になるのはテレビネタで、テレビの時代はまだしばらくは続く」と結論付けています。

私もこの論に賛成です。ツイッターのタイムラインにテレビの話題が躍ることは多く、何より2010年12月以降の「家電エコポイント半減」直前、家電量販店に「終わっている」はずのテレビを求めて客が殺到した事実が物語ります。

ただし、「つまらない」ことには賛成します。クイズ番組は「インテリ」ばかりが登場し、情報番組はラーメン、焼き肉、スイーツのヘビーローテーション、ドラマに至っては初回を見れば結末がわかる筋立てで、キャストを見ただけで演じる役割が想像できるのはまるで「あだち充」の漫画のようです。

テレビがつまらなくなった理由として、広告費に連動した視聴率主義などが挙げられますが、私はもっと単純な理由と見ています。それは「多チャンネル」。余談ですが、15才の甥はあだち充先生の『クロスゲーム』のファンで、『タッチ』に胸躍らせた自分と重なり、その偉大さに気がつきます。マンネリではなく、思春期の王道なのだと。

多チャンネル化で退廃するテレビ番組

在京キー局のフジテレビは、地上波でアナログ、デジタル、ワンセグ、衛星放送としてCS3局(ワン、ツー、ネクスト)の6波を持っています。テレビ地上波を1つとしても5つの番組を同時に流さなければなりません。ところが、社員を大量採用したという話は耳にしません。同じ戦力を分散すれば1つ1つの番組の攻撃力は低下します。

つまり、単純計算で『俺たちひょうきん族』が放映されていた時代のエネルギーを5つに分散していることが、「テレビがつまらない」理由ではないかということです。これはネットでも同じです。

通販事業を営むT社長は今年に入り、Facebookにファンページ(Facebookページ)を開設しました。世界中に6億人いるとされるユーザーを巨大な商圏と期待してのことです。みずから1日20回以上つぶやくツイッターとも連動させ、フォロワーと「いいね!」の増加を期待します。カタログ通販からネットへの移行に乗り遅れた反省より、新たなネットサービスに積極的で、メルマガ、ブログ、ショッピングモールと手を広げます。これはネットの必勝法の1つです。

ミクシィの住民もFacebookのユーザーも取り込むために

接触機会を増やすことで認知度は高まり、それとともに購買機会も増加します。リアルの世界におけるテレビCMや折り込みチラシも同じ目的で行われますが、異なるのはその費用です。テレビCMは高額で、フジテレビの放送事業収入(主にCM)1,670億円を365日24時間で割り算すると、1時間当たり1,900万円をスポンサーが負担していることになります。

そのほかにCMの制作費もかかります。テレビCMよりも安価とはいえ、折り込みチラシには印刷代と折込料金が必要で、1回当たりの費用は数十万円から数百万円。その点、ネットはほとんど無料です。

Facebook、ツイッター、ブログ、メルマガ。すべて無料で情報発信ができます。ショッピングモールは有料ですが、月額2万円前後で運営できます。実世界よりも広大となったネットの中で、消費者は意外なほど狭い範囲でしか行動していません。

昨今、かまびすしいFacebookですが、同じSNSのミクシィの住民(利用者)はわざわざ引越などせず、ツイッターの噂を耳にしても参加しない人はたくさんいます。そこで、T社長のように「多チャンネル化」することで、多くの客の目に触れる機会を増やすのです。

"ケツカスタネット"を流すテレビマン

とはいえ、多チャンネル化により増えた接触機会を生かすも殺すも「コンテンツ」次第です。通勤経路にあるすべての看板を覚えていないように、目に触れると「見る」は別物。プロの作家の作品でも出来不出来があるように、一定のクオリティを維持し続けるのは並大抵のことではありません。

T社長は素人です。文章修行の経験はなく、情報収集はネットニュースのヘッドラインのみで、話題の引き出しはスカスカです。それでも、メルマガやブログを始めた時は一所懸命に頭をひねり、原稿用紙と格闘しました。しかし、一言で事足りるツイッターや交流が主体のFacebookに軸足を移してからは、思いつきの言葉を並べるだけで、捻りもオチもなければ情報もありません。

これは、多チャンネル化によってコンテンツが劣化した「多チャンネル0.2」です。T社長のツイッターはもはや社員すら見なくなりました。

T社長の姿は、チャンネルが増えたことで人手も予算も分散し、コンテンツの質が低下している今のテレビ業界と重なります。動画サイトに投稿されていたコンテンツを、フジテレビは平日の午後8時台に地上波で流します。それはこんな映像です。

背中を向けた男にパンツ以外の着衣はなく、パンツを尻が丸見えになる褌のように食い込ませ、肛門あたりにカスタネットを挟みこみ、ザ・ブルーハーツの「リンダ・リンダ」に合わせて尻をふりカスタネットを鳴らします。

爆笑のアテレコと反対に、我が家は静寂に支配されます。食事中に見たい映像ではありません。半裸のカスタネット男を家族団欒の時間に放送する倫理観とネット映像の垂れ流しを「番組」と称する姿に、クリエイターの矜持を探すのは困難。確かに「終わっている」のかもしれません。

エンタープライズ1.0への箴言


「戦力を分散すれば効果は薄れる」

宮脇 睦 (みやわき あつし)

プログラマーを振り出しにさまざまな社会経験を積んだ後、有限会社アズモードを設立。営業の現場を知る強みを生かし、Webとリアルビジネスの融合を目指した「営業戦略付きホームページ」を提供している。コラムニストとして精力的に活動し、「Web担当者Forum(インプレスビジネスメディア)」、「通販支援ブログ(スクロール360)」でも連載しているほか、漫画原作も手がける。著書に『Web2.0が殺すもの』『楽天市場がなくなる日』(ともに洋泉社)がある。

筆者ブログ「マスコミでは言えないこと<イザ!支社>」、ツイッターのアカウントは

@miyawakiatsushi