ついにスタートしたイスラエル取材。本題に入る前に、イスラエルについて簡単に説明しておこう。イスラエルの人口は約717万人(2008年)。これは埼玉県の約718万人(2010年)とほぼ同じだ。また、面積は20,770平方キロメートルとなっており、四国(18,806平方キロメートル)より少し大きい程度。日本との時差は7時間で、日本の朝7時がイスラエルの夜中0時となる。公用語はヘブライ語とアラビア語だが、英語もほとんどの場合通じる。通貨はシェケル(NIS)で、1シェケルが約24円(2010年5月現在)という計算だ。

そもそも「イスラエルってどこ?」という基本的な話ですが、それはつまり、大体この赤い円のあたりです

ぐっと寄って、イスラエル中部の地図。今回は空港から40号線で北上し、ペタク・チクヴァへと向かいます。直線距離で7キロほどなのでわりとすぐ近く

イスラエルに到着して、辺りはすでに日が暮れてしまっていたが、実は初日はこれからが本番だ。出迎えに来てくれた留学生の鈴木さんや、友人宅に泊まる北団のネコさんとは道中で別れ、これからマイクの車に乗り込んでペタク・チクヴァ(Petah Tikva)という町へ向かう。空港からほど近いペタク・チクヴァは、大都市のテルアビブにも近く、一種のベッドタウンとなっている。そこには「YouTube」や「ニコニコ動画」に投稿している、ひとりのアマチュア歌手が住んでいる。彼は今回取材するアニメイベント「Halucon2010」には仕事で来られないので、これからペタク・チクヴァの自宅でインタビューさせてもらうことになっているのだ。日本のアニメソングやポピュラーソングを歌い続けるひとりのイスラエル人青年、彼の名はスクァドゥス(SquaDus)という。

ベングリオン空港からマイクの車に乗って移動中。イスラエルでは金曜日の日没から安息日に入るので、めちゃくちゃ空いてます

動画
夜のペタク・チクヴァ(映像のみ・音声なし)。信号を渡る男性がかぶっているのがキッパというユダヤ教の丸い帽子。そのあとすれ違う黒い衣服の男性は超正統派の人々

「ニコニコ動画」でイスラエルのオタクたちを発見したことには驚かされたが、スクァドゥスの存在はそれに続くもうひとつの驚きだった。彼の魅力は本当にシンプルだ。歌が上手い。それに尽きる。日本人が聴いても外国人とはわからないほど、日本語の発音も完璧だ。彼の動画のなかで最も再生回数の多いメドレー曲「『七色のニコニコ動画』を歌ってみた」は、2010年5月までに13万回以上再生されている。十八番はGacktの曲だが、アナゴさんの声などで知られるベテラン声優の、若本規夫の低くて渋い真似もできるし、『マクロスF』の人気曲「星間飛行」すらも女性並みのハイトーンで歌いこなしてしまう。そんなスクァドゥスの一連の動画には、日本の視聴者からも賛辞を込めて「驚異的な中毒性」という言葉をもじった「驚異的な中東性」という評価タグがつけられている。

「ニコニコ動画」から、スクァドゥスと彼のバンドによる『THE REAL FOLK BULES』(『カウボーイビバップ』)。オリジナルは女性ボーカルの曲だが、スクァドゥスは難なく歌っている

スクァドゥスのブログ。彼の近況がアップされ、有志による日本語訳も併記されている。「YouTube」にも動画をアップしているほか、「mixi」には日本人ファンのコミュニティも存在

彼がスクァドゥス。クールな外見だが、そのハートは『CLANNAD』や『めぞん一刻』といった繊細な恋愛作品を愛するナイスガイである

ペタク・チクヴァに立ち並ぶ集合住宅に到着し、オレグが電話をかけると、しばらくしてスクァドゥス本人が降りてきてくれた。サングラスをかけ、長髪を後ろにまとめた大柄なスクァドゥスは、どことなくトトロのようでもあり、スティービー・ワンダーのようでもある。さっそく彼の部屋にお邪魔して、インタビュー前に少し話すと、どうやらスクァドゥスはものすごくシャイな性格らしいことがわかってきた。サングラスをかけているのも、半分はインタビューが照れくさいのを隠すためらしい。

