【コラム】
今回のテーマは前回に続きADSLにまつわる話。といっても今回のメインは、昨年7月にITU-Tで新たに規格化された「G.992.3」に関する話だ。この規格は世間では俗に「ADSL2」という名称で知られているが、今のところ国内のメディアではトレリス符号化や複数のパイロット信号の使用など「既に12M ADSLサービスで使われている技術を正式に規格化したもの」という形で紹介されていることが多いようだ。
しかし規格書をよく読むと、これまであまり紹介されていない新しい技術が登場していたり、今後の日本でのADSL2の導入に不安をのぞかせるような内容があったりする。そこで今回は、現在ITU-Tのサイトで「Pre-Published」として配布されている(ただし有料)G.992.3の規格書の中から、筆者が注目する項目をピックアップしてご紹介してみたい。
○「All Digital Mode ADSL」って何?
まずご紹介したいのは、G.992.3の中でもAnnexI/AnnexJで規格化されている「All Digital Mode ADSL」(「All Digital Loop」と呼ばれることもある)だ。現在のADSLでは電話と回線を共用する際に音声通話は従来どおりのアナログ方式で行うため、スプリッタを入れて音声の帯域とADSLの帯域を分離する必要があるが、この方式ではその必要がない。
ではどうするかといえば、電話機はADSLモデム経由で電話網に接続され、音声通話はADSLモデム内部で全て一旦デジタルデータに変換された上、他のデータパケットと混在した形で電話局側に送られるのだ。そして電話局側ではデータを受け取ったDSLAMが音声パケットとデータパケットを分離して、音声通話のデータは既存の電話網に、その他のデータは従来どおりATM網や地域IP網などのバックボーンに送り込む仕組みだ。もちろん外から電話がかかってきた場合は、逆にDSLAMで音声データをパケット化して送信し、ADSLモデムがそれを受けて音声パケットを復号化、電話機に流すことになる。
この方式にはいくつかメリットがある。まず音声通話を一旦PCMサンプリングしてデジタルデータに変換してしまうため、IP電話との親和性が高いこと。とりあえず最寄りの電話局までの間は必ず音声がパケットになって送られるわけだから、DSLAMでバックボーンの回線状態を監視して、状態に応じてIP電話と既存の電話網をシームレスに切り替える(もちろん通話は続いたまま)といったことも技術的に可能だ。もちろん課金等の問題は残るが、まだIP電話の通話品質が必ずしも安定していない現状では、安定した通話が確保できるという点でユーザを安心させるメリットになるのではないか。
ただそれ以上に大きなメリットといえるのが「低周波帯域の拡大」。この方式では従来のADSLのようにアナログ電話の帯域との共存を考慮する必要がないため、何とADSLで使用する周波数の下限が従来の25.875kHzから3kHzに下げられているのだ。線路損失の少ない低周波帯域における帯域の拡大は即、ADSLが利用できる線路長の増大につながるだけに、これまでADSLの利用が難しかった地域でもこの技術によりADSLが利用可能になることが期待されるし、既存ユーザーにとっても速度向上の期待が持てる。
この方式を利用するためには当然のことながらADSLモデムやDSLAMなどの更新が必要になるため、果たして日本国内で今後どの程度普及するかは未知数。しかし仏Alcatelや独Infineonなどがこの方式に積極的な姿勢を見せており、既にInfineonからは対応チップセットもリリースされていることから、今後注目していきたい規格の一つだ。
○ADSL2には日本仕様の規格がない?
続いてはやや不安なニュース。実はG.992.3には、従来G.992.1(8M~12M)やG.992.2(1.5M)の規格書で定められてきた日本仕様ともいえる「AnnexC」規格が今のところ存在しない、という話だ。
これは今回規格書を読んで筆者も驚いたのだが、一応G.992.3の規格書にも「AnnexC」という章そのものは存在するし、章のタイトルも「Specific requirements for an ADSL system operating in the same cable as ISDN as defined in ITU-T Recommendation G.961 Appendix III」とG.992.1 AnnexCと全く同じ。ただその中には「For further study.」という一文が書かれているのみで、具体的な内容は全く書かれていないのだ。(ちなみにこれはAnnexH(SSDSL)についても同様)
これが単にG.992.3におけるAnnexCの規格化が遅れているだけなのか、それともG.992.3ではAnnexCの規格化そのものが行われない可能性があるのか、といったところが気になるが、今回はそのあたりの事情を確認することは残念ながらできなかった。ただAnnexCについては、昨今報道されている通りソフトバンクBBがITU-Tに規格の廃止を求める動きがあるだけに、この問題も含めてAnnexCという規格の必要性の是非が改めて問われていることだけは間違いないだろう。
ちなみに今週金曜日(1/31)には総務省の情報通信審議会・DSL作業班の第3回会合も行われる予定であり、しばらくADSL業界を巡ってはいろいろな話題が飛び交うことになると思われる。今年は安定成長期に入るかとも思われたADSL業界だが、この調子ではまだまだ激動が続きそうで、筆者にも全く先の展開が読めない。果たして今後ADSLはどうなっていくのだろうか……。
ハイテクウォーカー 第56回 近距離でADSLの速度が出ない可能性
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