一泊約3,000円という山谷の格安ビジネス旅館を利用して、日本滞在を楽しむ外国人旅行者たち。そのうちの一軒、「ホテル寿陽」で彼らにざっくばらんに話を聞いてきたので、前回に引き続き今回もまとめて紹介しておきたい。

偶然にもこの日はフランス人とフィンランド人が多く滞在していた。フランスから来たラシードはマンガ『ジョジョの奇妙な冒険』のファン。「3部が好きだ」と言うラシードに「いや、2部も捨てがたい」とこちらも思わずジョジョ談義で盛り上がってしまった。お互い片言の英語でも目の前にPCがあると、すぐ検索して意図を伝えることができるので、意外なほど話はスムーズに進む。

フランス人のラシード。好きなマンガは『ジョジョの奇妙な冒険』

浴衣でくつろぐアメリカ人のニコラス(左)は、すっかり温泉旅館のオヤジ状態。フランス美人のマリー(右)は彼氏と電話中

マリーがVAIO Uを使って話していた彼氏のジョエルはアメリカ在住。IT技術のおかげで地球も狭くなりました(?)

日本のアニメやマンガにそれほど興味を持たない外国人ももちろんいる。フランス人のベンが日本を好きな理由は「人が穏やかで癒されるから」。とくに日本の田舎の風景が好きで、伊豆の温泉がお気に入りだという。同じくフランス人のマリーは、関西弁を研究している学生。「マリーはオタクなの?」と聞いたら、「そんなこと言われたのは初めて。でも関西弁オタクかもしれない」と驚いていた。マリーはソニーのモバイルPCを使って、アメリカの彼氏とテレビ電話で話していたので見せてもらった。ニュースサイトのライターが言うのもナンだが、こうした活用例を実際に目の当たりにすると「日本のデジタル機器はすごい」なんてつい思ってしまう。

日本のポップカルチャーで注目されているのはアニメ・マンガ・ゲームだけではない。髪を真っ赤に染めたフィンランド人のアウリとミイヤは、日本のヴィジュアル系音楽の熱烈なファン。「マナサマのライブを見に日本に来た」と言うが、筆者はヴィジュアル系の話はさっぱりなので、ロビーにあるPCでサイトを開いてもらった。彼女たちが追いかけている「Mana様」はMoi dix Mois(モワディスモワ)というバンドのリーダーで、ゴスロリファンの間ではカリスマ的存在らしい。ふたりは、ほかにもD'espairsRay(ディスパーズレイ)、the GazettE(ガゼット)といったバンドをお気に入りに挙げていた。ちなみにフィンランドで最も有名な日本のミュージシャンはDir en grey(ディル・アン・グレイ)だとか。こちらもヴィジュアル系で、海外では日本以上に知名度が高いようだ。アウリとミイヤは、憧れの渋谷や原宿に行けたことを楽しそうに話してくれた。

アウリとミイヤは写真は載せないでほしいとのことだったので、代わりにMana様のページを開いてもらった。耽美ですね……

同じくフィンランドから来たトーマス(左)とカテリーナ(右)。カテリーナのリストバンドに書かれた日本語は「マニア向け」

トーマスとカテリーナもフィンランド人。ヴィジュアル系バンドのライブを追いかけて、大阪、名古屋、東京、新潟と移動しながら日本を旅行しているというからかなり気合が入っている。ふたりは『桜蘭高校ホスト部』『あずまんが大王』『涼宮ハルヒの憂鬱』といったアニメも好きとのこと。日本のアニメもヴィジュアル系音楽もまとめて刺激的なものとして楽しんでいるようだ。

もうひとりのフィンランド人、サンポはこの日出会ったなかでも一番のオタク。好きなアニメは『星界の戦旗』と『らき☆すた』。日本でもマニアックなSFシリーズと、この夏の旬なアニメを挙げてくるとは、しっかり日本の情報を追いかけていなければできないはずだ。サンポはおみやげに同人誌を買ったというので、部屋で見せてもらった。出てきた同人誌は萌えキャラを全部『北斗の拳』のマッチョな登場人物に置き換えたオタクギャグ作品。この同人誌を選ぶというだけでもサンポが濃いオタクであることは間違いない。サンポはほかにもイラスト集や、誌面では紹介できない類の同人誌も買い込んでいた。しかし、まさかフィンランドにこれほどオタクが多いとは……。フィンランドと言えばサンタクロースとムーミンとノキアとエアギターぐらいしか知らなかったが、今回何人かのフィンランド人と話し合えたことで、一気に距離が近くなった気がする。私は貴重なオタク物件の数々を見せてくれたサンポと固い握手を交わした。

こちらもフィンランドから来ていたサンポ。日本にもいますよね、こういう濃い人

サンポがおみやげに買った同人誌。ネタがわかる人にとっては爆笑必至のセレクション。サンポ、お前はなんてわかってる奴なんだ……

こんな可憐なイラスト集も。日本語が読めなくても楽しめる点が好まれているらしい

あまり大きな声では言えない種類の同人誌。「成人向」と書いてあります

ロビーに戻るとフランス人のラシードがまだPCの前に座っていた。よく見ると彼が向かうPCの壁紙には、なにやら怪しげな男性の顔写真が使われている。さっきは気がつかなかったが、これはまぎれもなくオクレ兄さん! ラシードは不思議そうな顔をしている。まあ、無理もない。

こちらが問題のデスクトップ。いったい誰がこんなことを……

ラシード「彼は誰なんだ?」
野口「彼は非常に有名なコメディアンだ。日本のビジネスマンじゃないぞ」
ラシード「彼の名前は?」
野口「Mr.オクレだ。もしくはオクレ兄さんだ」
ラシード「なるほど」

わかってもらえたらしい。こうして海外からの訪問者に「日本で有名なコメディアンはMr.オクレ」という情報を伝え、同時に数々の貴重な証言を手に入れた私は、今回の取材に非常に満足し、そして出会った彼らの旅の無事を祈りつつ、帰路についたのだった。