打ち子が夢見る美味しい話

「打ち子詐欺」をご存じでしょうか? そのやり口はこうです。まず、必ず大当たりするというパチンコ台の情報が提供されます。大当たりして儲かった分から半額を情報提供者に振り込むという約束です。大当たりして儲かった時だけ振り込むのなら損はしない……と思ったあなたは危険です。

では、カラクリを明かしましょう。迷惑メールを送信する仕組みを用いて不特定多数に「打ち子募集」のメールを送り、返信してきた応募者にパチンコ店と台の名前を告げます。最初の情報提供は無料で、次回以降から有料。提供される情報に根拠はありません。平たく言えば「てきとう」。当たったとすれば打ち子の「運」です。

しかし、「大当たりした」という結果が情報を裏打ちし、儲けの半額を振り込み、次回の「情報」に代金を支払わせます。当たらなかった場合、多くは「ガセだった」と自嘲しておしまいですが、情報提供会社に文句をいう人は詐欺師にとってネギを背負った鴨です。「有料情報なら当たる」と言葉巧みに誘うのです。

世の中、美味しい話はありません。ところが、ビジネスの世界には「美味しい話」の誘いが多く、いろいろな意味で「0.2(残念)」な社長がこれに引っかかります。

パチンコ店にも不況の波が

コンサルティングファームの代表であるT社長の顔写真の下には、「パチンコ・スロット店の行列請負人」という肩書きがあります。「大手パチンコチェーンの幹部に登り詰めた後、惜しまれつつも独立し、パチンコ店専門の集客コンサルタントに転業した」とは、ホームページからのコピペです。

不況に強いと言われていたパチンコ業界も今は昔。長引く不況は真綿で首を絞めるようにじわじわと業界を苦しめ、21世紀を迎えると廃業が相次ぐようになりました。これは私見に過ぎませんが、禁煙ブームもパチンコ離れを加速しているのではないでしょうか。タバコは習慣性と依存性を併せ持ち、それはギャンブルと重なります。

つまり、タバコという生活習慣を見直して依存から脱却した「ついで」にパチンコも辞めたのではないかということです。また、タバコを止めたことで貯まった小遣いを惜しむ気持ちが、それを失うリスクの高い「博打」を遠ざけている面もあるのではないでしょうか。

T社長は、「出玉やイベントで客を呼ぶ時代は終わった」と豪語します。

わずか1万9,800円で売上を簡単に増やす秘訣を伝授

出玉とは大当たりのことで、違法な装置を設置しなければ、店舗側で大当たりの操作はできません。しかし、パチンコは「クギ」を調整することで大当たりしやすい状態にすることが可能です(厳密にはこの「クギ」を操作することも触法行為で、過去に摘発例もあります)。また、スーパーマーケットよりも安い値段の景品を用意したり、「コレジャナイiPad」のような目玉商品で客を集めたりするのがイベントです。

どちらも一定の効果はありますが、出費もかさみます。T社長はこれをせずに別な方法で行列を創り出すというのです。その方法とは封書のDMです。

一般的なハガキに刷り込んだDMはそのままゴミ箱に捨てられます。しかし、「封書」は開いて中をみたいという心理から開封され、目に触れることで圧倒的なリーチ(情報到達度 注:筆者意訳)を実現します。

情報量もハガキの比ではなく、「お手紙」のように気さくな文章から滲み出る「人柄」から客は親近感を覚え、来店に対する心理的な抵抗を薄れさせます。また、「お手紙」をベースとするので、お金をかけた立派な印刷物は不要で、必要経費は切手代と合わせても1通当たり100円ちょっと。

注目すべきはその効果です。この手法により、たった90日間で前年同月比102%の売上を達成しました。驚くべきノウハウをわずか1万9,800円のDVDで伝授するチャンスは今回限り。

こうした内容のDMを封書で日本全国のパチンコ・スロット店に送付します。そして、封を切った経営者はそこに書かれている、「封書」でなければならない理由を読み頷きます。

詐欺師と心理学の密接な関係

「本当だ。確かに封を開けて読んだ」

これではT社長の思うツボです。人間は自分の行動を正当化します。まして、「社長」は自己顕示欲の固まり。「封を開ける」という自分の行動を言い当てられたことにより盲信し、鰯の頭を奉じるように0.2な世界へと足を踏み入れてしまいます。0.2な人々をコンサルタントが作り出すのです。

T社長のDMは錯覚を利用しています。興味のない郵便物を躊躇なくゴミ箱に入れる人にとって、ハガキか封書かは問題ではありません。また、中身のわからない封書を気味が悪いと敬遠する人もいます。つまり、「封書だから開ける心理」とは、開ける人にだけ当てはまることにすぎず、一般論ではないのです。

しかし、「封を開ける」という「予言」は、開封した自分にとっては100%的中しており、それが錯覚だとは気付きません。自分の運で引き寄せた偶然の大当たりを情報の力と信じる「打ち子詐欺」の被害者と同じです。

DVDの原価は驚くほど安く、DMの費用はT社長のノウハウにあるように、とても安価で1件成約すれば1万9,000円以上の粗利が出ます。本当に儲かる方法を知っているコンサルタントはそれを自分自身が使って商売をするもので、T社長のノウハウの「本質」はDVDを販売する方法です。

そもそも単純に「リーチ」だけを比較するなら、裏を返すだけで「チラ見」できる可能性を期待できるハガキに軍配が上がります。また、DMは即効性を期待する宣伝媒体で「90日後」を狙うものではありません。さらに言えば、「102%」の売上アップは誤差の範囲。ところが、これを信じる「社長」は多く……会議中に社長がコンサルの名前を連呼するようになったら危険です。

エンタープライズ1.0への箴言


「儲かる方法で一番儲かるのは儲かる方法を売っているコンサルタント」

宮脇 睦 (みやわき あつし)

プログラマーを振り出しにさまざまな社会経験を積んだ後、有限会社アズモードを設立。営業の現場を知る強みを生かし、Webとリアルビジネスの融合を目指した「営業戦略付きホームページ」を提供している。コラムニストとして精力的に活動し、「Web担当者Forum(インプレスビジネスメディア)」、「通販支援ブログ(スクロール360)」でも連載しているほか、漫画原作も手がける。著書に『Web2.0が殺すもの』『楽天市場がなくなる日』(ともに洋泉社)がある。

筆者ブログ「マスコミでは言えないこと<イザ!支社>」、ツイッターのアカウントは

@miyawakiatsushi