【コラム】

趣味的第一種接近遭遇

66 イスラエル・オタクレポート(6) - イスラエルにはアニメ翻訳グループもいる

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アニメやマンガ、ゲームなど、日本のオタクカルチャーを楽しむイスラエル人が、約1,500人も集まったファンイベント「Harucon2010」。引き続きその模様をお伝えしつつ、今回は会場で会えたあるグループとの対話を通して、海外のアニメ人気を語る上で避けられない、ひとつの問題に迫ってみたい。それは「イスラエルのオタクは日本のアニメをどうやって見ているのか?」ということだ。率直に言えば、イスラエルのアニメファンの多くは、テレビ放映ではなくインターネットで日本のアニメを見ている。

イスラエルのバルイラン大学で行われた今年のHarucon。10代から20代を中心に、イスラエル中のアニメファンが会場に詰めかけた

机を並べて手作りの小物を売っていた女の子たち。オタクイベントらしくこうした学園祭っぽい雰囲気も漂っている

イラストを描いていた女の子も。どうやらかなり日本のマンガの絵柄に近いようだ

売店も大賑わい。ドリンクやサンドイッチ、ポップコーンのほかに、チョコバーやアイスクリームなども

それが公式の動画でないとすれば、もちろんこれは違法な行為だ。ならばイスラエルのアニメファンは、どうするべきなのか。結論を急ぐ前に、まずはイスラエルでのアニメの放映状況を確認したい。2010年3月に日本貿易振興機構が発表した調査報告「イスラエルの消費市場とビジネスグループ」と、海外情報サイト「ULTIMO SPALPEEN」の記事、そして現地のアニメファンからの情報を総合すると、現在イスラエルには「Arutz Hayeladim」と「Disney Channel Israel」というふたつの子ども向けチャンネルがあり、『ポケットモンスター』『爆丸 バトルブローラーズ』『遊戯王5D's』などが放送されている。

動画
各教室ではひとつのテーマに絞ったレクチャーが行われていた。こちらはアニメの吹き替え講座。先生役のリンは実際に現地の放送局で声優として活躍している

このほか、2004年から2008年にかけて「YES Anime」というアニメ専門チャンネルも存在したが、作品のセレクトがあまりよくなかったこと(作品リストがWikipediaにあるが、確かにメジャータイトルは『機動警察パトレイバー』ぐらいしか見当たらない)、同じ作品ばかりリピートされていたこと、また翻訳の質も悪かったため、現地での支持は得られずに撤退している。つまり2010年の現時点で、イスラエルで放映されている日本のアニメは、キッズ向け作品を中心にほんの数本に留まっている。

また、これは現地のコミックショップを取材した回でも触れるが、イスラエルでは日本のマンガの単行本に比べて、日本のアニメのDVDの流通量は非常に少なく、あったとしても日本語版か英語版だ。現地のアニメファンがインターネットでアニメを見ようとするのもうなづける。そして彼らが見ているのが、いわゆる「ファンサブ」と呼ばれている、ファンによる字幕入りの動画だ。

幸いにもHarucon会場において、ヘブライ語への翻訳を行っている、あるファンサブグループのメンバーたちと話すことができた。彼らはもともとアニメファンであるため、翻訳に傾ける情熱は非常に高く、現地のアニメファンからも支持を得ている。つまりイスラエルでは、アニメ専門チャンネルが質の悪い翻訳でアニメファンから見限られたのに対して、アマチュアのファンサブグループが無償で行う翻訳のほうが質が高いという逆転現象が起こっている。

ヘブライ語が比較的規模の小さい言語であるためか、イスラエルでのファンサブに対して、まだ日本から大きな動きは起こっていない。一種の黙認となっている状況で、こうした話題を取り上げるのは、藪蛇を招く可能性もあるのだが、彼らはそのことを理解した上で協力を申し出てくれた。海外でのファンサブ問題を考える上で、貴重な証言として紹介しておきたい。

インタビューは日本語と英語とヘブライ語が交錯する形で行われた。またメンバーは複数人同席しているが、記事ではわかりやすいように、1対1の形式でまとめている。インタビューはHaruconのV.I.P.ルームで、日本から来たライターに対して興味津々という視線が集中するなかでスタートした。

――ヘブライ語の字幕が入ったアニメはどこで見れますか? YouTubeですか?

「YouTubeではありません。Peer to Peerソフトでみんながシェアしています」

――平均アクセス数は?

「番組次第ですが、数百です」

――人気のある作品はなんですか?

「いまは『鋼の錬金術師』が人気です」

――ファンサブグループのなかには、その国で放映が始まったり、DVDが正式に流通したらファンサブを取り消すグループもあるそうですが、あなたたちはどうですか?

