国民性というフィルター

検索エンジン世界最王手のグーグルが、アジアでは苦戦していることをご存じでしょうか。日本ではヤフー、中国では百度(ばいど)、韓国はネイバー、ついでにロシアではYandexがトップシェアです。

中国とロシアは情報統制の歴史的「お国柄」から単純な市場競争の結果とみることはできませんが、日本と韓国はポータルを好む利用者の「国民性」があらわれています。

Webでポータルとは、各種情報がまとめて掲載されているサイトを指します。さらに、日本人は最初に使った検索エンジンを使い続ける性向があり、「最初にカローラを買ったユーザーはカローラを乗り継ぐ」のと同じです。

日本のIT業界の識者達は、クラウドコンピューティングやGmailを例に挙げグーグルを礼賛します。「国民性」は置き去りで、礼賛の論拠として昭和の常識を付与します。

「米国で流行したものは必ず日本で流行る」

「セカンドライフ」が否定した過去の常識です。国民性や時代というフィルターはリアルではとても重要です。

会議での衝撃

配送業のI社長は、同業者のなかでいち早くインターネットに取り組みました。毎朝主要新聞すべてに目を通し、業界紙を通読するほど情報収集に余念がない彼にとって、インターネットへの取り組みはごく自然な流れでした。全社員はもとより、ドライバーの休憩所にもパソコンとネット回線を用意し、活用するようにと陣頭指揮を執ります。

ある日、I社長が早めに帰宅すると、中学生の息子がパソコンに夢中になっていました。パソコンばかりしていると妻から聞いていたので、注意しようかと近づいたのですが、思春期に入った息子との会話は減っており、理解力を示すことで親の威厳を保つ作戦に切り替えます。

何をやっているのかと尋ねると、モニターを注視したまま一瞥もせずにぽつりと「オンラインゲーム」と答えます。オンラインゲームとは、インターネットに集まった見知らぬ人間同士が協力して進めるゲームのことです。ネット上での「見知らぬ人間同士の交友関係」が痛ましい事件へとつながったことを思いだし、息子に参加者について訊ねると「同級生」と答えます。ネット上で「待ち合わせ」をして、ゲームを楽しむというのです。顔見知りならと安心した刹那、I社長に一抹の不安がよぎります。

オンラインゲーム禁止令発令

幹部会議でオンラインゲームについて訊ねると、若手ドライバーではまっているものがいると運行管理課課長が回答します。また、営業部でも数人がやっていると報告がありました。I社長は腕組みし眉間にしわを寄せ、しばしのち、口を開きました。

「オンラインゲーム禁止」

発令は即日公布されました。主文はオンラインゲームにはまり、業務に支障をきたしてはならないということです。他人と協力してゲームを進めることで、時間が経つのを忘れてしまい徹夜することも珍しくないのは事実です。あまりに没頭して日常生活に支障をきたした「ネトゲ(ネットゲームの略。オンラインゲームと同義)廃人」なる言葉も生まれています。

また、情報漏洩も懸念します。オンラインゲームの多くはゲーム中「チャット」で会話を交わすことができるので、ここから社内情報が流出することを危惧している・・・と、いうのはとってつけた屁理屈です。実はこの会社では他にもおかしな禁止事項があります。

・他部署社員間のメール連絡、及びメールアドレスの交換
・許可なく他部署への文書の提示
・社内報の発行

これらの禁止事項に「オンラインゲーム」が加わったのです。

自分の影に怯える理不尽

I社長がオンラインゲームを禁止した真の理由は「労組結成阻止」です。他の禁止事項も労働組合ができることを怖れてのことです。部署間のメール連絡は自分の知らないところで「事前協議」が進められる可能性を生み、文書往来の自由化は検閲を不可能にします。社内報により「全社横断的価値観」が芽生えれば、組合を望む素地となりかねません。オンラインゲームの「チャット」がこれらに準ずると考えたのです。

実はI社長、30年前に勤務先で仲間を募り、労組のような「団体」を作っていました。当初は労働条件改善が目的でしたが、影響力が高まるにつれて会社の経営に口をだしはじめ、最終的に団体の仲間と立ち上げたのが今の会社だったのです。つまり自分がそうしたように、社員が結束すればクーデターを起こすと考えています。そこで、結束の「芽」をつみ取るためにオンラインゲームを禁止にした、オンラインゲーム0.2です。

IT識者と同じふたつの過ちをI社長は犯しています。ひとつは自分の価値観を他人に押しつけることで、グーグルの優位性に酔いしれ誰もが利用するという盲信と重なります。つまり「自分が考えることは誰もがそうする」というものです。しかし、労組を作って待遇改善を求める「会社員」は多くありません。一般的な「日本人」は争いも矢面に立つことも好まないのです。

つづいて、米国で流行ったものが日本でブームになる時代が終わったように、輸送コスト削減圧力と、燃料が高騰するいまどきの「物流業」で独立は厳しく現実的ではありません。つまり、「国民性」と「時代」を考えれば、社員間のコミュニケーションを禁止するメリットはなく、反対に部署間の断絶から生まれている確執は深刻です。 さらに、「オンラインゲーム禁止」は社員の失笑を買い、会社への忠誠心を損ないました。当然のようにオンラインゲーム禁止令は守られませんでした。

国民性については以前、記事として発表していますので、興味のある方は「ヤフーで問題ないし」で検索してください。

エンタープライズ1.0への箴言


「誰もが自分と同じことを考えるわけではない」