拙速と愚鈍、はたしてどちらが勝者?

インターネットビジネスにおいて最も大切なモノを挙げるとすれば、それは「スピード」です。技術とトレンドが高速で変化していくので、1秒の差が雌雄を決することは珍しくありません。何度も会議を重ね、テストを繰り返しているうちにブームが去っていくこともあれば、不完全な仕上がりで公開されたサービスが世界中に広まることもあります。拙速は愚鈍に勝るのです。

仮の話ですが、毎日のようにサーバがダウンして運用に支障を来すショッピングモールがあったとしても、先にサービスインすることでシェア確保が容易になります。利用者が不完全なモノを使い続けることはありませんが、サービスもまた不完全なままで放置されることはなく、ニーズと実用性にキャッチアップしていく……つまり、公開してから改善すればよいということです。

インターネットの世界では、この状態を「永遠のベータ版」と呼ぶ人がいます。「サービスやシステムに完成はなく絶えず進化し続けるという意味」と「完璧に仕上がっていなくても公開してから対応しようという見切り発車の言い訳」に使われます。

インターネットの世界では断然、女性が有利

私は企業のWebページの担当者は女性が適任と考えています。ここで述べる性差は一般論に過ぎませんが、私生活はともかく、男性は会社の中でミスを怖れ完璧を望みます。中途半端な仕上がりでは能力不足を疑われないかと不安を覚え、ベストを尽くしたと説明できる状態を求める傾向があるのです。コンテンツにも完璧さを求め、時間が浪費されていくのです。

その点、女性はいさぎよく、軽やかです。「ベータ版」での公開を怖れません。ベータ版とは、「ほぼ完成と言えなくもないが、欠陥が潜んでいるかもしれない未完成品」のことですが、「現時点におけるベスト」を受け入れる包容力は女性の強さです。

アイデアグッズを販売するS社長は専業主婦から起業しました。家事労働を助けるグッズやアイデアグッズをネットで販売しています。もともとはブログブームの時の思いつきです。ブログで紹介したら売れるかもしれない――そんな軽い発想で販売を始めました。

すると、売れたのです。代引きの方法を知らなかったのに、他社の通販サイトに「代引き可」とあったので一文追加した数日後、代引きを希望する注文が入ってパニックになったことも今では楽しい想い出です。思いついたことはすぐさま実行に移して、売上を伸ばしていきました。

リスティング広告も出稿しただけではベータ版

しかし、快進撃は永く続きません。かつての自分と同じく、ブログでひと儲けを狙う「同業者」が参入すると過当競争に突入しました。そこで、会社組織にして自社サイトを構築して差別化を図り、オリジナルコンテンツを拡充して集客力アップを目指したのですが、思うように伸びません。それは、彼女が「ベータ版0.2」だからです。

アイデアが閃けば、すぐにコンテンツとして公開します。これは正解です。ところが、その後放置してしまうのです。コンテンツはブラッシュアップしたつもりでも、時間と共に不備に気がつくものでいわば「ベータ版」です。また、新たな需要を盛り込んで微調整をしなければならないのですが、彼女は次から次へと湧き上がるアイデアという「思いつき」をコンテンツにすることに忙しく、ベータ版のまま放置しているのです。

ベータ版のコンテンツを増やしただけでは集客はできません。そこで、検索結果に連動して表示される「リスティング広告」に手を染めます。思いつくままにキーワードを出稿し入札価格は予算を均等割します。そして、これも放置します。事前に想定していたキーワードで集客できないこともあれば、考えもしなかった言葉が客を運んでくることもあります。リスティング広告も出稿しただけでは「ベータ版」なのです。

ネットサービスだって進化と変化が不可欠

リスティング広告が放置されたまま、「これからはソーシャルメディアの時代」とS社長は語り、「ツイッター」と「フェーズブック」のアカウントを取得しましたが、同じく放置されたままです。

そもそも「ベータ版」とは未完成品で、それに手を加えるのは当然の話です。インターネットやWebページをビジネスに活用する際は、「スタートしてから考える」ぐらいのスピード感が求められます。それゆえ、ベータ版でも公開したほうががよいのですが、S社長はこれを「不完全でいい」と曲解した「ベータ版0.2」でした。

本来、プログラムの完成品には「1.0」というバージョンナンバーが付けられます。プログラマーなら誰でも知っていることですが、「1.0」がゴールではなく、ここからが本番で絶え間ない改良とミスのフォローに追われます。運用面での変化があれば対応し、POSシステムを例に挙げれば、消費税、各種公共料金の支払い、ポイント還元と時代の要請に応じて機能を追加していくものです。

つまり、ネットサービスを含めたすべてのプログラムは進化と変化を続けなければならないもので、「永遠のベータ版」とは常識以前の話です。

永遠のベータ版は、今ではすっかり懐かしい響きを持つ「Web 2.0」を構成する要素の1つとされていました。私は拙著で「ベータ版」を未完成を流通させる「逃げ口上」と断じたことを、コンテンツの不備を指摘されたS社長の「まだ完成していないから」という言い訳で思い出しました。

エンタープライズ1.0への箴言


「ベータ版のままでは成長しない」

宮脇 睦 (みやわき あつし)

プログラマーを振り出しにさまざまな社会経験を積んだ後、有限会社アズモードを設立。営業の現場を知る強みを生かし、Webとリアルビジネスの融合を目指した「営業戦略付きホームページ」を提供している。コラムニストとして精力的に活動し、「Web担当者Forum(インプレスビジネスメディア)」、「通販支援ブログ(スクロール360)」でも連載しているほか、漫画原作も手がける。著書に『Web2.0が殺すもの』『楽天市場がなくなる日』(ともに洋泉社)がある。

筆者ブログ「マスコミでは言えないこと<イザ!支社>」、ツイッターのアカウントは

@miyawakiatsushi