責任を取らない「政治主導」

尖閣諸島沖で中国漁船が海上保安庁の「よなくに」と「みずき」に体当たりした「犯行映像」を流出させたとして、海上保安庁の現役職員が取り調べを受けました。すべての動機は語られていませんが、闇から闇へと「犯行事実」を葬るかのような政府の対応に危機感を覚えていたと伝わってきています。

この件で、仙石官房長官は「政治職と執行職のトップの責任のあり方は違う」と発言し、海上保安庁長官の辞任を暗に求め、所管大臣の馬淵国交大臣の辞任阻止へと布石を打ちます。

末端職員の不祥事に大臣のクビまで切る必要はないと開き直るなら、そこに一理を見つけますが、不祥事が起こるたびに所管大臣に「辞任しろ」と迫っていた野党時代の主張と整合性がとれません。そして、責任だけを官僚に押しつける姿に「政治主導」は大義を失います。

責任を取る必要がない政治職の主導とは、安全な場所に身を隠した司令部が下す突撃命令です。危険にさらされるのは「執行職」だけです。その後に起こる官僚の反乱や怠慢を責めることに心が痛みます。

映画『明日への遺言』で故藤田まことさんが演じた岡田中将は戦争犯罪人として法廷に立たされると、「指揮官がすべての責任を負う」と一切の弁明も責任逃れもせず、月を見上げ笑顔を道連れに刑場の露と消えました。一方で、トラブルが起きると責任逃れに汲々とする政府。あなたが求める「リーダーシップ」はどちらでしょうか?

社長主導で経営のスピードアップを

リーダーシップに不可欠な要素が「スピード」です。中国への抗議が遅れ、犯行ビデオの公開を先延ばしにしていると、ロシア大統領が北方領土に「不法入国」しました。政治の現場は刻一刻と変化をしており、様子を見ているうちに手遅れになることはしばしばあります。経営も同じです。

数店舗のカジュアル衣料販売店を経営するH社長は売上低迷を打開するために、店舗運営を社長主導にすることにしました。これまでは番頭格のM部長が現場の意見やアイデアを集約して社長の決裁を仰ぎ、現場にフィードバックしていたのですが、今後は直接社員に指示を出す「社長主導」で経営のスピードアップを目指します。

M部長は「バイヤー」に専念させ、自分がすべてを主導するので、作業指示や質問などは自分に直接尋ねるようにと全社員に一斉配信のメールで通達しました。

業界団体や取引先との会合などで不在が多いH社長でしたが、電子メール、インターネット、最近ではツイッターと、どこにいても「連絡」がとれるインフラが整備されたことから「社長主導」によるスピードアップを図ったのです。

社長の指示で現場は混乱の極みに

H社長は自信もありました。脱サラで起業して30数年。自社所有の土地に自社ビルを建て、億を超える不動産をいくつか持つまでに成功しています。M部長を信頼していましたが、それよりも「俺がやればもっとうまくやれる」という自負が強く、長引く売上低迷に「いざ、出陣」となったのです。

発表は金曜日。翌週から現場は大混乱に陥ります。A店の店長が「蛍光灯が切れたので2本お願いします」とメールを送ると、社長からの返信はこうです。

「自分でやって」

締まり屋のH社長は現場の自主的な判断での備品購入を許しておらず、また「何でも社長が決裁する」という通達に従って送ったメールへの返信がこれですが、序章に過ぎません。B店はかねてより店舗外装の老朽化が著しく改装が予定されており、そのことを社長に尋ねると、次のような逆ギレしたメールが返ってきました。

「何でも私に聞くな」

この情報は社員だけが知るハッシュタグを利用してツイッターで広まり、現場に動揺が走ります。M部長を除いた社員は専制君主タイプのH社長を怖れており、指示に従わずに叱責される恐怖と指示に従ったことで逆ギレされる理不尽さの狭間で、怯えて動けなくなりました。

首相はボケたという噂まで

すでに10年以上前から現場の運営はM部長が仕切っており、数年前には過去最高益も叩き出していました。確かに売上は低迷していますが、ローコストでも運営できる体制を確立し「黒字」は確保しています。また、専制君主の「無茶ブリ」をM部長が間に入り、現実的な方法に変換してスタッフに指示することで現場は「回っていた」のです。

これをH社長は自分の「手柄」だと思い込んでいます。H社長は現場も現実も見ていなかったのです。そして、H社長はM部長にできたことなら、社長主導にすればもっと結果を出せると信じ込んでいた「リーダーシップ0.2」です。もちろん、M部長を抜擢したことだけは「手柄」だったのですが。

この会社を取材した翌日、近所のそば屋にあった『週刊文春』(2010年11月11日号)の記事を読んで、口に含んだそばを吹き出してしまいました。「イラ菅復活」という見出しだった記事の内容はこうです。

「官僚が答弁前日にブリーフィングに出向くと『聞いていない』と怒り、それではと一週間前にレクチャーすると(内容を)忘れる」

まるでデジャブーです。政治主導をうたいながらすべてが後手に回り、責任は官僚に押しつけ、指示に従ってもキレる。自民党時代の政治をすべて良しとはしませんが、自民党が簡単にやっていたことすらできない現政権の処理能力がH社長と重なりました。

社長という肩書きと「リーダーシップ」は同義ではありません。 そして「総理」や「官房長官」、「与党」も同じです。

エンタープライズ1.0への箴言


「部下の能力を自分の能力と錯覚するな」

宮脇 睦 (みやわき あつし)

プログラマーを振り出しにさまざまな社会経験を積んだ後、有限会社アズモードを設立。営業の現場を知る強みを生かし、Webとリアルビジネスの融合を目指した「営業戦略付きホームページ」を提供している。コラムニストとして精力的に活動し、「Web担当者Forum(インプレスビジネスメディア)」、「通販支援ブログ(スクロール360)」でも連載しているほか、漫画原作も手がける。著書に『Web2.0が殺すもの』『楽天市場がなくなる日』(ともに洋泉社)がある。

筆者ブログ「マスコミでは言えないこと<イザ!支社>」、ツイッターのアカウントは

@miyawakiatsushi