新しいものが良いというのは古い

それって古くない? 保守的な見地から苦言を呈したブログ記事に対し、こう批判する書き込みがありました。それに私はこう返信しました。

「新しいものはよい。と、いうのは昭和の価値観」

科学の発展でより良い社会が訪れると信じていた昭和の子供が大人になり、現代を目にしています。携帯電話の普及により子供と危険地帯の垣根がなくなり、インターネットが陰惨な事件を引き起こします。「新しい」を盲目的に礼賛するアルゴリズムこそが古いのではないかという指摘です。バブル期にプログラマとして社会人となり、Windows 95フィーバーにIT革命と、コンピュータがビジネスシーンに溶け込む過程をみてきたことが指摘の背景にあります。

最新機器、最新テクノロジーの投入が全てを解決するというのはもちろん幻想です。「OA化」さえすれば合理化でき、作業効率がアップするというのは妄想です。そしてK社長のOA化は迷走します。不況を打破するために「OA=オフィスオートメーション」だと決断したのですが……仕事を増やすことになりました。OA化0.2です。

忌憚のない意見で逆ギレ

OA化はK社長の号令下、営業部から始まりました。手書きの伝票や営業資料をオフコンで集中管理するもので、システムを開発業者に発注したといいます。これにより事務作業が飛躍的に向上し、営業マンは顧客折衝などの本来業務に集中できるという狙いです。

1年後「プロトタイプ」ができあがったとシステム開発業者から連絡が入り、説明会が開かれました。業者のデモを見ながら営業マンが質問をし、それに答えていく形式です。K社長は「今のウチに言いたいことはいっておけ」と忌憚のない意見を促します。営業マンから「●●はできるのか」「××はどうするのだ」と矢継ぎ早に質問が飛びます。それに対する開発業者の回答は「できません」。別の機能も答えは同じです。営業マンは口々に「使えない」と不平を口にします。業者は手順通りのデモを終えました。不満の声がピークに達したときです。「いい加減にしろ」とK社長が怒鳴ります。怒りの矛先は営業マンで主張はこうです。

「使えないものを使えるようにするのが仕事だろ」

物資の乏しかった旧日本軍では支給される軍靴のサイズはまちまちで、こう言われたといいます。「靴に足を合わせろ」。理不尽と反論するものはありませんでした。

自動になるものならないもの

K社長には営業マンのワガママと映ったのですが、実際はこうでした。営業マンが「使えない」と判断したのも当然で、そもそも事務手順の異なる同業者が導入したパッケージソフトをもとに開発されていたからです。全く違う事務処理を見せられ、便利になるはずのOA化で不便を強いられるのですから、営業マンが不満を述べるのは当然です。ソフト開発業者からすれば、「使えない」という評価は妥当ではありません。同業者では稼働しているソフトなのですから。

問題はK社長にありました。彼は同業の社長が口にする「便利」という自慢を鵜呑みにして、業者に発注すれば自動的にOA化できると考えていたのです。後に話を聞くと業者は「パッケージソフト」である旨を告げ、実業務にアジャストするための仕様を出すように要求していました。また、営業部としても使えないソフトを押しつけられては業務に支障をきたすと、リクエストを業者に伝えるように上申していたのですが、K社長はこういって退けました。

「プロに任せたから大丈夫」

迷惑な事実誤認です。K社長はプロに任せれば解決すると信じていたのです。

イエスマンでしかない

OAもITも道具に過ぎません。コンピュータは与えた命令しかできません。システム開発業者もクライアントが望む機能しか提供できません。K社長の考えはタクシーに乗り「俺の家まで」と住所も伝えずに到着しろというのと同じです。OA化を成功させるために、K社長は正しく道順を示す必要があったのです。

そして、これはレアケースではありません。日本のOA化(ペーパーレス化も含めて)で成功例が少ないのも、はじめにコンピュータやシステム、ソフトという「道具」ありきだからです。明確なビジョン(到達点)がないまま導入され、現場で人間がアジャストする。順序が逆です。   道具は作業効率を上げるためにあるもので、道具のための仕事ではありません。今ならOA化ではなくSaaSだろうという声もあるでしょうが、本質は同じです。コンピュータに処理させる業務の明確なイメージがなければSaaSを導入しても仕事が増えるだけです。

K社長に少しだけ同情します。それは古き昭和の頃は「プロに任せれば」解決できたからです。当時はプロの選択肢も少なく、提供できる機能は限られていたので、丸投げでもそれなりの解決策を得ることができました。ところが現在は、サーバ、OS、情報端末、出力機器、ネットワークと無限の組み合わせから、自分が望むものを具体的に示さなければ、プロに任せても解決できない時代になったのです。

コンピュータ、OA、IT、そしてSaaS。次々に登場する「新しいもの」が社長を混迷へと誘います。

エンタープラズ1.0への箴言


「システム開発のプロは業務の素人。発注者側に説明責任がある」