「私たちもそうです。DVDが出たらやめます。しかしイスラエルではあまりアニメのDVDが出回っていません。イスラエルではアニメに比べるとマンガの状況のほうがよいと思います。コミックショップに行けば、英語版の単行本が手に入ります」

――日本のマンガのスキャンレーション(=出版物をスキャンし翻訳を行ったもの)はしていますか?

「していません」

――イスラエルのアニメファンは、アニメのDVDをAmazonなどで購入していますか?

「AmazonからイスラエルにDVDを送ることは禁止されています」

――それはなぜですか?

「わかりません」

――このファンサブグループの人数はどのくらいですか?

「10人ほどです」

――翻訳の手順は?

「最初は字幕の入っていない、日本で放映されたデジタルデータをダウンロードします。手に入ったら、それを小さいサイズの動画にして、翻訳するメンバーに送ります。翻訳が終わったら、編集するメンバーが翻訳したリストをもとに、なるべく元の作品のイメージに近いフォントでヘブライ語の字幕を作成します。エンコードを行い、全体のチェックが終わったら、サーバーにアップロードします。ソフトはPhotoshopやAfter EffectsやAegisubを使っています」

――ネット上にオリジナルの動画が一度アップされれば、どの言語のファンサブもすべてそれを使うということですよね。だとすればメーカーがコピーガードを厳しくしたとしても、ほとんど止めようがない?

「インターネットの場合はそうです。インターネットの力はとても強いので、止めることはできません。もし私たちがやめたら、たぶんほかのグループがそれをすると思います」

――翻訳するメンバーはひとつの作品につき、ひとりですか?

「その時々によります。早くリリースしたいときは何人かで分担して、編集するメンバーが全体のレベルを統一します。あまり急がない場合は、ひとりが最初から最後まで翻訳します」

――翻訳が完了するまでの期間は?

「私たちだと約1週間です。急げば3日でも可能ですが、その場合はあまりハイクオリティではありません」

――英語やほかの言語の翻訳も参考にしますか?

「基本的には日本語から直接翻訳していますが、英語の翻訳を参考にする場合もあります。翻訳が難しい言葉は、みんなで相談してストーリーに合うようにちょっとアレンジします」

――英語や中国語といったメジャーな言語のファンサブグループでは、下手な翻訳でも競って先に上げようとすると聞いたことがあります。ヘブライ語のファンサブでもそうした競争はありますか?

「ヘブライ語の翻訳グループは少ないのでそんなことはありませんし、私たちは作品に悪いので下手な翻訳はリリースしません。私たちの理想はセリフの本当の意味を翻訳することです」

――例えば日本のメーカーが作品の翻訳を現地のファンサブグループに任せ、未成年の視聴者でも出せるぐらいの視聴料を集めて、メーカーとファンサブグループでそれをシェアする、というアイデアは可能だと思いますか?

「それは理想だと思います。ただ私たちはボランティアとして翻訳をしています。お金が欲しいからではありません。でも日本のプロデューサーがファンサブと協力したいと言ってくれたら、我々はとてもうれしいです」

――今後はどんな活動を予定していますか?

「私たちは日本のアニメが大好きです。だからこそ翻訳しています。私たちが目指すのはイスラエルのみんながアニメを楽しめるようにすることです。もしファンサブがなくてもそれができるようになったら、私たちは翻訳をやめるつもりです」

インタビューは以上だ。もちろん違法なファンサブを全面的に擁護することはできないが、わずかなキッズアニメだけが正式に流通していてアニメファンがほぼ存在しない国と、多彩なアニメがネットを中心に流通していて、アニメファンが多数存在する国。そのふたつを比べた場合、必ずしも前者のほうが日本にとってメリットが大きいとは断言できないだろう。

また、アニメはネットで見られるとあって、逆にアニメグッズや声優のライブなど、ネットで入手しにくいコンテンツへの渇望感が現地のアニメファンには強くあるようだ。気合いの入った一部の連中は「eBay」などのオークションサイトでグッズを入手したり、コンサートのために来日したりしているようだが、彼らがイスラエルで「ネットで手に入らない日本のオタクコンテンツ」に直接触れたいと願っているのは言うまでもない。

大講堂で行われていたカラオケ大会。彼女が歌っているのは『鋼の錬金術師』のエンディングテーマ「Motherland」

別の教室は、カラオケ専用ルームとして一日中アニメソングが歌われていた。彼が歌っているのは『武装錬金』のオープニングテーマ「真赤な誓い」

前回も登場した『ヘタリア』のシーランド君は『らき☆すた』のこなたの真似で「CHA-LA HEAD-CHA-LA」を熱唱中。左の彼はなぜか『けいおん!』の萌え萌えキュンのポーズをしている

