麻木久仁子さんのお陰でわかったコト

2010年の年の瀬、タレントの大桃美代子さんによる「つぶやき」が世間を賑わせました。ツイッターで、同じくタレントの麻木久仁子さんと元夫でAPF通信社代表の山路徹さんの不倫を暴露したのです。色恋は当事者の問題ですので野次馬以上の興味を持たないのですが、注目したのはこれを報じた各ワイドショーでツイッターに関する特集を組んでいたことです。

ネットに親しんでいる方にとっては「何を今さら?」という感じですが、実のところ、ネット上の流行は一般社会からするとその程度の認知しかないのです。これは、「次に○○が流行する」「これからは××の時代だ」などと、囃し立て続けたネット業界の責任です。

ツイッターを始めれば商売がうまくいくと喧伝されていたのは1年前のことです。PCベンダーのデルがツイッターを活用して2年間で300万ドルを売り上げたと各所で取り上げられていました。しかしそれ以降、数字とともに示されるツイッターの「成功例」は増えていません。

3年前のセカンドライフで、「将来値上がりするかもしれない」と多くの「メディア」や大企業にネット上の土地を売りつけたのは、ネット業界と広告代理店のタッグチームでした。まるで「原野商法」です。さらに遡ると、「続きはWebで」というキャッチフレーズもあります。ネットなら長篇CMを垂れ流しできるという囁きに、企業が経験したのは「無人の映画館」への出資でした。

ネットが無力だと言いたいのではありません。ネット業界の「嘘」がバレはじめているのです。

「豚組なう。」に顧客増の夢を見る

閑静な住宅街の一角にT社長が経営するスープ専門店はあります。野菜をふんだんに使ったスープや辛さを調節できる激辛スープなど、メニューはバリエーションに富んでおり、リピーターに支えられています。繁華街から遠く、客足も決して多くないのですが、スープやカレーの原価は驚くほど安価なうえ、自宅の1階を改装して店舗にしたことで「家賃」などの固定経費を抑えているので経営は難しくありません。そして、「仕込み」と「煮込み」がほぼ同義で、空いた時間にインターネットをやっていると「ツイッター」と「豚組なう」に出会いました。

六本木にある豚肉しゃぶしゃぶ店「豚組しゃぶ庵」の運営会社社長である中村仁さんの著書『小さなお店のツイッター繁盛論』を手にしたT社長は「これだ!」と叫びます。同書に、「同店ではツイッターによるクチコミが客を呼び、来店者が店内から「豚組なう("豚組にいる"という意味)」とツイートすることで、共感と評判を得ているとあります。先ほど述べたように、T社長には時間があります。あとは「つぶやく」だけということで、ツイッターのアカウントを取得しました。

毎日つぶやけどフォロワーは増えず

食材を切って鍋に入れて火にかけてから、毎日つぶやきました。開始してから30日で約600人をフォローしましたが、こちらをフォローしてくれている人は160人ほど。そして「ツイッターを見た」といって訪れた客はゼロです。

ツイッターでつぶやけば客が来るというのは嘘です。「豚組しゃぶ庵」の成功は、ネット業界関係者が多い六本木という立地条件を無視できません。ヒルズ族という言葉が生まれた六本木は、これまたネット業界人の多い渋谷や新宿からでも地下鉄で10分以内の距離ですから、会社の帰りにフラッと立ち寄ることができます。

一方、T社長のスープ屋はベッドタウンにある最寄り駅から徒歩で30分。また、しゃぶしゃぶのような「ご馳走」ならともかく、「スープ」を飲むのにタクシーを走らせる人は稀です。出店エリアと商材(メニュー)を考慮すれば、豚組と同じ方法が通用しないことは明白です。

さらに、「つぶやき」が決定的に0.2だったのです。

敬遠される宣伝や宗教じみたツイート

「つぶやき」が生み出すコミュニケーションが、客との距離を近づけて商売の成功を手助けすることはあるでしょう。しかし、T社長の「つぶやき」はこうです。

「新開発のウコンスープは健康に良い」 「まいにち、旨いとお客に喜ばれている」

自己宣伝だけです。そして、「金運アップには黄色の食べ物。1日1杯のウコンスープで運気アップ」に至っては宗教、あるいはDr.コパです。これでは客は来ません。

ツイッターはコミュニケーションツールの1つにすぎず、ブログやミクシィなどのSNSと同じ轍にあります。ブログならば書き込まれたコメントにお礼を述べて、また、ミクシィならマイミクが弱音を吐けば励ますことで、コミュニケーションを図ります。ツイッターも同様で、つぶやくだけではなく、つぶやきをやり取りする「会話」によりコミュニケーションを成立させて初めて、「客」になってもらえることが期待できるのです。フォローする際も「スープ好きですか?」「ご近所です!」といったように一言を添えなければ、単なる「営業活動」とスルー(無視)されるのは当然です。

T社長ばかりを責めるのが酷なのは、ネット業界人の「嘘」にあります。昨年はツイッターを礼賛する書籍が数多く出版されましたが、その著者の多くはネット業界人で、『小さなお店のツイッター繁盛論』と合わせてこれらも読んだT社長にすれば「専門家のアドバイスに従った」にすぎません。

実は昨年の今頃、本稿の連載を読んだある出版社から「書籍の企画を出してほしい」と声をかけていただきました。そこで「ツイッターはやるな」と、ネット活用の実態について語る企画をだしたところ見事にボツです。その理由を編集者はこう述べます。

「アンチ本は……売れないんです」

書籍は実用書でもエンターテインメント性が求められるとのこと。だから、ネット関係者は「簡単に儲かる」と、麻木久仁子さんも好んだ「優しい嘘」をしたためます。そこには「残酷な沈黙」もあるのですが。

エンタープライズ1.0への箴言


「ネット書籍の大半は優しい嘘で構成されている」

関係者への配慮から事実を一部アレンジしております。なお、「ウコンスープ」を提供する店舗が実在したとしても、本稿とは何ら関係はございません。

宮脇 睦 (みやわき あつし)

プログラマーを振り出しにさまざまな社会経験を積んだ後、有限会社アズモードを設立。営業の現場を知る強みを生かし、Webとリアルビジネスの融合を目指した「営業戦略付きホームページ」を提供している。コラムニストとして精力的に活動し、「Web担当者Forum(インプレスビジネスメディア)」、「通販支援ブログ(スクロール360)」でも連載しているほか、漫画原作も手がける。著書に『Web2.0が殺すもの』『楽天市場がなくなる日』(ともに洋泉社)がある。

筆者ブログ「マスコミでは言えないこと<イザ!支社>」、ツイッターのアカウントは

@miyawakiatsushi