知らないものの方が多いのだが

仕事柄、情報感度は高いほうですが、それでも知らないことのほうが多いものです。15歳になる姪が、洋服を「ファッションセンター しまむら」で購入していると知り驚きました。主婦向けという先入観から、タオルや下着、肌着といった生活必需品的なものや、高年齢の女性が好む品揃えだと思い込んでいたからです。ところが、年齢を問わず「シマラー」と呼ばれる支持者がいるといいます。

年齢を重ねると、情報に対する柔軟性が失われていきます。未知の情報に過剰反応するのは変化への恐れで、知らないと認めることは無知と同義と嫌います。特に「立場のある人」は、その築いた立場の崩壊を怖れるためか、より頑なになります。ここまでは一般的な反応ですが、エンタープライズ0.2系の社長は、ここから多数派工作を始めます。自分が理解できないものは世間も知らなくて当然と「社内世論」の固めるのです。

E社長が「ネット」を否定したのは2000年のことです。否定の根拠は

「私が使っていないから」

この年は「楽天」「サイバーエージェント」が上場し、フレッツADSLがサービスインしました。

○木さんの的中率と比較すれば

E社長は新聞などに折り込まれる「チラシ」を輸送する会社の社長で、「ネット広告」の台頭を進言する社員にこう予言していました。

「ネットがチラシを越えることは10年はない」。

電通によると、2007年のネット広告費は6003億円で折込は6549億円、予言は的中しています。ただネット広告が前年比124%に対して、折込は98%と微減で、2008年のデータが待たれるところですが、柔道の谷亮子選手がアテネオリンピックで金メダルを取れないと予言したあの占い師よりは正確といえるでしょう。

ここまでなら「タワゴト」や「思いつき」として責めるのも酷な話ですが、0.2系は「自説」の多数派工作として社内世論を操作して、事実を捏造してしまい、進化を妨げます。

まず、部長以上が集まる役員会議でネットを否定します。呟くだけでなく、役職の高い順番に同意を求め、全員が否定すると、今度はより「民主的手続き」として、各部署で社員の「意見」を訊くという世論調査を指示します。

中間管理職は社長の望む答えとなるような設問を用意し、部下に尋ねます。操作された答えが「社員の総意」となり、E社長の「私見」が社内コンセンサスとして醸成されます。そして、会社は社会から取り残されていきます。

得意技は根回し

ネット広告の伸びは否定した直後の話です。同業者がホームページを開設し、組合の会合で自慢されるとこう言い出しました。「これからの時代はホームページ」。ネット広告はまだ先の話だが、ホームページは別という主張の論拠は

「まわりがやっているから」。

再び役員会議から各部会議へと通達され、そして「社内の総意」としてホームページ制作が始まりました。

できあがったホームページを見たE社長はつぶやきます。

「動かないの?」。

彼はテレビ局のサイトをイメージしていたようで、不満の色を隠しません。「ブロードバンド以前」のインターネットの世界では、動画や画像が多い、いわゆる「重いサイト」は嫌われていました。テレビ局のように魅力的なコンテンツがなければ、重いサイトに我慢する訪問者はいません。そこで閲覧しやすい「軽いサイト」はひとつのトレンドで、これに沿って仕上げたのですが、役員会議が招集され同じ工程を経て「否決」されました。

公開は大幅に延期され、3年後の公開時は派手なフラッシュムービーも虚しい、社員すら見るべきコンテンツのない仕上がりに、社長だけが悦に浸っていたといいます。

なんとかにつける薬無し

それから数年後。E社長は会長職になりました。もともと実務にノータッチだったので、支障は全くありません。しばらくして暇を持てあましたからか「ネット企業」を設立しました。10年後を予見した彼にとっては、満を持しての「新規参入」なのでしょうが、主業務は「チラシ」をネットで公開し、地域情報をクチコミで集めるサイトの運営です。

前者は凸版印刷の「Shufoo!(シュフー)」、後者は「e-まちタウン」や角川クロスメディアの「地域ウォーカー」と、強豪が乱立する市場です。独自技術も斬新な切り口のない新規参入組が勝ち組となるほど、ネットは甘くありません。ちなみに、この「ネット企業」は別会社を名乗っていますが、顧客開拓を「ネット広告」を否定する世論が支配する元の会社に「委託」しています。

私は0.2系を嫌っているわけではなく「1.0への進化」の為に箴言しています。しかし、象がキリンに進化しないように「IT活用」が不可能な組織も存在します。未知のものを排除するリーダーがいて、社内世論がそれに統一される組織では、ITの世界の「変化のスピード」についていけません。

あなたが会社員で「ボス」がこのタイプなら、一秒でも早く別の道を探すことを薦めます。そしてあなたが社長で「もしかして自分は・・・」と思えばご安心ください。未知に気づく柔軟性があればリハビリは容易です。

エンタープラズ1.0への箴言


「社内世論を操作できても、社会のトレンドまでは変えられない」