デジタルハリウッド大学大学院教授、ヒットコンテンツ研究所の吉田就彦です。

3月11日の東日本大震災(東北地方太平洋沖地震)でお亡くなりになった方のご冥福をお祈りするとともに、被災された皆様には心よりお見舞い申し上げます。

このコラム「吉田就彦の『ヒットの裏には「人」がいる』」では、さまざまなヒットの裏にいるビジネス・プロデューサーなどの「人」に注目して、ビジネスの仕掛け方やアイデア、発想の仕方などを通じて、現代のヒット事例を分析していくコラムです。

このコラムを連載しはじめて早1年。今回でいったん終了となります。これまで読んでいただいた皆さん、どうもありがとうございました。

第26回目(最終回)のテーマは、宝探しをビジネスモデルに - 夢の力が差別化を生む

ラッシュジャパンという会社をご存じでしょうか? ラッシュジャパンは、ユニークなビジネスモデルで成長を続けているベンチャー企業です。そのユニークなビジネスモデルとは、なんと宝探し。宝探しをビジネスのドメインにしている会社なのです。

いまや地方の活性化に欠かせないのが、テーマパークや記念館、資料館といった箱もののようなハードではないソフト型の観光誘致です。その魅力的なコンテンツの見せ方としては、先日のこのコラムでも取り上げた鳥取県境港市の水木しげるロードや水木しげる記念館の成功事例があります。その成功の裏には単に箱ものを作ったというだけではなく、ユニークで連続的な仕掛けの知恵があり、それが観光客を境港に運んできました。このように、ハードの施策ではなくソフトのユニークな施策が人に影響を与え、観光客誘致に繋がっているのです。

そんなニーズをピンポイントでとらえて、さまざまな地域活性や観光促進プログラム、そして企業のプロモーションや企業インナーのモチベーションアップのためのソフト企画を、「宝探し」という子供遊びの延長線ともとれるような切り口で提供しているのがラッシュジャパンなのです。

そもそも2001年に齊藤多可志代表取締役がこのラッシュジャパンを立ち上げることになったきっかけは、旅行の中身よりもいかに安く交通機関や宿を手配するかというような最近の旅行業界の風潮の中、JTBにいた齊藤さんが企業向けの旅行企画案として宝探しを思いついたところから始まりました。

当初は、宝探しなどという子供っぽい旅行企画を本当に企業の大人たちが受け入れてくれるのか心配だったそうですが、結果は予想を200%ぐらい凌駕する大成功。こんなに大人が宝探しにはまるかというぐらい喜んで興奮したといいます。

大人向けに企画されたその宝探しは、全体の30%ぐらいしかゴールを達成できないように難易度を設定しました。そんな齊藤さんの緻密なクリエイティビティにより、達成した社員の方が達成していない社員に対してものすごく喜びを爆発させ盛り上がったそうです。

しかも、その宝探しの過程の中で普段では見られない社員同士のコミュニケーションが起こり、その後の社内の会話の中でも、できなかった社員が「なんで俺たちはできなかったんだ。ああすればよかった」などと勝手に気づきが生まれて、社内のコミュニケーションを活発にし、社内融和に一役買うなどの副産物を生みました。

そんな状況に気をよくした齊藤さんは、その2カ月後に、宝探しをコンテンツとした旅行企画事業でJTBの社内起業制度に応募したもののそれが通らず、そのため仲間とともに宝探しに特化したユニークな企画会社としてラッシュジャパンを立ち上げることになりました。

すると今やその宝探しというコンテンツは、企業旅行企画だけではなく、商業施設や団体イベント、地域活性・観光促進のプログラムとしても注目を集め、2010年度は年間51地域、308団体の旅行イベント企画に採用されることになりました。

このユニークなビジネスモデルの成功を生んだヒット要因は、ヒット要因キーワード「差別化ユニーク」された「発想転換力」にあります。誰もが考えつくようなアイデアではあるものの、それを真剣に、しかも緻密なクリエイティビティで十分に企業や大人が納得するものにしたことです。

そのクリエイティビティの核は、従来の旅行企画では参加した人すべてが同じように満足を得られるように設計することが常識であったことを、全体の30%ぐらいしか達成できないというような、ある意味では常識破りの企画により、参加した人の満足を引き出すことによる成功がヒットの要因となりました。

