2人のスティーブの光と闇

iPod、iPhoneそしてiPadと快進撃の続くAppleのCEO・スティーブ・ジョブズ氏はそのカリスマ性と共に、「立志伝中の創業者」としてスポットライトが当てられます。しかし、Appleは「2人のスティーブ」が創業した会社で、もう1人のスティーブであるスティーブ・ウォズニアック氏(通称:ウォズ)の技術力が同社の立志伝の始まりとなったことはあまり知られていません。

ビジネスの成功物語は実戦ではあまり役に立ちません。なぜなら、それが成功にだけ焦点を絞った作品だからです。今では礼賛一色の某検索エンジンのビジネスモデルが同業他社に訴えられていたこと、日本有数のネットサービス企業を築いた創業者の自伝で語った盗作、ずさんな企画と設計で莫大なポイントがばらまかれたショッピングモールの失態が忘れ去られていくのも、成功という輝きの下で闇が見落とされて「作品」が作られていくからです。

特にビジネスの世界では、勝者は都合の良い情報だけを語り、敗者は沈黙するため、事実は歪められます。さらに、変化の激しさから「ドッグイヤー」と呼ばれるIT業界において過去の上書きなど造作のないことです。すべての成功物語には「不都合な事実」が隠されています。

今回は、システム開発ベンダーの社長の「成功物語」に隠されている「0.2」についてお話しします。

借金返済で睡眠3時間

まずは、今回の主人公・システム開発ベンダーのN社長のインタビューを紹介しましょう。

「ITがすべてを変えてくれました。高校を中退したのに深い理由はありません。強いてあげるなら、毎朝同じ時間に起きるのが苦手だったということでしょうか。しかし、学校をやめて年齢を誤魔化して始めた水商売のバイトで地獄を見ました。親からもらっていた小遣いの比ではない大金を手に入れたことでギャンブルにはまっていったのです。借金で首が回らなくなったのは20歳を過ぎた頃です。ギャンブルで作った借金では自己破産もできないと知り、一念発起して借金返済を決意しました」

「朝昼の区別なく毎日3時間の睡眠で借金を減らしていきました。輸入車ディーラー、不動産業など多くの人と出会う仕事を経験したことが次の扉を開いたと言ってもいいでしょう。気が付くと借金はなくなったのですが、同時に目標をなくしたことで『燃え尽き症候群』に陥ってしまいました。そんな時、新聞のチラシのIIT企業の求人情報が目にとまったのです」

「IT経験不問とあったので応募しました。ITって格好いいじゃないですか(笑)。しかしその時は不採用。3ヵ月後に欠員が出たと声をかけられて採用となりました。面接の時の「やる気」が評価されたといいます。IT研修を受け、すぐに営業部署に転属になり、見る間に頭角を現し、3年後には副社長に抜擢され、その後、独立して会社を立ち上げました。今は仲間に恵まれ、とても幸せです

とまでが、ビジネス誌の成功者という企画で掲載されたN社長のインタビュー記事です。

ところが、IT企業代表のN社長は社長になった今でもITの知識はほぼゼロです。ITという言葉は好きですが。

システム開発はすべて取引先(納品先)で行います。非IT系企業の場合、運用と保守といったシステムの管理業務をアウトソーシングすることは珍しいことではありません。ここにN社長の「成功物語」に隠された「不都合な事実」があります。

禁じられないハケン

一般的なシステム開発は技術者の仕事ですが、保守だけならワープロが打てる程度の知識でも可能です。そこで、素人に簡単なIT研修を施し、取引先に送り込むのがN社長の自称する「IT企業」のビジネスモデルでした。換言すれば、派遣業です。技術者には高い給与が必要ですが、素人ならバイト程度でも満足します。

一方、取引先は技術者が送り込まれていると信じてそれなりの料金を支払います。このノウハウは拾ってもらったIT企業で学びました。そして「パクリ」ました。さらに、取引先と技術者を引き抜いて独立した「サクセス0.2」です。

派遣業は頭数が利益の源泉ですから、N社長が「仲間」と呼ぶスタッフが幸せのバロメーターであることに嘘偽りはありません。ITという冠が派遣業をシステム開発企業に変えてくれます。ハケンにかまびすしい昨今ですが、プログラマーなどの専門職の派遣は20年以上昔から認められており、そこでずぶの素人を研修してから派遣することは昔から繰り返されていることです。

もちろん、最低限の技能がなければ、派遣先からクレームが寄せられます。N社長が営業に回された理由はここにあります。N社長はワープロ程度ですらITを理解できなかったのです。

Appleの創業前、2人のスティーブはあるプロジェクトの成功報酬として5,000ドルを手にしました。ジョブズはそれを「山分け」として、ウォズに350ドル支払ったといいます。ジョブズはウォズに成功報酬を「700ドル」と伝えていたのです。iPadを片手に未来を語る「カリスマ」の生臭い話は、成功物語には不都合な事実。ビジネスの世界では珍しくない話なんですがね。

エンタープライズ1.0への箴言


「成功物語には語れない事実が隠されている」

宮脇 睦(みやわき あつし)
プログラマーを振り出しにさまざまな社会経験を積んだ後、有限会社アズモードを設立。営業の現場を知る強みを生かし、Webとリアルビジネスの融合を目指した「営業戦略付きホームページ」を提供している。コラムニストとして精力的に活動し、「Web担当者Forum(インプレスビジネスメディア)」、「通販支援ブログ(スクロール360)」でも連載しているほか、漫画原作も手がける。著書に『Web2.0が殺すもの』『楽天市場がなくなる日』(ともに洋泉社)がある。

筆者ブログ「マスコミでは言えないこと<イザ!支社>」、ツイッターのアカウントは

@miyawakiatsushi