アニメやマンガ、ゲームなど、日本のオタクカルチャーを楽しむイスラエル人が、約1,500人も集まったファンイベント「Harucon2010」。引き続きその模様をお伝えしつつ、今回は会場で会えたあるグループとの対話を通して、海外のアニメ人気を語る上で避けられない、ひとつの問題に迫ってみたい。それは「イスラエルのオタクは日本のアニメをどうやって見ているのか?」ということだ。率直に言えば、イスラエルのアニメファンの多くは、テレビ放映ではなくインターネットで日本のアニメを見ている。

イスラエルのバルイラン大学で行われた今年のHarucon。10代から20代を中心に、イスラエル中のアニメファンが会場に詰めかけた

机を並べて手作りの小物を売っていた女の子たち。オタクイベントらしくこうした学園祭っぽい雰囲気も漂っている

イラストを描いていた女の子も。どうやらかなり日本のマンガの絵柄に近いようだ

売店も大賑わい。ドリンクやサンドイッチ、ポップコーンのほかに、チョコバーやアイスクリームなども

それが公式の動画でないとすれば、もちろんこれは違法な行為だ。ならばイスラエルのアニメファンは、どうするべきなのか。結論を急ぐ前に、まずはイスラエルでのアニメの放映状況を確認したい。2010年3月に日本貿易振興機構が発表した調査報告「イスラエルの消費市場とビジネスグループ」と、海外情報サイト「ULTIMO SPALPEEN」の記事、そして現地のアニメファンからの情報を総合すると、現在イスラエルには「Arutz Hayeladim」と「Disney Channel Israel」というふたつの子ども向けチャンネルがあり、『ポケットモンスター』『爆丸 バトルブローラーズ』『遊戯王5D's』などが放送されている。

動画
各教室ではひとつのテーマに絞ったレクチャーが行われていた。こちらはアニメの吹き替え講座。先生役のリンは実際に現地の放送局で声優として活躍している

このほか、2004年から2008年にかけて「YES Anime」というアニメ専門チャンネルも存在したが、作品のセレクトがあまりよくなかったこと(作品リストがWikipediaにあるが、確かにメジャータイトルは『機動警察パトレイバー』ぐらいしか見当たらない)、同じ作品ばかりリピートされていたこと、また翻訳の質も悪かったため、現地での支持は得られずに撤退している。つまり2010年の現時点で、イスラエルで放映されている日本のアニメは、キッズ向け作品を中心にほんの数本に留まっている。

また、これは現地のコミックショップを取材した回でも触れるが、イスラエルでは日本のマンガの単行本に比べて、日本のアニメのDVDの流通量は非常に少なく、あったとしても日本語版か英語版だ。現地のアニメファンがインターネットでアニメを見ようとするのもうなづける。そして彼らが見ているのが、いわゆる「ファンサブ」と呼ばれている、ファンによる字幕入りの動画だ。

幸いにもHarucon会場において、ヘブライ語への翻訳を行っている、あるファンサブグループのメンバーたちと話すことができた。彼らはもともとアニメファンであるため、翻訳に傾ける情熱は非常に高く、現地のアニメファンからも支持を得ている。つまりイスラエルでは、アニメ専門チャンネルが質の悪い翻訳でアニメファンから見限られたのに対して、アマチュアのファンサブグループが無償で行う翻訳のほうが質が高いという逆転現象が起こっている。

ヘブライ語が比較的規模の小さい言語であるためか、イスラエルでのファンサブに対して、まだ日本から大きな動きは起こっていない。一種の黙認となっている状況で、こうした話題を取り上げるのは、藪蛇を招く可能性もあるのだが、彼らはそのことを理解した上で協力を申し出てくれた。海外でのファンサブ問題を考える上で、貴重な証言として紹介しておきたい。

インタビューは日本語と英語とヘブライ語が交錯する形で行われた。またメンバーは複数人同席しているが、記事ではわかりやすいように、1対1の形式でまとめている。インタビューはHaruconのV.I.P.ルームで、日本から来たライターに対して興味津々という視線が集中するなかでスタートした。

――ヘブライ語の字幕が入ったアニメはどこで見れますか? YouTubeですか?

