【コラム】

猫なんか、二度と飼うもんか

2 愛した猫は、最期まで生きようと頑張っていた

うだま  [2014/01/31]

2/8

我が家にやって来た天使

私が大の猫嫌いになったのは、世界で一番愛していた猫が虹の橋を渡ってしまったから。

2010年の11月19日に我が家にやってきた天使のように可愛い子猫。ハルと名付けられたその猫は、わずか生後6カ月でその生涯に幕を下ろしました。

この回では、愛猫ハルがFIPという猫の難病を患い、最期まで生き抜こうとしたその姿をお届けします。下記の文章は、ハルが亡くなった直後に自身のブログで書いたものの抜粋です。

<著者>
うだま
大好きな猫がいないと生きていけない独身アラサー。猫の漫画をよく書く。
新しくやってきた新入り猫たちのブログ・「ツンギレ猫の日常-Number40」は毎朝7時30分に更新している。最初に家族になった猫・ハルのブログも残っている。


FIPという難病が発覚

「4月10日。なんとなく元気がないなという程度でしたが、少し心配なのでハルを動物病院でみてもらおうと、次の日の火曜日に連れて行きました。獣医の先生はいつもニコニコと笑顔なのに、ハルを見たとたんにしぶい顔をしました。ちょっと重めの猫風邪なのかな、と思ったのですが、先生の口からでたのはFIPという言葉でした。

FIPとは猫伝染性腹膜炎のことで、発症したらまず助からないという病気です。治療法はなく、症状を緩和するための対症療法しかないといわれました。血液検査の結果ではほぼFIPで間違いないとのことでしたが、一応念のために遺伝子検査もしてもらいました。遺伝子検査は、血液検査とは異なりすぐに結果が出てくるものではなく、3、4日ほど待ってくださいと言われました。

先生は「もし腹膜炎ならだいたい三週間程度でほとんどの猫ちゃんが亡くなってしまう」と、ぽつりともらしました。

診察がおわり、動物病院の待合室で呆然となりました。もし本当にFIPなら助からない。待合室の椅子ですわっている間、周りでは元気そうなワンちゃんが飼い主になでてもらっていたり、キャリーの中で「出せ」と暴れている元気な猫ちゃんがいました。飼い主さん同士がおしゃべりをしているのが耳にはいってくるのですが、「うちの子はもうすっかり元気になって」というようなことをうれしそうに話していました。

ぼろぼろと泣きながら家に帰りました。家に着いて、ハルを可愛がってくれた家族や友人に連絡を取りました。もしかしたらハルが死んでしまうかもしれない。ブログにも更新停止の知らせを載せ、この日は仕事を休んで一日中ハルと一緒にいました。

少しでも体力を奪われないよう、無理やりご飯を食べさせる

次の日から強制給仕が始まりました。シリンジ(注射器のようなもの)を使って、子猫用のミルクを無理やり飲ませました。ハルは、「ご飯はいやだ」と、もうあまり残っていない力で抵抗していました。

一度にあまり多く飲ませると、ミルクを飲みこむ力がなくなってくるようで、それはできませんでした。しかしながら、逆にあまり長い時間をかけてしまうとミルクが口からあふれ、あごや胸あたりを汚してしまいました。ばい菌が繁殖するといけないので、ミルクをあげるたびに、めちゃめちゃにこぼれちったミルクをきれいに拭いてあげました。

しかしどうしても取れないところもあって、ふわふわだった毛並みは、次第に乾いたミルクで固くなっていきました。診断をうけた次の日は、仕事にはいったのですが顔色が真っ青だということで、同僚が気遣ってくれ、会社に行って2時間ほど仕事をした後早退しました。急いで帰宅し、家の中に入ると、ハルはよろよろと玄関まで迎えに来てくれました。FIPを発症すると神経症状もでるそうで、後ろ脚などの麻痺がおこってくるそうです。いつもなら、帰宅するとハルはダッシュで「おかえり」と来てくれるのに、歩いてはよろけ、歩いてはよろけ、といった感じでした。

セカンドオピニオにすがるが…

FIPが発覚してから3日目。セカンドオピニオンを聞きに別の動物病院へいきました。わらにもすがる気持ちで、朝の9時に、嫌がるハルを無理やり連れていきました。担当してくれた先生も、おそらくFIPだろうということを言っていました。

