塾が電子教科書を採用しない理由

iPadを筆頭とするタブレットPCを「電子教科書」にしようとする実証実験が、総務省による「フューチャースクール事業」において進められています。電子教科書については、ソフトバンク社長の孫正義さんも必要性を各所で説いていますが、iPadは孫さんのソフトバンクモバイルでも発売されており、私益と公益を織り交ぜる論理展開は「さすが」と唸ってしまいます。

そして、「ダメIT活用」を追いかける「0.2ウォッチャー」としての本能が電子教科書に警鐘を鳴らします。

そもそも、フューチャースクール事業自体に「0.2」の疑惑があります。民主党政権の数少ないヒット商品「事業仕分け」で「廃止」されており、その看板を掛け替えて復活させたいわく付きの事業です。

また、2010年の参院選に向けて検討された民主党のマニフェスト案には「小中高で、学習効果を高めるデジタル教科書を100%普及させる」とありますが、学習効果を高める論拠は示されていません。学習効果が売上に直結する既存の塾がカリキュラムを電子教科書やPCに置き換えていないところに、その「学習効果」の程がわかります。

情報を与えられただけで子どもが勉強することはなく、過度な情報量は学習を迷走させます。

公立中学校の電子教育に潜入

ある郊外都市の公立中学校ではPCを使った英語の授業が行われています。PC専用の教室はLAN環境が整備されており、教員用の端末をホストとして、生徒1人につき1台以上のPCを集中管理できる仕組みが構築されています。

生徒が専用教室に移動すると、40台以上あるディスプレイにはブラッド・ピットが並んでいます。それは「ブラピと結婚する」と広言する女性英語教師の趣味です。課題は「I have a dream」。公民権運動のキング牧師の有名な演説をもじって、生徒各自の「夢」を英文で表現するものです。ワープロソフトであるWordで作られた雛形を生徒が開き、自身の「夢」に打ち変えていきます。

一般的な中学3年生なら、あのWindows 95が世に出た1995年生まれであり、彼らは「インターネットネイティブ」と呼べる世代です。ところが、生徒の大半がキーボード入力に悪戦苦闘し、たった数行の英文入力で授業時間の大半が浪費されます。

告白は携帯経由でもキーボード操作は苦手

今時の中学生の恋の告白は携帯電話のメールで行われます。彼らは携帯端末からの文字入力には慣れていてもキーボードは苦手です。かつて、「インターネットネイティブの時代がやってくればブランドタッチが当たり前になり、PCを手足の如く使いこなせるようになる」と言われていましたが、現実は「手軽さ」に流され携帯電話で足踏みを続けます。

どうにか入力を完了して文字の修飾に移ると、前後左右のクラスメイトと色や大きさという「情報」を見比べて遊び始め、中学生が幼稚園児のようにはしゃいで教室内の喧噪は騒音となります。これが終わると、次は「イメージ画像」を貼り付けるよう指導されます。

イメージはネットで検索し、遠慮なくコピペします。教師からネット上の画像には著作権があるという説明はなく、無断使用は権利を侵害することになるという発想はブラピのスクリーンセーバーを生徒の前に披露する女性教師にはないのでしょう。

そして、完成した「夢」はプリントアウトされ、校内で開かれた文化祭に各々の作品として展示されます。

ケーシー高峯に学ぶ良い授業

ちなみに、このコピペについて文化庁著作権課に確認したところ、著作権法上の問題はないとのことです。しかし、学校の授業でネット画像のコピペを指導されている子どもにとって、音楽ファイルやゲームソフトのダウンロードが違法であることを理解するのは困難でしょう。

数行の英文など、白紙の用紙に手書きすれば数分の作業です。ところが、PCを前にしたことでキーボード入力を覚え、フォントを選び、文字を修飾し、画像をネット検索しコピペを学び、プリントアウトするまでに3時間以上を投じます。選択する情報量の増加が生徒から「英語の学習時間」を奪っているのです。

さらに、「ヒーローになる」ことを夢として語る生徒が検索した画像は「仮面ライダーW」。それを見た周囲の生徒たちは「俺もそっちがよい」と、画像情報から「夢を変更する」という事態が発生しました。子どもの興味は移ろいやすく、本筋と関係のない情報量が増加すれば脱線するのは火を見るよりも明らかです。

そもそも、良い授業とは「板書を見せるライブ」であり、それはケーシー高峯さんの漫談のようにテーマを絞ることで興味を集中させるものです。生徒に教科書を読ませるだけの授業なら、教師など不要です。また、電子教科書のコンテンツを充実させれば、子ども達の学習意欲が高くなるというのは「大人の考えるよい子」を前提とした机上の空論で、そこから生まれるのは「電子教科書0.2」です。

仮に私が子どもの頃に「電子教科書」を渡されたなら、興味の対象は端末に移行して分解したことでしょう。これをもって「機械に興味を持つという学習効果が得られる」とまで強弁するなら、反論する意欲も失せますが。

エンタープライズ1.0への箴言


「電子はすべてを解決しない」

宮脇 睦 (みやわき あつし)

プログラマーを振り出しにさまざまな社会経験を積んだ後、有限会社アズモードを設立。営業の現場を知る強みを生かし、Webとリアルビジネスの融合を目指した「営業戦略付きホームページ」を提供している。コラムニストとして精力的に活動し、「Web担当者Forum(インプレスビジネスメディア)」、「通販支援ブログ(スクロール360)」でも連載しているほか、漫画原作も手がける。著書に『Web2.0が殺すもの』『楽天市場がなくなる日』(ともに洋泉社)がある。

筆者ブログ「マスコミでは言えないこと<イザ!支社>」、ツイッターのアカウントは

@miyawakiatsushi