世襲系の環境問題

いざなぎ景気を越えたといわれていた「好況」も中小企業に吹く風は冷たく、好景気の恩恵を受ける前に、未曾有の経済危機に突入したというのが街角の本音です。大企業と大銀行の帳簿上の「マイナス」を埋めただけだったのではないかと、安酒場でメートルをあげる団塊世代の社長が愚痴をこぼします。なるほどとうなずきながら、中小企業を襲い続ける不況の一因に「世襲」もあると思い浮かべるも、言葉を飲み込みます。

政治の話ではなく、会社を引き継いだ二代目の問題です。戦後復興、高度経済成長、オイルショック、バブル経済と激変する環境を生き抜いてきた「創業者」のバイタリティーが二代目には欠けており、変化に対応する能力が弱いのです。それは彼らの育った「環境」によります。ちなみに、この団塊社長の息子も次期社長です。

0.2系はITに弱い創業者世代だけではなく、世襲0.2系も存在します。やはり「環境」が理由です。世襲0.2系社長が置かれている環境が「変化」に脆弱にし、同じ環境が「1.0」を遠ざけます。そしてさらに、その「環境」が問題点を遠ざけるトリプルパンチです。

若さゆえ悲しい

2004年の秋、ある勉強会で求められ、「ブログ」について語りました。当時の私は著書を出版する前の無名の輩でしたが、「ブログ」を集客に使用しており、中小企業に向いているツールだと確信していました。当時、既にIT業界ではブレイクしておりましたが、一般的な認知度が低い今なら「先行者利益」を期待できるので、早く取り組むようにと結びました。眞鍋かをりさんがブログの女王と呼ばれるのは、翌年の12月です。

経営者の勉強会に飲み会はつきもので、それが目的で参加する社長も少なくありません。宴会場の末席に座る私に、製造業の2代目W社長が近づいてきてブログを尋ねます。仕組みをかみ砕いて説明し、「早い者勝ち」という先行者利益について語っていると、次第に表情が険しくなります。酒に酔ったのか、理解できないからかは分かりませんが、落ち着きがなくなり、目が泳ぎ始めましたので説明を打ち切ります。すると年齢を尋ねてきたので、答えると笑顔を取り戻しこういいます。

「まだ若いからだよ」

W社長は「ブログ」を始めるには年をとりすぎたと続けます。

年功序列指向という特徴

彼の主張によれば、年をとるとパソコンの画面を見るのが辛くなり、新しいものを理解できなくなり、夜更かしもお酒も弱くなるといいます。新しいものに取り組めるのは若さだよと背中を叩くのですが、W社長と私の年齢差は3つです。今の私より当時の彼は若いのですが、理解できないのは年齢のせいだと力説し、新しいものは「若い人」がやるもので、年長者はそういう時間も暇もないと溜息をついてみせます。

2006年にW社長はブログを始めました。2年かけて理解したのではなく、彼より年長の近所に住む別の社長が薦めたからです。世襲0.2系は「年功序列」を常識とし、年長者のつぶやきを重んじ、若輩者の体験を軽んじます。W社長よりも年長は時間も暇もさらにないと仮定し、その「先輩」の取り組みを賞賛し、若い私のそれは「暇つぶし」と右から左へ流します。一般論として実力主義を口にしても、本音で序列を好み、経験よりも「年齢」を重視するのは、世襲0.2系の環境からくるものです。これは別の機会に譲りますが、W社長は「ヤフオク」を2007年、「楽天市場」は今年になってから取り組み始めました。すべて「先輩」のつぶやきから始まっていました。

恵まれすぎた世界の代償

世襲0.2系は環境が生み出します。中小企業の多くは「地元」で商売をしており、年長者は先代(創業者)とつながりがあり、同年配は地元の「先輩後輩」です。困ったことがあれば先輩に相談し、後輩の苦境に親身になります。この環境が問題です。「社長」という立場よりも、地域環境のヒエラルキーが優先されます。親や家族、同級生に近所のオジサンという顔見知りばかりの地域社会では、抗うより従う方が利口な生き方で、「年長者」となれば地位と尊敬が自動的に約束されると信じており、年齢を重ねるごとに保守的になっていきます。理解できないことは年齢を理由にして遠ざけるは「昭和」の伝統芸で、世襲0.2系にも伝承されています。

長幼の序を否定するものではありませんが、創業者の頑張りにより不自由のない生活環境で育ち、将来の「社長」を約束された世襲0.2系は、この「順送り社会(年功序列)」は疑うことのない「常識」で、そのため「先輩」に従う習性が抜けず、気がつけば時代に置いていかれます。

年長者が常に正しいわけではなく、適切な経験を積んだから年長者になるわけでもありません。そして、年長者になるほど「IT」から遠く、適切なアドバイスを期待する方が無理なのですが、生まれ落ちてから空気のように存在する「環境」が小さな世界の常識に縛りつけます。

世襲0.2系を包む環境は幸せです。ITはわからなくても周囲は優しく、苦労を口にすれば安居酒屋で愚痴を聞いてくれます。皮肉なことに、その恵まれた環境が彼らをより変化から遠ざけ、環境への対応力を奪っていきます。

エンタープラズ1.0への箴言


「世襲と年功序列は永田町と霞ヶ関の問題だけではない」