「YouTubeではありません。Peer to Peerソフトでみんながシェアしています」

――平均アクセス数は?

「番組次第ですが、数百です」

――人気のある作品はなんですか?

「いまは『鋼の錬金術師』が人気です」

――ファンサブグループのなかには、その国で放映が始まったり、DVDが正式に流通したらファンサブを取り消すグループもあるそうですが、あなたたちはどうですか?

「私たちもそうです。DVDが出たらやめます。しかしイスラエルではあまりアニメのDVDが出回っていません。イスラエルではアニメに比べるとマンガの状況のほうがよいと思います。コミックショップに行けば、英語版の単行本が手に入ります」

――日本のマンガのスキャンレーション(=出版物をスキャンし翻訳を行ったもの)はしていますか?

「していません」

――イスラエルのアニメファンは、アニメのDVDをAmazonなどで購入していますか?

「AmazonからイスラエルにDVDを送ることは禁止されています」

――それはなぜですか?

「わかりません」

――このファンサブグループの人数はどのくらいですか?

「10人ほどです」

――翻訳の手順は?

「最初は字幕の入っていない、日本で放映されたデジタルデータをダウンロードします。手に入ったら、それを小さいサイズの動画にして、翻訳するメンバーに送ります。翻訳が終わったら、編集するメンバーが翻訳したリストをもとに、なるべく元の作品のイメージに近いフォントでヘブライ語の字幕を作成します。エンコードを行い、全体のチェックが終わったら、サーバーにアップロードします。ソフトはPhotoshopやAfter EffectsやAegisubを使っています」

――ネット上にオリジナルの動画が一度アップされれば、どの言語のファンサブもすべてそれを使うということですよね。だとすればメーカーがコピーガードを厳しくしたとしても、ほとんど止めようがない?

「インターネットの場合はそうです。インターネットの力はとても強いので、止めることはできません。もし私たちがやめたら、たぶんほかのグループがそれをすると思います」

――翻訳するメンバーはひとつの作品につき、ひとりですか?

「その時々によります。早くリリースしたいときは何人かで分担して、編集するメンバーが全体のレベルを統一します。あまり急がない場合は、ひとりが最初から最後まで翻訳します」

――翻訳が完了するまでの期間は?

「私たちだと約1週間です。急げば3日でも可能ですが、その場合はあまりハイクオリティではありません」

――英語やほかの言語の翻訳も参考にしますか?

「基本的には日本語から直接翻訳していますが、英語の翻訳を参考にする場合もあります。翻訳が難しい言葉は、みんなで相談してストーリーに合うようにちょっとアレンジします」

――英語や中国語といったメジャーな言語のファンサブグループでは、下手な翻訳でも競って先に上げようとすると聞いたことがあります。ヘブライ語のファンサブでもそうした競争はありますか?

「ヘブライ語の翻訳グループは少ないのでそんなことはありませんし、私たちは作品に悪いので下手な翻訳はリリースしません。私たちの理想はセリフの本当の意味を翻訳することです」

――例えば日本のメーカーが作品の翻訳を現地のファンサブグループに任せ、未成年の視聴者でも出せるぐらいの視聴料を集めて、メーカーとファンサブグループでそれをシェアする、というアイデアは可能だと思いますか?

「それは理想だと思います。ただ私たちはボランティアとして翻訳をしています。お金が欲しいからではありません。でも日本のプロデューサーがファンサブと協力したいと言ってくれたら、我々はとてもうれしいです」

――今後はどんな活動を予定していますか?

