宝くじで必ず儲ける方法

1億円稼げる方法を無料で学べるとしたら、あなたならどうしますか? それも「出資した額の数倍儲かります」「未公開株を購入できます」といった怪しい話ではなく、地方自治体が後援するセミナーで学べるのです。まるで宝くじに当たったような「美味しい話」です。

しかしうまい話には必ず裏があるもの。「宝くじ」は主催者の取り分である「寺銭」が約50%で、これは競馬や競輪などの「公営ギャンブル」の「寺銭」が25%であることと比較すると、「2倍」の「ぼったくり」と言えます。

2009年の年末ジャンボ宝くじの総売上は約1,965億円ですから、単純計算で約1,000億円が主催者の懐に転がり込みます。その仕組みを知ると、宝くじのテレビCMで「夢」が強調されるのは、売れれば売れるほど儲かる、売る側の「夢のような美味しい話」の気持ちの表れかと訝しんでしまいます。

商売には仕組みがあります。「1億円稼げる」というセミナーは、宝くじと重なります。

チラシの裏側と同じIT活用

ITコンサルティング企業の代表を務めるT社長は「1億円稼ぐ男」をキャッチコピーとして、日本全国を飛び回りセミナーを開きます。ホームページを活用すれば1億円稼ぐことなど簡単にできると檄を飛ばします。その活用方法とはこうです。

"ブログを書いて本を出す。すると客のほうから声をかけてくるようになる。したがって、簡単に1億円を稼げるようになる"

T社長は著作を数冊出しており、そのうちの1冊は某ネット書店のある部門で1位を記録したとホームページに掲載されています。またITの専門知識は不用だと言い切り、それでも1億円を稼ぐことができると繰り返します。

結論を述べれば「セミナー0.2」です。要点を絞れば、1億円を稼ぐ方法とは「本を出せ」です。ブログを利用するのは毎日書くための方法論で、誰かが読んでいると思えば続けられると説明します。しかし、誰が読んでいようと毎日更新することは難しく、そもそも継続する文章力や根気があるならば、ワープロでもチラシの裏側でも代用できることを、T社長は「1億円稼ぐノウハウ」として語ります。

ネット書店の順位のカラクリ

セミナーでT社長は『「鬼嫁日記』や『生協の白石さん』など、ブログをきっかけとしてベストセラーになった書籍を挙げ、こう続けます。

"出版社はブログをチェックしていて、著者(執筆者)を探している"

重要な点を省略しています。確かに出版社はさまざまなブログをチェックしていますが、それは「売れるブログ」であり、また、斬新な切り口で一定水準の文章力や表現力を持っている著者を探しているのであり、素人の作文を探しているのではありません。さらに、折からの出版不況で、無名の新人がデビューするのが難しい状況になっているのは、出版業界の関係者なら誰もが知っています。

某ネット書店の順位は操作できるという噂があります。集計を操作するのではなく、著者やその仲間が大量に「買い注文」を出すことで、一時的に順位を上げているというのです。この方法で作られた「瞬間記録」でも1位は1位で、嘘ではありません。T社長の書籍発売日直後のブログを追うと「友人」と名乗る方々が何冊も購入し、友達にプレゼントしたというコメントが多数寄せられていました。

"IT知識不用"とT社長が言い切れたのは、彼自身がそうだからです。技術的なことはスタッフに丸投げし、彼自身はITコンサルティングの営業を担当しており、実はセミナーが「営業活動」です。余談ですが、日本を代表するIT企業の経営者でも「ITが苦手」という人は珍しくありません。好意的に解釈すれば、経営と専門知識は別ということでしょう。

講師による講師が儲かるためのセミナー

T社長のビジネスは大きく分けて、「ホームページ制作」「会員制勉強会」「自費出版」の3つです。セミナーで「夢物語」を聞かせ、「ホームページ制作」の受注を取り付けます。セミナーで紹介する「成功例」は自身が主催する「会員制勉強会」の参加者で、配布されたレジュメには「入会申込書」が挟まれ、「入会」が成功への最短距離であるかのように繰り返します。そして、「自費出版」で「本を出す」ことは簡単です。

つまり、このセミナーはすべてT社長の「営業活動」なのです。受講者のためではなく、講師の利益のためだけの集いで、故に「セミナー0.2」なのです。そして、地方自治体の「後援」を取り付けるのはそれほど難しくありません。紹介者や仲介者という「コネ」があり、必要書類が揃っていればOK。お役人様に「ビジネスのカラクリ」は理解できず、民間人の紹介者や仲介者を籠絡することは贈収賄にはなりません。ちなみに「売上」で1億円は、多くの中小企業が実現している数字です。

私も時々「宝くじ」を買います。50%の寺銭を手数料として。同じくT社長を責めるつもりはありません。それが彼のビジネスモデルであり、商売は自己責任が原則です。この日のセミナーは地方自治体が後援したもので、講師ギャラには規定があって2万円でした。あなたがT社長だとしたら、1億円稼げる方法を2万円で赤の他人に教えるでしょうか? 商売においてうまい話などはなく、儲け話とはその語り手が儲かる話で、陽気にはしゃぐ宝くじのCMと同じなのです。

エンタープライズ1.0への箴言


「うまい話で儲かるのは語り手」

宮脇 睦(みやわき あつし)
プログラマーを振り出しにさまざまな社会経験を積んだ後、有限会社アズモードを設立。営業の現場を知る強みを生かし、Webとリアルビジネスの融合を目指した「営業戦略付きホームページ」を提供している。コラムニストとして精力的に活動し、「Web担当者Forum(インプレスビジネスメディア)」、「通販支援ブログ(スクロール360)」でも連載しているほか、漫画原作も手がける。著書に『Web2.0が殺すもの』『楽天市場がなくなる日』(ともに洋泉社)がある。
健康情報番組 S-コンセプト「男と女のしあわせ脳研」に出演予定。
放送時間 2010年2月6日(土)ひる4:00~5:25放送