連載コラム『知らないと損をする「お金と法律」の話』では、アディーレ法律事務所の法律専門家が、具体的な相談事例をもとに、「お金」が絡む法的問題について解説します。


【相談内容】
インターネットバンキングを利用していますが、先日、預金が勝手に引き落としをされていることに気づきました。インターネットバンキングで不正に預金が取られてしまった場合、銀行は補償してくれるのでしょうか?

【プロからの回答です】

あなたに過失がない限り、銀行により全額補償されるのが原則です。ただし、あなたに「パスワードを他人に知られてしまった」等の過失があった場合には、補償額が減額される可能性があります。「契約カードを他人に渡してしまった」など、重大な過失があると判断された場合には、全額補償されない可能性もあります。

ネットバンキングでの不正送金の実情

銀行取引が、ネット上で24時間手軽に行えることから、インターネットバンキングの利用者は急増しているようです。しかし一方で、このインターネットバンキングを狙った犯罪被害も後を絶ちません。警察庁の発表によれば、インターネットバンキング利用者の情報を盗み取り、利用者の口座から不正送金する事案の被害は、平成24年には64件合計約4,800万円だった被害額が、平成25年には1,315件合計約14億600万円、さらに平成26年には1,876件合計約29億1000万円の被害額に達しており、平成26年は、前年比の2倍以上になっているとのことです。

また最新のデータとして、全国銀行協会が発表した「インターネットバンキングによる預金等の不正払い戻しの件数・金額」に関するアンケート結果によると、平成26年10月~12月における被害件数・金額は、個人が210件合計2億6100万円(法人5件:合計1000万円)平成27年1月~3月における被害件数・金額は、個人が170件合計3億1100万円(法人1件:合計100万円)となっています。そして、最新の統計では、平成27年4月~6月の被害件数・金額は、個人が290件合計4億円(法人9件:合計7000万円)の被害となっています。このようにインターネットバンキングの被害件数・金額はいまだ減少するどころか増加の傾向を示しています。

ネットバンキングにおける預金者保護法

従前より、偽造・盗難カードによる不正払い戻しの被害については、平成18年2月施行の「偽造カード等及び盗難カード等を用いて行われる不正な機械式預貯金払戻し等からの預貯金者の保護等に関する法律(預金者保護法)」に基づいて、被害者に補償が行われてきました。ただ、この法律による補償の対象は、「偽造・盗難カードによる払い戻し」のケースであったため、インターネット上の情報操作によって払い戻しがされてしまう被害のケースは補償対象外でした。したがって、インターネットバンキングによる不正送金のケースは、法律上の過失責任の原則に立ち戻り、「銀行側に過失があった場合のみ被害者に賠償責任を負う」のが原則となっていました。銀行側に過失がないのが通常なので、仮に預金者に過失がなかったとしても不正送金の補償はなされないのが当然だったわけです。

その後、平成20年2月、全国銀行協会が「預金等の不正な払戻しへの対応」の申し合わせを公表し、「インターネットバンキングによる預金等の不正払戻しについては、銀行に過失がない場合でも、預金者自身の責任によらずに遭った被害については、補償を行う」ものとしました。

それと同時に、インターネットバンキングによる預金等の不正払戻しは、銀行の管理が及びにくいことや、インターネット技術の進展と相まって複雑高度化することから、各銀行に対しセキュリティ向上、捜査当局との相互の協力体制の整備等を求める他、顧客に対しても捜査への全面的協力や被害状況の迅速な報告説明を義務付ける等の要件を整備しました。

これにより、銀行側に過失がなくとも、預金者に過失がなければ、不正払戻しによる被害金額が補償されることになりました。

今回のケースでは?

インターネットバンキングの不正送金の補償要件としては、預金者による(1)金融機関への速やかな通知、(2)金融機関への十分な説明、(3)捜査当局への真摯な協力、がなされることが前提です。そして、預金者に重大な過失ありと判断される場合は、補償を全額受けられない可能性がありますし、預金者に単純な過失ありと判断される場合でも、その補償額が減額される可能性があります。今回も、被害者が上記手続きを遵守し、かつ過失がないということであれば、被害額は全額補償されることになります。

ここで、「預金者に重大な過失あり・単純な過失あり」と判断されるのはいかなる場合かが問題となります。全国銀行協会によれば、「インターネットの技術やその世界における犯罪手口は日々高度化しており、そうした中で、各行が提供するサービスは、そのセキュリティ対策を含め一様ではないことから、重過失・過失の類型や、それに応じた補償割合を定型的に策定することは困難である。したがって、補償を行う際には、被害に遭った顧客の態様やその状況等を加味して判断する」ものとしています。

要は、個別判断ということになりますが、ここでは、「偽造・盗難カードによる不正払戻し」の過失の判断基準が参考になります。例えば、カードによる払い戻しのケースでは、他人に暗証番号を知らせた場合や暗証番号をキャッシュカード上に書き記していた場合、他人にキャッシュカードを渡した場合、その他これらと同程度の著しい注意義務違反があると認められる場合には「重大な過失あり」として補償が受けられないことになっています。