「私たちは日本のアニメが大好きです。だからこそ翻訳しています。私たちが目指すのはイスラエルのみんながアニメを楽しめるようにすることです。もしファンサブがなくてもそれができるようになったら、私たちは翻訳をやめるつもりです」

インタビューは以上だ。もちろん違法なファンサブを全面的に擁護することはできないが、わずかなキッズアニメだけが正式に流通していてアニメファンがほぼ存在しない国と、多彩なアニメがネットを中心に流通していて、アニメファンが多数存在する国。そのふたつを比べた場合、必ずしも前者のほうが日本にとってメリットが大きいとは断言できないだろう。

また、アニメはネットで見られるとあって、逆にアニメグッズや声優のライブなど、ネットで入手しにくいコンテンツへの渇望感が現地のアニメファンには強くあるようだ。気合いの入った一部の連中は「eBay」などのオークションサイトでグッズを入手したり、コンサートのために来日したりしているようだが、彼らがイスラエルで「ネットで手に入らない日本のオタクコンテンツ」に直接触れたいと願っているのは言うまでもない。

大講堂で行われていたカラオケ大会。彼女が歌っているのは『鋼の錬金術師』のエンディングテーマ「Motherland」

別の教室は、カラオケ専用ルームとして一日中アニメソングが歌われていた。彼が歌っているのは『武装錬金』のオープニングテーマ「真赤な誓い」

前回も登場した『ヘタリア』のシーランド君は『らき☆すた』のこなたの真似で「CHA-LA HEAD-CHA-LA」を熱唱中。左の彼はなぜか『けいおん!』の萌え萌えキュンのポーズをしている

カラオケ部屋のスクリーンには歌詞も映されていた。どこかで聞いたことのある歌詞がローマ字で書いてある

そのひとつの証拠として、今回のHaruconでは『らき☆すた』などで人気の高い声優、白石稔さんからのビデオメッセージの上映が行われ、熱狂的な盛り上がりを見せた。と書くといかにも他人事だが、じつは渡航前に「(筆者)日本の声優さんにHaruconへのビデオメッセージをお願いしてみようか」「(オレグ)そんなことできるの!」「(筆者)ダメ元で頼んでみる」というやり取りがあって自分が撮影を行い、オレグたちがヘブライ語の字幕をつけたものだ。あくまでもイベント用に収録させてもらったので、この記事にその動画を掲載することはできないが、アニメ声優に会うチャンスがないイスラエルのオタクたちにとっては、ビデオメッセージでも十分うれしかったようだ。

白石さんのメッセージへのリアクションや笑いどころも、日本のファンとまったく変わらない。仮に白石さんがイスラエル入りした場合、これ以上の盛り上がりとなるのは、まず間違いないだろう。ネット上の取り締まりを単に強化して、いたちごっこに陥るよりは、こうしたイベントなどを活用して、日本の権利者が利益を得る手段を模索するほうが、有効なのかもしれない。

大講堂ではコスプレコンテストも開催され、作品別に集まってアピールを行っていた。こちらはCLAMP作品のコスプレイヤーたち

コスプレコンテストが終わってステージはそのままダンスホールのような騒ぎに。オタクかどうかに関わらず、基本的にイスラエル人はパーティー好きらしい

イスラエル以外にも、世界各国の中規模の国々でおそらく似た状況が起こっていることを考え合わせると、イスラエルのオタクたちを巡る状況は大きな試金石と言える。いまのところ非公式な形を取らざるを得ないが、イスラエルのオタクたちの日本への好意と興味は間違いなく本物だ。彼らの情熱がどういった形で身を結ぶのかを見守りつつ、今回はファンサブメンバーが語った日本へのラブコールを最後に紹介して、記事の締めくくりとしたい。

「日本の声優や歌手やクリエイターのみなさんに、イスラエルに来てほしいです。イスラエルでは日本のアクターより、声優や歌手のほうが人気があります。例えば平野綾さんとかJAM Projectとか。今日の白石さんのビデオも本当に特別でした。こんなことは滅多にありません。もし日本の歌手や声優やクリエイターがイスラエルに来てくれたら、私たちは超うれしいです」