公用語を英語にする発表は日本語と英語のちゃんぽんで

先日、「楽天市場」を運営する「株式会社 楽天」の社内公用語が英語になったと報じられました。2011年度から小学校で英語が必修科目となることを受けての話かと思いきや、事業を海外展開するにあたって英語でのコミュニケーションが重要となるというのが理由です。そして、同社の創業者で代表取締役会長兼社長を務める三木谷浩史さんはこう述べます。

「海外展開は楽天にとってオプションではなくマスト」

なるほど。「傍流ではなく本流」「選択肢ではなく必須項目」、そして「ついでではなく本命」など、多彩な日本語表現を捨て、「オプション」「マスト」と英語を織りこむ姿にその情熱を感じてしまいます。あるいは、筆者が「おフランス」と「ミー」を繰り返す故赤塚不二夫先生のキャラクター「イヤミ」を敬愛しているからでしょうか。

一足先に社内公用語を英語にした日産が主力車の「マーチ」をタイで製造し、それを輸入して日本国内で販売しているように、国際化の流れにおいて英語は避けて通れないのかもしれません。しかし、知人が海外留学した際に一番困ったことは「日本について訊ねられた時」だと言っていました。織田信長の人となりを訊ねられても答えられなかったと。英語を身につけても、その英語で語る内容を持たなければ海外では相手にされないのですがね。

「英語サイト」で海外展開は可能か?

少子化が進む日本の市場縮小は避けられません。単純に買う人が減っていくのですから、当然のことです。よって、海外に目を向けるのは楽天市場だけではありません。工具商社を経営するK社長もその一人。

先の日産のように製造拠点を海外に移す企業が増えたことから、国内の工具市場は長期の低迷に突入し、回復の兆しはありません。また、製造業自体が機械化したことでハンドメイドのための工具需要は激減し、加えて工具を使う「職人」も高齢化で引退していき、さらに需要が減るという三重苦です。

そこで、K社長はホームページを使って海外に工具を売ることにしました。ブラジル、インドといった新興国を過去の日本と重ねれば、工具需要が見込めるという目論見です。そして、日本にいながら世界を相手に商売ができるのがインターネットの利点です。

留学経験もあるK社長は得意な英語を生かして、サイトを次々と「英語化」していきます。海外発送のための物流サービスも契約し、商品に同封する挨拶状やアンケートも英語で作りました。「これからは海外」と鼻息も荒く「英語サイト」を展開します。

海外で日本製品を販売する意義を考えよ

国内からの注文はボチボチ入りますが、海外からの注文はまったくありません。日本国内のWebブラウザで見ることができるホームページは、ジンバブエやサンパウロからでもちゃんと見ることができます。K社長はあまりの注文のなさから心配になり、カリフォルニア在住の学生時代の友人にメールを送って「ホームページがそっちでちゃんと見られるか?」と確認しました。アクセスログには海外からのIPアドレスもありますが、さっぱり売れません。

K社長の取り組みは「バイリンガル0.2」です。工具は世界中で販売されており、英語版のコンテンツが用意されているだけでは、現在の円高に加え海外配送料も上乗せされて割高になる日本のサイトからわざわざ買う理由になりません。こうした不利を解消するには、希少性、独自性、伝統やストーリーなどをコンテンツとして提示し、日本のサイトから買う理由と割高以上のメリットがあることを知らせなければならないのです。

現在、国内で「手打ち」でヤスリを作れる職人は数えるほどしかいません。製造業の衰退と機械打ちのヤスリの台頭、そして後継者不足で絶滅寸前です。そのうちの1人である五百川(いおかわ)ヤスリ製作所の五百川さんはこういいます。

「完璧なヤスリなんか作れない」

「その職人の手に合うヤスリ」を作ることが「やすり作り」の正解であり、100人中100人が太鼓判を押すという意味での「完璧」は存在しないというのです。こうした「職人のための職人」の存在が、日本製工具の優位性となり、割高でも欲しいと思わせる「コンテンツ」になるわけです。ところが、K社長のサイトは既存の通販サイトを英語に翻訳しただけでした。

バイリンガル0.2な人々

日産の英語公用化は理解できます。原材料相場や為替変動、加えて国別の人件費の違いが経営に直結しており、日本語を翻訳して指示を出すよりも英語で直接やり取りしたほうが機動的です。しかし、楽天はどうでしょう?

主力サービスである「楽天市場」のビジネスモデルは、インターネットショッピングモールの出店者から徴収する利用料と付随する各種手数料やモール内の広告費が収入源であり、国内で完結しているため英語を使う必然性がありません。また、海外展開にしても、文化風俗の一部である消費習慣は国によって異なり、仮にインドネシアで持ち上がった課題をフランス人がシャンゼリゼ通りでカフェオレを飲みながら英語で解決することはないでしょう。

検索市場で欧米を制したグーグルが、日本、韓国、中国、ロシアで苦戦している理由の1つが文化風俗の違いであるようにです。逆に、世界最大の電子メーカーとなった韓国のサムスンは、外国の文化風俗を徹底的に学ばせる「地域専門家」という研修制度があり、消費行動というローカル性に対応しつつ世界で戦っています。そこには、「グローバル=英語」という短絡的な発想はありません。

とはいえ、楽天の海外進出には注目しています。モール出店者に不利なルール変更を繰り返していると噂されている楽天市場が、弱者保護という大義名分が大好きな欧米でどう評価されるのかという点において。

エンタープライズ1.0への箴言


「英語が話せることより、話す中身のほうが重要」

宮脇 睦 (みやわき あつし)
プログラマーを振り出しにさまざまな社会経験を積んだ後、有限会社アズモードを設立。営業の現場を知る強みを生かし、Webとリアルビジネスの融合を目指した「営業戦略付きホームページ」を提供している。コラムニストとして精力的に活動し、「Web担当者Forum(インプレスビジネスメディア)」、「通販支援ブログ(スクロール360)」でも連載しているほか、漫画原作も手がける。著書に『Web2.0が殺すもの』『楽天市場がなくなる日』(ともに洋泉社)がある。

筆者ブログ「マスコミでは言えないこと<イザ!支社>」、ツイッターのアカウントは

@miyawakiatsushi