カラオケ部屋のスクリーンには歌詞も映されていた。どこかで聞いたことのある歌詞がローマ字で書いてある

そのひとつの証拠として、今回のHaruconでは『らき☆すた』などで人気の高い声優、白石稔さんからのビデオメッセージの上映が行われ、熱狂的な盛り上がりを見せた。と書くといかにも他人事だが、じつは渡航前に「(筆者)日本の声優さんにHaruconへのビデオメッセージをお願いしてみようか」「(オレグ)そんなことできるの!」「(筆者)ダメ元で頼んでみる」というやり取りがあって自分が撮影を行い、オレグたちがヘブライ語の字幕をつけたものだ。あくまでもイベント用に収録させてもらったので、この記事にその動画を掲載することはできないが、アニメ声優に会うチャンスがないイスラエルのオタクたちにとっては、ビデオメッセージでも十分うれしかったようだ。

白石さんのメッセージへのリアクションや笑いどころも、日本のファンとまったく変わらない。仮に白石さんがイスラエル入りした場合、これ以上の盛り上がりとなるのは、まず間違いないだろう。ネット上の取り締まりを単に強化して、いたちごっこに陥るよりは、こうしたイベントなどを活用して、日本の権利者が利益を得る手段を模索するほうが、有効なのかもしれない。

大講堂ではコスプレコンテストも開催され、作品別に集まってアピールを行っていた。こちらはCLAMP作品のコスプレイヤーたち

コスプレコンテストが終わってステージはそのままダンスホールのような騒ぎに。オタクかどうかに関わらず、基本的にイスラエル人はパーティー好きらしい

イスラエル以外にも、世界各国の中規模の国々でおそらく似た状況が起こっていることを考え合わせると、イスラエルのオタクたちを巡る状況は大きな試金石と言える。いまのところ非公式な形を取らざるを得ないが、イスラエルのオタクたちの日本への好意と興味は間違いなく本物だ。彼らの情熱がどういった形で身を結ぶのかを見守りつつ、今回はファンサブメンバーが語った日本へのラブコールを最後に紹介して、記事の締めくくりとしたい。

「日本の声優や歌手やクリエイターのみなさんに、イスラエルに来てほしいです。イスラエルでは日本のアクターより、声優や歌手のほうが人気があります。例えば平野綾さんとかJAM Projectとか。今日の白石さんのビデオも本当に特別でした。こんなことは滅多にありません。もし日本の歌手や声優やクリエイターがイスラエルに来てくれたら、私たちは超うれしいです」