血液検査の結果で、FIPだということは「推測」はできるが、「断定」するには遺伝子検査が必要であるとのことでした。遺伝子検査は動物病院で行うのではなく、外部の検査機関に委託するそうです。ですから、この動物病院で検査を頼んだところで、前の病院での検査先に委託するため、結果は同じとのことでした。仕方なく、この病院では点滴だけうってもらいました。この先生に「FIPって痛いんですか」と聞くと、鋭利な痛みではないが、重い鈍痛はあるとのことでした。

この日はきちんと仕事をしなければならないので、フルで働きました。仕事をしていても、ハルのことばかり考えてしまいます。寒くないだろうか、さみしがっていないだろうか、お水を自分でのめるだろうか。接客業ですので、お客さんの前ではきちんと笑顔でいなければいけません。

ですがこんな状況です。どうしても笑顔でいられなくなったらトイレに行ってたまった涙を流しました。自宅へ帰る時も、電車の中でしたが泣くことを我慢するのはできませんでした。家のドアをそっとあけるとハルは迎えに来てくれませんでした。まさかと思って部屋中を探しました。ハルはベッドの下に隠れていました。この日から眼に症状がではじめ、右目がうまくあかなくなってきていました。残された左目も、瞳孔が開きっぱなしの状態でした。

診断結果は何故か陰性

金曜日は仕事が休みの日なので、一日中ハルの看病をしました。診断を下されてから4日目、私が体調をくずしてはいけないとわかってはいたのですが、どうしても固形物を食べることができず、4日間水しか飲んでいませんでした。でもハルにだけはご飯は食べてもらわなければと、嫌がるハルの口をこじ開け、ミルクを飲ませ続けました。ミルクだけでは心配だったので、もっと栄養が取れるものはないかとネットで情報を探したところ、猫用の流動食があることを知り、速達で送ってもらうよう10缶ほど注文しました。

朝からずっと2時間おきにミルクをあげ続けました。夕方の5時ごろ、病院の先生から電話が入りました。遺伝子結果の報告ということでした。結果はなぜか陰性。しかし、症状も当てはまるし、血液中の成分値も当てはまるし。また、たとえFIPを発症していても結果が陽性とでてこない場合がある。先生は、検査機関の先生と直に相談をし、総合的な判断としてFIPが発症しているとの診断結果を教えてくださいました。少しでもご飯をたべさせてくださいといわれました。延命の措置しかできないが、月曜日にもらっていたお薬がきれるので、また来週の火曜日、病院に来てくださいとのことでした。先生いわく、「入院させて治るならいくらでも入院させますが…最期は飼い主さんの膝の上で」、ということでした。

「陰性」という検査結果は少しだけ気持ちを落ち着ける効果はありました。が、やはりハルの様子を見ているとFIPの症状とすべてが一致しますし、本人も日に日に弱っていくのが目に見えてわかりました。

夕方、猫トイレの砂が少なくなっていたのと、猫用のミルクが残りわずかだったので近くのペットショップへ買いに行きました。その二つをレジに持っていくと、レジ打ちを担当してくれた気の良さそうなおじちゃんに「猫がいるの?いいねぇ~」と声をかけられました。もうすぐ死んじゃうんです、今買っているこのミルクも全部は飲めないかもしれないんです、とは言えませんでした。

家に帰ると、ハルは眠っていました。ピンクだった鼻や肉球は真っ白になり、口からこぼれたミルクで毛は黄色くなり、右目はもう開かなくなっていて、後ろ脚は動かなくなりました。

FIPは致死率があまりに高い病気ですが、生存例がないわけではありません。最後まであきらめるものか、と思っていました。でもそんなハルの様子を見ると、少しだけくじけそうになりました。夜、明日もまた仕事なのでしっかり寝ておかなければと布団へ潜りました。心配なのでハルも枕の横にのせて、眠らせました。でも起きて冷たくなっていたらどうしようと、30分おきぐらいに自然と目が覚めてしまい、眼を覚ますごとにハルがまだ生きているか確認していました。