イエメン系のユダヤ人であるスクァドゥスは現在24歳。「スクァドゥス(SquaDus)」は歌手としての名前で、彼が好きなゲーム「ファイナルファンタジー」シリーズの主人公、スコール(Squall)とティーダ(Tidus)をミックスしたとのこと。音楽関係の学校を出たが、現在はIT関連の仕事をしながら友人たちとアマチュアでバンド活動を行っている。「ニコニコ動画」についても、そのバンド仲間から教えてもらったそうだ。将来について聞くと、「いまは歌うのは趣味です。でもいつかプロになりたい」と希望を語ってくれた。

前置きが長くなったが、この辺で彼の歌を聴いてもらうのがいいと思う。アニメソングをここで紹介するのは差し障りがあるので、彼のバンド「再現コンプレックス(Saigen complex)」の曲を歌っている動画を紹介しよう。

動画
スクァドゥスたちのバンド、再現コンプレックスの新曲「deep moon」から。バックに流れている声も、歌っているのもスクァドゥス

彼に「どうやって日本語の歌を覚えるんですか?」と聞くと、「たくさん歌を聞き取って、その真似をして発音します。あとはアニメを見ること」という返事が返ってきた。スクァドゥスはまだ日本語があまり話せないにも関わらず、歌では日本語の発音を完璧にこなせている。おそらく彼は声だけでなく、耳の感覚もすばらしく良いのだろう。とにかくスクァドゥスは歌うのが好きで、なにかと歌わずにはいられないようだ。ほかにもインタビュー中にも多くの歌を歌ってくれたのだが、ここで紹介できないのは本当にもったいない。ぜひ「ニコニコ動画」や彼のサイトで、その歌声に聞き惚れてもらいたい。彼からは日本のファン宛のメッセージも預かっているので、以下に紹介しておこう。

Thank you for your support during the (almost) two years that I'm on Nico Nico Douga! I hope that I'll be able to deliver even more songs and that you'll continue to enjoy them! Stay well and see you on Nico :)

約2年にも渡って僕を「ニコニコ動画」で応援してくれてありがとう! これからもさらに歌をお届けして、それをみなさんが楽しんでくれることを願っています! 「ニコニコ動画」でまた会いましょう:)(筆者訳)

家族と暮らすスクァドゥスの私室は8畳ほどの広さで、机まわりはこんな感じ。使用している音楽制作ソフトは「Cubase5」

部屋の反対側にはヤマハのキーボード「PORTATONE(PSR-E403)」。その傍らには扇風機と『ファイナルファンタジーX』も

日本でアニメソングを歌っている外国人歌手、HIMEKAはスクァドゥスもお気に入り。CDはAmazonで購入したとか

スクァドゥスの作詞ノートも見せてもらった。英語で歌詞が書かれている。こちらは「Hanako」という曲

別れ際にスクァドゥスに「もしリクエストがあったら、日本で歌ってくれますか?」と尋ねると、スクァドゥスは「はい」と笑顔で力強く答えてくれた。すでに演歌ではアメリカからジェロが、アニメソングではカナダからHIMEKAが来日し、プロとして第一線で活躍している。中東からひとりのシャイな青年が来日して、プロ顔負けのアニメソングで日本人を魅了してくれる日は、それほど遠くないはずだ。

インタビュー後、スクァドゥス宅で食事をご馳走になった。左から今回運転手を務めてくれたマイク、ラハブ、オレグ

一番左は春のプリムのお祭りの時期に出されるハマンの耳(Oznei Haman)という焼き菓子。真ん中がブレク(burek)というチーズのパイ。右がMalawachというパンケーキの一種

さて、アニメイベント本番を目前に控えつつも、次回は車でイスラエルの郊外へ。イスラエルならではのスポットを訪れることができたので、その模様をお伝えします。