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インデックス

連載目次
第67回 イスラエル・オタクレポート(7) - イスラエルには日本語クラスもある
第66回 イスラエル・オタクレポート(6) - イスラエルにはアニメ翻訳グループもいる
第65回 イスラエル・オタクレポート(5) - イスラエルにはオタクイベントもある
第64回 イスラエル・オタクレポート(4) - イスラエルには美少女コスプレイヤーもいる
第63回 イスラエル・オタクレポート(3) - イスラエルには戦車博物館もある
第62回 イスラエル・オタクレポート(2) - イスラエルにはニコ動歌手もいる
第61回 イスラエル・オタクレポート(1) - イスラエルにはニコ厨がいる
第60回 幻聴妄想かるた! 床をゆらす謎の集団、若松組の秘密を追えの巻
第59回 新・少女まんが館! 隣町に引っ越したあの図書館は青かったの巻(後編)
第58回 新・少女まんが館! 隣町に引っ越したあの図書館は青かったの巻(前編)
第57回 トトロのバス停! あのへんな生き物は大分にいるのです、たぶんの巻(後編)
第56回 トトロのバス停! あのへんな生き物は大分にいるのです、たぶんの巻(前編)
第55回 年末お蔵出し! 豪華ゲスト陣が顔を揃えたデジハリ学園祭をレポート
第54回 アイドル撮影会! ファン同士のチームワークが肝心なのだの巻(後編)
第53回 アイドル撮影会! ファン同士のチームワークが肝心なのだの巻(前編)
第52回 ラジオ体操! 早朝の東京ビッグサイトでなにが起こったかの巻(後編)
第51回 ラジオ体操! 早朝の東京ビッグサイトでなにが起こったかの巻(前編)
第50回 昆虫食! タガメもゴキブリもみんなで食べれば怖くないの巻(後編)
第49回 昆虫食! タガメもゴキブリもみんなで食べれば怖くないの巻(前編)
第48回 東大ゲーム研! 公開リアルタイムアタックを完遂せよの巻(後編)
第47回 東大ゲーム研! 公開リアルタイムアタックを完遂せよの巻(前編)
第46回 抱き枕工場! 彼女たちは栃木の爽やかな一室で生まれていたの巻(後編)
第45回 抱き枕工場! 彼女たちは栃木の爽やかな一室で生まれていたの巻(前編)
第44回 痛車ミィティング! 富士スピードウェイに300台集まりましたの巻(後編)
第43回 痛車ミィティング! 富士スピードウェイに300台集まりましたの巻(前編)
第42回 続・レトロゲーム! あの神社も近い菖蒲町にゲーム倉庫が移転完了の巻(後編)
第41回 続・レトロゲーム! あの神社も近い菖蒲町にゲーム倉庫が移転完了の巻(前編)
第40回 女ま館! 少女まんがのオアシスとハクビシンを奥多摩に訪ねるの巻(後編)
第39回 女ま館! 少女まんがのオアシスとハクビシンを奥多摩に訪ねるの巻(前編)
第38回 模型塾! 土曜の午後のフィギュア教室は女性が多かったの巻(後編)
第37回 模型塾! 土曜の午後のフィギュア教室は女性が多かったの巻(前編)
第36回 秋葉原の猫喫茶! 我々オタクは猫耳も好きだが猫も大好きだの巻
第35回 ボツキャラ展! コレジャナイロボ作者が送る、ゆるすぎキャラの宴の巻
第34回 剥製! 博物館好きには見逃せない秋葉原裏のインドア動物園の巻
第33回 もう一度レトロゲーム! 『ギャラクシアン3』その他諸々解体せよの巻(後編)
第32回 もう一度レトロゲーム! 『ギャラクシアン3』その他諸々解体せよの巻(前編)
第31回 忘年会という名の総集編! 2007年アクセスランキングベスト5発表の巻
第30回 レトロゲーム! 幻の『ギャラクシアン3』もある謎の地下倉庫とは!?(後編)
第29回 レトロゲーム! 幻の『ギャラクシアン3』もある謎の地下倉庫とは!?(前編)
第28回 おそうじボランティア! 秋葉原でゴミ拾いをする戦士を探せの巻
第27回 勝鬨橋! 最近あの番組でもやってた橋の内部を探検してきましたの巻
第26回 メイドさんといっしょ! 萌えが苦手な人間に萌えを与えてみるの巻(後編)
第25回 メイドさんといっしょ! 萌えが苦手な人間に萌えを与えてみるの巻(前編)
第24回 団地! ALWAYSで三丁目の夕日な博物館は松戸にあったの巻
第23回 ふろくのミリョク☆展! ガスマスクから松島トモ子まで? の巻(男子編)
第22回 ふろくのミリョク☆展! ガスマスクから松島トモ子まで? の巻(女子編)
第21回 感覚ミュージアム! 宮城の新名所は癒されたり爆発したりするの巻(後編)
第20回 感覚ミュージアム! 宮城の新名所は癒されたり爆発したりするの巻(中編)
第19回 感覚ミュージアム! 宮城の新名所は癒されたり爆発したりするの巻(前編)
第18回 オタク外国人! 山谷に集う外国人旅行者と話してきましたの巻(後編)
第17回 オタク外国人! 山谷に集う外国人旅行者と話してきましたの巻(前編)
第16回 武器屋! 鎌倉大仏前で逆刃刀を抜くおばちゃんに出会うの巻
第15回 うさぎカフェ! 鎌倉のうさぎに向ひて言ふことなしの巻
第14回 地下探検! 山手通りがずーっと工事してたのはこれだったのかの巻(後編)
第13回 地下探検! 山手通りがずーっと工事してたのはこれだったのかの巻(前編)
第12回 電王! 東急線スタンプラリーに俺、鉄ちゃんと参上の巻(後編)
第11回 電王! 東急線スタンプラリーに俺、鉄ちゃんと参上の巻(前編)
第10回 宇宙食! 野口さんが食べた宇宙ラーメンを食べる私も野口さんの巻(後編)
第9回 宇宙食! 野口さんが食べた宇宙ラーメンを食べる私も野口さんの巻(前編)
第8回 ふれあい下水道! 地下25mの別世界に伝説のワニはいるかの巻
第7回 絵日記! カナダ人先生と奥様たちに囲まれてナイスな壁画を描くの巻
第6回 ムツゴロウ! あの動物王国の本当の魅力を教えますの巻(後編)
第5回 ムツゴロウ! あの動物王国の本当の魅力を教えますの巻(中編)
第4回 ムツゴロウ! あの動物王国の本当の魅力を教えますの巻(前編)
第3回 猫喫茶! 雨の午後に萌え萌えなヤツらは寝ているゼの巻
第2回 豆本! 卸商センターに集うファンシーな本の世界の巻
第1回 DS! 「正しい日本語」で、今日から僕も名誉教授の巻

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