また、「暗証番号の管理がいい加減だった場合」(生年月日などの類推されやすい暗証番号から別の番号に変更するよう個別的、具体的、複数回にわたるお願いをしたにもかかわらず、生年月日、自宅の住所・地番・電話番号、勤務先の電話番号、自動車などのナンバーを暗証番号にしていた場合や暗証番号をロッカー、貴重品ボックス、携帯電話など金融機関の取引以外で使用する暗証としても使用していた場合)や、「キャッシュカードの管理がいい加減だった場合」(キャッシュカードを入れた財布などを自動車内などの他人の目につきやすい場所に放置するなど、第三者に容易に奪われる状態においた場合や酩ていなどにより通常の注意義務を果たせなくなるなどキャッシュカードを容易に他人に奪われる状況においた場合)、その他これらと同程度の注意義務違反があると認められる場合には、「過失あり」として補償額を減額できることになっています。

インターネットバンキングのケースも、これに準じて考えることになりますが、たとえば、(1)パスワードやインターネットバンキングの契約カードの内容を他人に知らせた場合や契約カードを他人に渡した場合、(2)パスワードを生年月日・住所の番地・電話番号・自動車のナンバー・同じ数字等他人に類推されやすい番号にしていた場合や同じパスワードを他の取引に使用していた場合、(3)契約カードを他人の目につきやすい場所に放置する、パスワードや契約カードの内容をメモなどに書き記す・パソコン等に保存する等、第三者に容易に奪われる状態に置いた場合などは重大な過失ありと認められる可能性が高いでしょう。同様の過失の例を参考として掲げる銀行も多いようです。

重大な過失ありと判断される場合には補償しない、単純な過失ありと認められた場合の補償額は本来の額の4分の3と設定しているのが通常です。その他、被害の報告が被害発生日の30日後までに行われなかった場合、親族などによる払い戻しの場合、虚偽説明を行った場合、戦争暴動等社会秩序の混乱に乗じた被害の場合には補償しないとされているのが通常です。

不正送金を防止するためにしておくべきこと

以上のように、不正送金の被害に遭われた場合でも、「全く過失なし」と判断されるのであれば、被害額が補償されることになります。ただ、実際には、「管理がいい加減だったからこそ情報を盗まれる」と言える場合も多く、過失が認められてしまうケースも少なくないと思われます。また、そもそも不正送金被害に遭わないための対策を講じておけるのであれば、これに越したことはありません。

パソコン等のインターネット環境を最善の状況にしておくことがまず重要です。総務省のHPでは、(1)ウイルス対策ソフトを利用するとともに、更新を怠らないこと、(2)不審なホームページやメールは開かないこと、(3)制作者が不確かなソフトウェアは利用しないこと、(4)OSやソフトウェアを最新の状態にすること、(5)インターネット利用においては、パーソナルファイアウォールの利用も有効であること、などの対策が挙げられています。 また、スマートフォンやタブレットなどの媒体でも、(1)アプリのこまめなアップデート、(2)セキュリティソフトの利用、(3)基本ソフトのアップデート、(4)正規アプリマーケットからの購入、等の対策が挙げられます。

また、インターネットバンキングに必要となるパスワードや契約カード等の設定管理を今一度見直し、他人に絶対知られないようにしておくことも大切です。「忘れたら困るから」と思ってパスワードを手帳にメモしたり、スマホのメモに入力していたりしてもいけません。管理に過失ありと認められないように細心の注意が必要と言えそうです。

まとめ(メッセージ)

こういったインターネットバンキングの不正送金被害については、「まさか自分が被害には遭わないだろう」と考えている方がまだまだ多いようです。しかし、実際に被害に遭ってしまった場合には、「預金が全てゼロになる」というような大きな被害に結びつきます。「他の取引で利用しているパスワード」をインターネットバンキングのパスワードとして利用している方は多いと予想されますが、この事情をもってしても過失ありと判断されてしまいます。また、インターネットバンキングの契約カードをうっかり紛失してしまっていた、車の中に放置してしまった等の事情では全額補償されない可能性も出てきます。

日頃から「いつ被害に遭うか分からない」という認識で、契約カードやパスワードの管理等を心がけておくことが重要ですね。

(※写真画像は本文とは関係ありません)

<著者プロフィール>

篠田 恵里香(しのだ えりか)

東京弁護士会所属。東京を拠点に活動。債務整理をはじめ、男女トラブル、交通事故問題などを得意分野として多く扱う。また、離婚等に関する豊富な知識を持つことを証明する夫婦カウンセラー(JADP認定)の資格も保有している。外資系ホテル勤務を経て、新司法試験に合格した経験から、独自に考案した勉強法をまとめた『ふつうのOLだった私が2年で弁護士になれた夢がかなう勉強法』(あさ出版)が発売中。『Kis-My-Ft2 presentsOLくらぶ』(テレビ朝日)や『ロンドンブーツ1号2号田村淳のNewsCLUB』(文化放送)ほか、多数のメディア番組に出演中。 ブログ「弁護士篠田恵里香の弁護道