日に日に弱っていく

この日は朝から夕方まで仕事でした。朝、しっかりとミルクを多めに与えました。私が留守の間でも大丈夫なように、ハルが寝ているすぐ横にふやかしたキャットフードと水を置いておきました。どうしても仕事を休むわけにはいかず、もしかしたら会うのはこれが最後になるかもしれないと、泣きながらハルに「いってきます」といいました。いつもならハルは玄関まで追いかけてきて、「行かないで」とドアのむこうで爪をカリカリとならすのですが、もう歩けないのか、ハルは毛布の中で出かけていく私の姿をずうと見ていました。

仕事は案外早く終わり、夕方スムーズにもどってくることができました。この日もハルは玄関まで迎えにきてはくれませんでした。同じくベッドの下でうずくまっていました。暗くて狭い場所が安心するのか、FIPを発症してからはそこにいることが多くなりました。しかしミルクをあげなければいけないため、無理やりハルをそこから抱っこして連れ出しました。もう抵抗する力も残っていないようでした。

先日注文した流動食が届き、5,000円を代引きで払って試しにハルに食べさせてみました。そこまで嫌がる様子はなく、明日からはこの流動食もミルクと一緒にあげていこうと思いました。しかしこの日も症状は良くならず、夜も寝ては起き、寝ては起きてハルの様子をみたり、ミルクをあげたりしました。

最後の一声

同じくこの日も仕事でした。仕事なんていかずにずっとそばにいてあげたかったですが、なくなく出勤しました。朝早めに起きて、ミルクを3度ほどあげ、会社へいきました。帰ってくると、ハルはまたベッドの下へ潜り込んでいました。私が「ハル」と呼ぶと、ハルは5回ほど「ウー」と苦しそうになきました。「痛いよ」と聞こえました。もうここ数日声を出すこともなかったので、久しぶりに聞いたハルのかわいらしい声をなつかしく思いましたが、苦しそうにしゃべるハルをみるのは辛かったです。

このとき、初めて「もうだめかもしれない」と思いました。呼吸がかなり速くなっていて、体温も低下してきていました。必死に薬をあげましたが、もう飲んでくれませんでした。会社から帰ってきて、服も着替えず、ご飯も食べず、お風呂にも入らず、ずっとハルのそばにいました。1時間ほどにミルクをあげるのですが、くしゃみをしたり、顔をふったりされて私の髪や服はミルクだらけになりました。それでもご飯をあげなければ、と嫌がるハルにミルクをあげつづけました。

ハルは膝の上でうずくまったまま、動こうとはしませんでした。浅く速い呼吸を繰り返し、目はあけたままどこも見ていませんでした。耳だけは聞こえているようで、「ハル」と名前を呼ぶとしっぽをぶんぶんとふりました。「大丈夫、きっと治るよ」「むりやりミルク飲ませてごめんね」「痛いよね、しんどいよね」「一生けん命生きようとしてて偉いね」「死んじゃやだよ」「ハル、大好きだよ」とずっと言い続けました。

家に帰ってきたのが夕方の6時、真夜中までずっと看病を続けました。ときどきハルは苦しそうに「ウー」と小さくなきました。ハルが「痛いよ」といって私に助けを求めるたびに、「助けてあげられなくてごめんね」と心の中で詫びました。深夜になり、うとうととしてしまいました。半分眠っていて、半分起きているような状態だったのですが、ハルの「ウー」という声が聞こえました。あわてて目を覚まし、ハルを見ました。ハルは大きくひとつ息を吸い、ふうっと吐くと、それっきり息をしなくなりました。明け方の4時11分のことでした。

まだ温かいハルの体をなでてあげました。「よくがんばったね、お疲れ様」。そういうとハルの開かなくなっていた右目からツーと水が出てきました。炎症を起こしているため涙がしょっちゅう出てきていたのですが、ハルが最期にこたえてくれたようで少しうれしかったです。

おわかれ

朝までずっと、ハルの亡骸をなでてあげました。午前中のうちに葬儀屋さんに連絡を取り、11時に御迎えに来てくれました。ハルを火葬するときに何か一緒にもっていてもらおうと、ピンクのバラを買い、手紙をかきました。バラは元気だったころのハルのお鼻の色にそっくりで、体の色にもとてもよく似合っていました。あいにくおしゃれな便せんなどなかったので、白い紙にハルへのメッセージを書きました。一緒にいたのはたったの5カ月間だったけど、うちへ来てくれてありがとう。ずっと忘れないよ、とつらつらと文章を書きました。

