業界を"震撼させた"ヤフーとグーグルの提携

2010年7月27日。この日、ヤフージャパンがグーグルの検索エンジンを採用すると表明し、日本のWeb業界に激震が走ったようです。日本の検索市場の9割を占めることになったグーグルによる一極支配への懸念があちらこちらから表明され、一般紙からワイドショーまでこの話題を取り上げました。

「走ったようです」と他人事のように書いているのは、2001年4月から2004年5月までヤフーはグーグルの検索エンジンを採用しており、その時代に戻っただけと考えるからです。サイトに有利な検索結果を導くための「SEO」という方法論は、当時「グーグル対策」と同義だったことを思い出します。

針小棒大が持ち味のWeb業界の大騒ぎはさておき、日本の公取委が提携を問題なしとした対応はいささか残念です。現時点での違法性はともかく、「市場独占への懸念」とグーグルとヤフーに釘を刺すことで一定の抑止力が働くからです。それより、政府の無反応には冷笑を捧げます。「情報を制するものこそ、ビジネスにも戦争にも勝つ」という大原則を理解していないからです。すでに検索エンジンの果たす役割は民間企業の経済活動の範囲を越えており、中国からと見られるグーグルへのハッキングに、ヒラリー・クリントン国務長官が懸念を表明する米国との違いに溜息が止まりません。

さて今回は、国内ではトップシェアを誇るヤフーを巡る「0.2」についてお話しましょう。

国内ではシェアトップを獲れていないグーグル

世界的に見れば圧倒的なシェアを誇るグーグルですが、日本国内では2位が定位置になっていました。その理由としては、幕の内弁当のようにさまざまな情報が詰まったポータルサイトを好む国民性が挙げられますが、国民性という視座で見れば「最初にトヨタ車を買ったら次もトヨタ」という保守的で義理堅い消費性向も忘れてはなりません。

一方、グーグルの「世界制覇」も検索エンジンの性能によるものというよりは、AOLとの提携や企業買収により利用者を増やした結果であり、いわば「金の力」でシェアを確保してきました。どちらも「マーケティング」という要素から見なければ真実にはたどり着けません。

日本のネットビジネスにおいて「ヤフー対策」は重要です。5割を超える国内検索シェアだけでなく、これは弊社の調べですが、あるサイトでは検索結果からの訪問者が実際に購入した割合はヤフーが8割、グーグルは2割と「実益」に結び付きやすい傾向が出ています。健康グッズ販売のO社長もヤフー対策に力を入れるべく、コンサルタントにヤフーの検索結果に表示されるためのサイト診断を依頼します。

ヤフー対策によって10分の1になるコンテンツ

サイト診断を依頼した1ヵ月後、500ページを超える「評価書」を持ってコンサルタントがやってきました。100ページほどあったO社長のサイトの大半に「不可」の判定が下されており、「許可」はわずか十数ページです。効果・効能を記す場合は「薬事法」の裏付けが必要で、それに類するキーワードは一切使えないと評価書に書かれています。そして、コンサルタントはこう念を押します。

「ヤフー対策の重要性はご理解されていますよね?」

コンサルタントによれば、こうした「不可」のコンテンツがある限り、ヤフー対策上、重要とされる「カテゴリー登録」ができないというのです。カテゴリー登録とはヤフーの特徴で、「エンターテイメント」「趣味とスポーツ」といった「カテゴリー」でサイトを分類しており、利用者は自分の欲している情報をカテゴリーから選択でき、ここへの登録はヤフー対策において大事な要素とされています。O社長は頷き、Web担当者を呼び不可コンテンツの「削除」を指示します。

ヤフーの対策は成功し、O社長の会社のサイトも望みどおりカテゴリー登録されました。しかし、グッズは売れず、Web担当者を呼んで責任を追求します。コンサルタントを雇ってヤフー対策を施したのはO社長の手柄であって、結果を出せないのはWeb担当者に理由があると責め立てます。

ビジネスにおいて検索順位よりも大事なこと

健康グッズを扱っている以上、効果や効能は必須コンテンツ。効果や効能のない健康グッズはただの雑貨です。ヤフー対策でサイトの訪問者が多少増えたとしても、効果の明記されていない雑貨を買う"物好き"が増えるわけではありません。

コンサルタントは「個人の感想」がサイトにあるだけでも、ヤフーのカテゴリー登録はできないと言います。この論理でいけば、一世を風靡した「ビリーズブートキャンプ」もダイエット効果をうたえません。はたして、「体験者の割れた腹筋」がなくして、あれだけのヒット商品になったでしょうか? 

これは、ヤフー対策に目が眩み、売れるための方法論、すなわちマーケティングを無視した「ヤフー対策0.2」です。Web担当者はコンサルタントが「不可」と指摘したコンテンツの削除に反対しました。にもかかわらず、「ヤフー対策」に傾倒した社長の暴走に押し切られ、結果責任を問われるのですから、たまったものではありません。

かつて、グーグルで「miserable failure(みじめな失敗)」と検索すると、ブッシュ前大統領の経歴ページが一番上に表示されました。これは「グーグルボム(爆弾)」と呼ばれ、グーグルの検索アルゴリズムを逆手にとったイタズラです。同じようなアルゴリズムの弊害としては、「グーグル八分」があります。グーグルの社内規定に抵触するサイトは検索結果から除外されてしまうのです。そしてこの規定は公表されていません。

検索エンジンはインターネット利用における欠かせない「インフラ」です。それが、我が国ではヤフージャパンとグーグルの提携によって、米国の民間企業1社に委ねられることになります。電気やガス、水道の9割を1つの外国企業に抑えられることを想像してください。この2社の提携に対する民主党政府の「無反応」には、「国民の生活が一番」という標語が虚しくぼやけます。

エンタープライズ1.0への箴言


「マーケティング視点で見なければ真実は見えない」

宮脇 睦 (みやわき あつし)
プログラマーを振り出しにさまざまな社会経験を積んだ後、有限会社アズモードを設立。営業の現場を知る強みを生かし、Webとリアルビジネスの融合を目指した「営業戦略付きホームページ」を提供している。コラムニストとして精力的に活動し、「Web担当者Forum(インプレスビジネスメディア)」、「通販支援ブログ(スクロール360)」でも連載しているほか、漫画原作も手がける。著書に『Web2.0が殺すもの』『楽天市場がなくなる日』(ともに洋泉社)がある。

筆者ブログ「マスコミでは言えないこと<イザ!支社>」、ツイッターのアカウントは

@miyawakiatsushi