各店の意見を募って

都内近郊に数店をもつリサイクル業のU社長がホームページのリニューアルを考えたのは、現場の「アイデア」をコンテンツにしたことで売り上げが伸びたという雑誌記事を読んでのことです。各店の店長にアイデアを出すようにこう命じました。

「日頃、お客さんに接している君たちの声が大切だ」

スタッフを信頼し、意見を尊重し会社を盛り上げていこうという主旨です。この訓辞に、先月新任されたばかりの店長Tはホームページという「会社の顔」に参加できることに興奮しました。ところが会議後、ベテラン店長たちは「仕事が増えた」と愚痴をこぼしています。Tは社長室に呼ばれ、店長昇進の内示を受けた時を思い出しました。

「君の若い感性で、社内の停滞感を打破してくれ!」

Tはベテラン店長に怒りすら覚え、リニューアルのためのアイデア作りに奔走します。

ポテンシャルを最大限に活かす

「ホームページリニューアル会議」は各店長のプレゼン形式で行われ、トップバッターは新任のTです。「駐車場の使い方」と名付けたコンテンツからプレゼン開始です。Tの店は郊外の大型倉庫を改装した店舗で、客が持ってきた不要品を下ろすスペースを確保しており、「積み卸し」の容易さをアピールする狙いです。不要品を売りに来た客のなかには、このことを知って喜ぶ人もいて、来店前の客の不安感を少しでも取り除ければと提案します。

一般の人には無価値な商品でもオタクには垂涎の品があります。T自身が「アニメ」に造詣が深く、時間を見つけてはネットをチェックし秋葉原に足を運ぶ人間で「オタク」の購買力の高さを知っています。そこで、オタクへのアピールもリニューアルの目玉とすることを求めます。

「リサイクル業」というと、個人の不要品を買い取り、販売する商売というイメージがありますが、倒産や閉店、売れ残りなどで在庫処分に困った「業者(企業)」からの持ち込みが少なくありません。大型倉庫を改装したTの店舗は大量商品の受け入れが可能で、業者向けの「一括処分」の案内でプレゼンを締めくくりました。

Tのあと、ベテラン店長達のプレゼンです。提案は「店長の顔写真とコメントを載せる」「スタッフの集合写真」「地図」など当たり障りのないものばかりです。Tは自分の提案に自信を深め「勝った」と呟きます。

不透明な提案仕分け

会議が終わると呆然としているTに最古参の店長が近づき、肩を叩きこういいました。

「ご苦労さん」

この日、採用されたのは当たり障りのないベテラン店長達のアイデアです。Tの提案はすべて「見送り」になりました。

駐車場の使い方を発表した際、ベテラン店長からも「なるほど」と声が上がりましたが、U社長は眉間にしわを寄せ「他の店はどうする」と質問をします。店舗と駐車スペースが離れている店舗もあり、それにより有利不利がでるというのです。店長は「粗利」により年棒が決まる仕組みで、競争上不公平になると指摘します。

結論を一旦保留にして「オタク」に移ります。「Zガンダム」と「ガンダムW」の区別のつかないベテラン店長が的外れな質問をしていると、「ウチの店にオタクが集まるのか」と呟くのはU社長。すると空気を読んだ別の店長が「普通の客が来なくなる」と反対を表明し「見送り」が議場を支配します。

最後に残されたのは「一括処分」。これは大量仕入れを充実することで各店に商品を供給するメリットがあり、オタクは集まりません。

U社長はいいます。「金はどうする?」。一括処分のような「ワケあり品」の場合、現金取引が多く、一括処分に耐えられる現金を保管するセキュリティを指摘されあえなく全滅です。

政治判断で復活したか?

細かな点での詰めが甘かったのかと、素直なTは反省しました。いつもは350mlの発泡酒一本だけの晩酌ですが、今夜だけはともう一本空け、心機一転を誓います。

数週間後、本部から届いたPOPに「ホームページリニューアル」とあったので、早速ページを開いてみます。するとそこには「楽々荷下ろし」「オタク道」「ワケアリ歓迎」と謳ったメニューがあり、クリックした先にあったのはTの提案そのままのコンテンツです。

民主党の事業仕分けのように廃止された事業が「政治判断」復活したのだとTは思い、ウキウキしながら次の会議に挑みました。会議の冒頭をU社長はこう切り出します。

「私が以前から暖めていたアイデアをようやく形にできた」

Tが質問するために腰を浮かそうとすると、隣席のベテラン店長が袖を掴み制止します。そして目が合うと彼は静かに首を横に振りました。

実はU社長、部下のアイデアを盗む常習犯「アイデア0.2」だったのです。部下の提案を否定しておきながら、それを自分の発案のように触れ回り手柄にし「部下が育たない」と愚痴をこぼします。

ベテラン店長とはこれを日常(いつものこと)と受け入れた人のことで、U社長のアイデア募集に真剣に応じたのはTだけだったのでした。

Tが辞表を書くのはその3カ月後です。

エンタープライズ1.0への箴言


「社内でのアイデア泥棒を許せば"人材"は腐る」