葬儀屋さんは若い30歳くらいの男の人で、とても丁寧にハルを扱ってくれました。その人に「穏やかな顔ですね、とっても長生きされたんでしょう」といわれました。思わず言葉に詰まってしまい、「まだ生後6カ月の子猫だったんです」と返事をするのに時間がかかりました。火葬するのに必要な書類にも、猫の名前と年齢を書く欄があったのですが、年齢の欄は【    歳】となっていました。「ハルは、1歳の誕生日すら迎えることができなかったんだ」と書類を書く手がとまりました。

棺の中に、ハルが好きだった毛布を入れ、そのうえに亡骸をのせ、バラの花と手紙を添えました。ハルの体はもうすっかり固くなっていました。

棺は車に乗せられ、ハルはもう家のなかからいなくなってしまいました。ハルを乗せた車が遠くへ見えなくなるまで見送りました。そうして夕方の5時30分、ハルは小さな骨壺の中に入って帰ってきました。生きていた頃のハルが入れそうもない、本当に小さな小さな骨壺でした。そのあと、お供えする花を買いに近所の花屋さんへ足を運び、10分ほどで家に戻りました。やっぱりいつもと違うなと思いました。

玄関を開けてもハルが出迎えてくれない。あぐらをかいて座っても、膝にハルが乗ってこない。野菜炒めを作ってご飯を食べていても、ハルがおかずを奪おうとしない。お風呂にお湯をためていてもハルが見にこない。部屋の掃除をしていてもハルがほうきを追いかけることがなく、布団にはいってもハルがもぐりこんでこない。…ハルはもういないんだ、とわかりました。

FIPの診断を受けてからわずか6日の出来事でした。診断の日、もしかしたらハルは死んでしまうのかもしれないと思いました。これから15年、20年と一緒にいるつもりだったのに。たった生後6カ月でハルは虹の橋を渡ってしまいました。

最期まであきらめない、とはもちろん思っていましたが、ハルの様子を見ていると時々くじけそうになりました。だから、これから一緒にいるはずだった15年、20年分の愛情を注ぎました。亡くなる寸前まで、「ハル、大好き」と何度も何度も言いました。

前に実家で飼っていた犬を亡くしたとき、もう二度と犬なんか飼わないと思いました。こんなにつらい思いをするなんて、と。ハルを迎える決心をしたとき、この子が亡くなったときのショックを受け入れる覚悟は勿論していました。でもそれはもっとずっと先のことだと思っていました。

ハルがうちにきたのが2010年の11月19日でした。うちに来たその日から、ハルは「うちの子」になりました。もうその日から、世界中のどの猫よりも元気に幸せに長生きしてほしいと思い、そのためになら何でもしようと思ってました。

…いつかまた、ハルの弟か妹かを家族として迎えたいと思っています。今回、ハルを失ってこれほどまでに辛い思いをしても、でも「猫は二度と飼いたくないという気持ちにはなぜかなりませんでした。

またいつか、私の膝の上で、かわいらしい小さな毛玉がのんびりとお昼寝していることを願ってやみません。そして、ハルの弟・妹として迎えたその子に、「あなたにはこんなかっこいいお兄ちゃんがいたんだよ」と教えてあげたいです。

長々とよんでくださってありがとうございました。今後、ハルのブログを更新することは絶対にありません。でも、ブログ自体は残しておこうと思います。絶対に忘れないってハルと約束しましたから。たった6カ月しか生きられなかったけど、幸せだったかな、と思える写真ばかりだから。

大好きなハルへ

ハル、うちに来てくれてありがとう。一緒にいてくれてありがとう。たくさんの幸せをありがとう。いろんな人を笑顔にしてくれてありがとう。ずっと、大好きだよ。

また、いつか。」

(ハルのブログより抜粋)

おまけ漫画「ハル君、あのね」

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インデックス

連載目次
第8回 番外編「リクがやってきた」
第7回 小さな白い子猫が家族になった
第6回 「あー、猫好き」
第5回 死にかけの子猫が、家族になった
第4回 亡くなった愛猫が、帰ってきたのかと思った
第3回 「やっぱり、猫飼うのやめます」
第2回 愛した猫は、最期まで生きようと頑張っていた
第1回 私が大の猫嫌いになったワケ

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