ネットの向こう側にいる客の正体

不況とかまびすしい昨今ですが、忙しいホームページ制作会社は少なくありません。実は不況が叫ばれると繁盛する業界で、従来のビジネスに限界を感じた経営者が「新天地」をホームページに求めるからです。

実際、私の所にもこうした相談が寄せられるのですが、「本業」がダメなら結果は同じだと伝えます。地域の特産品を「ホームページ」という新天地で販売して成功したのはレアケースで、全国でどこでも売っている商品を扱っている商売や、サービス提供できるエリアが限られているビジネスの方が多数派だからです。

そしてネットの向こう側にいる客もリアル世界の住人です。つまり、ネットで期待する客と既存の客は重なり、既存客に相手にされなくなった「本業」がそのままで通用すると考えることに無理があるのです。

そのまま・・・というのがポイントで、ちょっとした工夫で「ネット向け」にすることは可能ですが、その為にはこの工夫ができるホームページ制作業を選ぶ必要があります。ところが何度か紹介したようにIT系に0.2系が多く・・・もっとも苦手なのが「経営」だったりします。

朝風呂を楽しむIT社長

ホームページ制作業のK社長もこの不況下に受注量を増やしていました。週の半分以上は会社に寝泊まりし、社員と食べる夜食の弁当をブログで公開しています。リーマンショック以降、仕事は加速度的に増えたのは先ほど述べた理由と社長自身の人脈の広さです。

僅かな時間を惜しんで、居酒屋で交流を深め、パーティー会場に潜り込んでは名刺をばらまきます。ネットでの活動も同時進行で行い、ミクシィはもちろん社長限定のブログサービスでも交流に余念がなく自宅に帰る時間が見つかりません。いま、一番の楽しみは近所の銭湯での「朝風呂」と広言し、風呂上がりの朝空に「疲れがとれた、なう」とtwitterに呟きます。

ある日、K社長の会社サイトにこんな一文が掲載されました。

「6カ月先まで新規案件お断り」

現時点で受注している案件以外は受けないという宣言です。社長はブログで面白おかしく忙しさを語りますが、付き合わされる社員はたまったものではありません。残業代が「希薄」なIT系企業で、さらにベンチャーともなれば雀の涙で、IT業界お馴染みの「デスマーチ」です。スケジュールを無視した受注が朝風呂へと追い込んでいたのです。社員の悲鳴を受けて、新規案件を停止したこれを「デスマーチ0.2」と呼びます。

デスマーチは社長の責任

デスマーチとは残業・徹夜・休日出勤が続き、病気で倒れるか、退社、または失踪するまで続く「死の行進」のような過酷なプロジェクトのことです。繁忙期のハードワークなどはどこでもありますが、IT業界のそれは季節変わりで途切れることはなく、ゴールが見えず、洒落や冗談ではなく「失踪」が普通に語られる異常な世界です。

経営者の立場で言えば、デスマーチとは経営ミスです。人材という資源を浪費している無能な経営の結論と断じます。人手不足なら雇えばいいのです。仮に採用できたのが未経験者だとしても、経験者の雑用を担わせることで、経験者のパフォーマンス(労働生産性)をあげることができます。適材適所も経営者の腕の見せ所です。

また、同業者に丸投げするのもひとつの方法です。ディレクションと仕上がりのチェックだけしっかりやっておけば、クライアントに丸投げがばれることはありません。 しかし、このどれもができない事情も「0.2」な理由です。

両刃の剣の友人ビジネス

K社長は「人脈」を「案件」に変換してきました。友人関係をつくり、そこから仕事をとるIT業界ではポピュラーな営業手法です。すると友情の印として「友人価格」が発生します。友達の友達はみな友達価格です。この不況に友達とその友達が「格安ホームページ制作」に群がります。利益は圧縮され、スタッフを増やすことも外注に出すこともできなくなっていたのです。

さらに友人からの申し出を断ることはできません。Aさんの仕事は請けて、その友達のBさんは請けないでは人脈が途絶えてしまいます。かくして「デスマーチ」に突入します。そして0.2らしさが「ネット経由での新規案件の募集停止」です。

即応できなければ待たせておけばいいのです。行列ができる焼肉屋「スタミナ苑(東京都足立区鹿浜)」では、休日の2時間待ちは珍しくありません。どうしても食べたいと思っている客は待ってくれるありがたいお客さんです。彼らは友達価格など要求しません。ホームページも同じです。仕事の中身で評価してくれるお客さんなら半年でも待ってくれますし、提示した見積もりから値引きを要求したりはしません。これは万年、人手不足の弊社の実例です。 

さらに「仕事を断る」のは経営者の特権です。ネットから新規の発注があっても条件が悪い仕事は断り、良い話が多いのであれば「人脈」を切り離すのが「経営」です。ところがK社長はネット経由からの受注機会の方を閉ざしました。これではデスマーチの連鎖から逃れられません。

IT業界に0.2が多い理由のひとつは「経営感覚」の欠如です。そして彼らが「ネット支店」を作ります。まるでコントです。朝風呂を喜ぶより、スタッフを定時で帰すことのほうが大事な仕事なのですが。

エンタープライズ1.0への箴言


「経営者の仕事とは朝風呂を喜ぶことではない」