このような成果を生んだ宝探しという企画は、最近のヒットトレンドとして私が挙げている4つのトレンドの中では「エイジ・シフティング」と呼んでいる、子供向け商品を大人向けに、大人向け商品を子供向けにというヒットトレンドのわかりやすい事例でもあります。

この宝探しというビジネス・モデルの成功は、そのコンセプトの明確さにあります。ヒット法則2「明確なコンセプトがヒットを生む」です。

これまで宝探しというと、ちょっとした集客のイベント企画でしかなかったものを、齊藤さんたちは、それ自体に特化することで、団体旅行のイベント企画のみならず、商品や観光地のブランディングやリピーター促進などといったマーケティング施策に見事に昇華させました。

さらに、宝探しの過程で行われる発想のリセットや相互コミュニケーション体験を利用して、企業研修化することなどにも可能性を拡げるなど、宝探しを単なる遊びではないビジネスツールとするその明確なコンセプトが企業などに支持されているのです。

齊藤社長は、究極の将来の夢として宝島を作りたいとおっしゃいます。思わず少し笑みがこぼれるような発言ですが、実は宝探しという文化を創造し、それを世界に発進したいというミッションを設定しています。そのようなビジョンこそ、ラッシュジャパンの特異でユニークな存在を象徴するものです。しかも、齊藤社長はそれをユーモアをもって真剣に考えている節があります。齊藤社長の名刺の裏にはこのように書いてあります。

赤い鳥海賊団船長 海賊王のタカシ

誰も褒めないなら自分で褒めろ。目指すは世界一! 俺様だけの宝島を見つけて、海賊王になるぞー!

こんな遊び心あふれる名刺でビジネスをしているラッシュジャパン。彼らの行く手は夢に溢れています。そんなムードが今の閉塞感のある日本に必要な明るさなのです。

くしくも東日本大震災による巨大なダメージを受けている現在の日本。ラッシュジャパンでもチャリティー缶バッチ購入の被災地支援企画を進めています。そのメッセージにはこうあります。

これまで宝探しで笑顔になってくれた皆さんとともに、被災された方々の笑顔を取りもどしたい

宝探しというユニークで明確な事業コンセプトは、人に超感動を与える人になりたいというのが人生のミッションという齊藤さん率いる赤い鳥海賊団の明確なビジョンのもとで輝いています。

執筆者プロフィール

吉田就彦 YOSHIDA Narihiko

ヒットコンテンツ研究所 代表取締役社長。ポニーキャニオンにて、音楽、映画、ビデオ、ゲーム、マルチメディアなどの制作、宣伝業務に20年間従事。「チェッカーズ」や「だんご3兄弟」のヒットを生む。退職後ネットベンチャーのデジタルガレージ 取締役副社長に転職。現在はデジタル関連のコンサルティングを行なっているかたわら、デジタルハリウッド大学大学院教授として人材教育にも携わっている。ヒットコンテンツブログ更新中。著書に『ヒット学─コンテンツ・ビジネスに学ぶ6つのヒット法則』(ダイヤモンド社)、『アイデアをカタチにする仕事術 - ビジネス・プロデューサーの7つの能力』(東洋経済新報社)など。テレビ東京の経済ドキュメント番組「時創人」では番組ナビゲーターを務めた。

「ビジネス・プロデューサーの7つの能力」とは…

アイデアをカタチにする仕事術として、「デジタル化」「フラット化」「ブローバル化」の時代のビジネス・スタイルでは、ビジョンを「0-1創造」し、自らが個として自立して、周りを巻き込んで様々なビジネス要素を「融合」し、そのビジョンを「1-100実現」する「プロデュース力」が求められる。その「プロデュース力」は、「発見力」「理解力」「目標力」「組織力」「働きかけ力」「柔軟力」「完結力」の7つの能力により構成される。

「ヒット学」とは…

「ヒット学」では、ヒットの要因を「時代のニーズ」「企画」「マーケティング」「製作」「デリバリー」の5要因とそれを構成する「必然性」「欲求充足」「タイミング」「サービス度」などの20の要因キーワードで分析。その要因を基に「ミスマッチのコラボレーション」など、6つのヒット法則によりヒットのメカニズムを説明している。プロデューサーが「人」と「ヒットの芽(ヒット・シグナル)」を「ビジネス・プロデューサーの7つの能力」によりマネージして、上記要因や法則を組み合わせてヒットを生み出す。