デジタルハリウッド大学大学院教授、ヒットコンテンツ研究所の吉田就彦です。

このコラム「吉田就彦の『ヒットの裏には「人」がいる』」では、様々なヒットの裏にいるビジネス・プロデューサーなどの「人」に注目して、ビジネスの仕掛け方やアイデア、発想の仕方などを通じて、現代のヒット事例を分析していくコラムです。

第25回目のテーマは、映画プロデュースに見る分業の是非

私は、現在デジタルハリウッド大学大学院をベースに「ビジネスプロデュース研究会」なる研究組織を何人かのコアメンバーと運営しています。この研究会は、学内に設けているヒットコンテンツ研究室の人材開発部会を発展させて、昨年1年間は「プロデュース」ということについて、さまざまな方のプロデュース術を伺ったり、議論していくことで「プロデュース」とはなにかを探っているものです。

昨年の11月には、その一環で、デジタルハリウッド大学が行った「近未来教育フォーラム Exploring New Education in Digital」において、プロデュースのあり方のひとつの方向性として「デジタル時代に求められるビジネススタイル『プロデュース』とその能力開発」と題して、G&S Global Advisors Inc.代表取締役社長で、コーン・フェリー・インターナショナル アジア・パシフィック地域最高顧問である橘・フクシマ・咲江さんと私が特別対談しました。その対談の中で、私の研究成果の報告とともに、21世紀に必要とされる能力像やその開発の可能性を議論しました。

このように発展してきた「ビジネスプロデュース研究会」の今年の活動は、いよいよ「プロデュース」という仕事スタイルそのものを体系化できないかとの思いから、深く「プロデュース」を研究されている研究者の方も交えて議論が始まっています。

先日行ったその第1回目のセッションでは、映画プロデュース研究の第一人者である青山学院大学の山下勝准教授にお越しいただいて、盛んに「プロデュース」について議論しました。

本日のコラムは、その議論の中で見えてきた「プロデュース」の経営学的なアプローチから、ヒットを生むプロデュースのあり方を考えていきたいと思います。

山下先生が大学の卒論で「プロデュース」ということを問題解決の手法として研究しようとしたときに、恩師の教授から言われたことは、そのプロデューサーという人の存在が、他の人との違いが明確にあるのかということだったといいます。経営学において、アントレプレナーとかプロダクト・マネージャーと一体何が違うのか、その違いが明確になければ研究にはならないと言われたそうです。その問いに答える中で山下先生が考えたことは、やはりプロデューサーはアントレプレナーともイントラプレナーとも、ましてゲートキーパーともまったく違う存在なのではないかということでした。

19世紀にシュンペーターが言った、すでに世の中にあるものを再配置する「新結合」というものにヒントはあり、その運用の仕方としての「プロデュース」というあり方があるのではないかと考えました。そして、その根本的な本質として、仕事の「分業」の仕方によいプロデュースと悪いプロデュースがあるのではと思ったそうです。

もちろんよいプロデュースとは、うまくいくプロデュースで、映画で言えばヒットを生むということです。

そのようにプロデュースを分業のあり方としてとらえた山下先生は、さまざまな映画のプロデューサ-たちにヒアリングを開始したと言います。

その中で感じたことは、仕事を分業して効率化を志向することと、ヒットを生み出すことはまったく違うということでした。特にアニメのプロダクションにおいては、プロデューサーといわれている人が自分の範囲を決めていることで、ある意味ではプロフェッショナルなのですが、新しいモノを作るということにおいてはまったく機能していないということがわかりました。したがって、その組織からは面白いヒット作が生まれてはこないと言います。

映画のプロデュースを考えるとき、ヒットを生むには、このような分業の仕組みの見直しが必要であり、さらに言えば分業をしないということのほうが、ヒットを生み出す可能性が高くなるのではないかと山下先生は指摘しています。

マニュアル化されている育て方やセオリーを組織に徹底することではヒットは出ないというのです。たとえチームでプロデュース・ワークをシェアした場合でも、その境界線をなくし、共にチームがヒット作りのためにお互いの仕事を侵食し合って作らないと新しく魅力的なクリエイティブは生まれてこないというのです。

さらに、会社が大きく立派になりすぎると、分業化が進み、その分業に対してプロフェッショナルになろうとするがために、自分のテリトリーだけを完璧にこなそうとするエセ・プロデュースがはびこり、結果が出なくなるのではないかと指摘しています。

一方、映画の都ハリウッドは、すでに完成されていてイノベーションは起きていなく、分業されているのですが、そのプロフェッショナルの人材市場が常に新しい才能を迎え、文字通り世界規模で星の数ほどあることで、分業のパターンが無数に生まれ、その結果、新しく面白いものを生み出しやすくなっているのではとも言っています。

したがって、日本の映画産業が今後もヒットを継続的に生み出すためには、これまでの天才たちによって築かれたイノベーションをこれからも期待するだけではなく、新しいフレームワークが必要不可欠なのではないかというのが山下先生の主張です。

前回、ひとつのプロデューサー・チームの成功例として、私が関わった「チェッカーズ3」のことを書きましたが、まさに山下先生が指摘されたように、我々の3人のチームはどんどん相手のフィ-ルドに入っていき、互いに干渉し合っていたように思います。それがトロイカ体制の正しいあり方ということなのでしょう。

この分業のあり方を再考することが、ヒットを生むためのプロデュースという仕事に新たな可能性を与えるのではないかという山下先生の考え方は、大いに納得のできるものです。

特に「プロデュース」という、ビジョンをカタチにするために、さまざまな要素を組み合わせて、それを活性化させ、結果を導く仕事を成功させるためには、私の経験でも型通りの仕事の分業が大きなマイナスとなることを実感してきました。もちろん、このことは映画のプロデュースに限らず、さまざまなビジネス・シーンに共通の落とし穴であることは言うまでもありません。

執筆者プロフィール

吉田就彦 YOSHIDA Narihiko

ヒットコンテンツ研究所 代表取締役社長。ポニーキャニオンにて、音楽、映画、ビデオ、ゲーム、マルチメディアなどの制作、宣伝業務に20年間従事。「チェッカーズ」や「だんご3兄弟」のヒットを生む。退職後ネットベンチャーのデジタルガレージ 取締役副社長に転職。現在はデジタル関連のコンサルティングを行なっているかたわら、デジタルハリウッド大学大学院教授として人材教育にも携わっている。ヒットコンテンツブログ更新中。著書に『ヒット学─コンテンツ・ビジネスに学ぶ6つのヒット法則』(ダイヤモンド社)、『アイデアをカタチにする仕事術 - ビジネス・プロデューサーの7つの能力』(東洋経済新報社)など。テレビ東京の経済ドキュメント番組「時創人」では番組ナビゲーターを務めた。

「ビジネス・プロデューサーの7つの能力」とは…

アイデアをカタチにする仕事術として、「デジタル化」「フラット化」「ブローバル化」の時代のビジネス・スタイルでは、ビジョンを「0-1創造」し、自らが個として自立して、周りを巻き込んで様々なビジネス要素を「融合」し、そのビジョンを「1-100実現」する「プロデュース力」が求められる。その「プロデュース力」は、「発見力」「理解力」「目標力」「組織力」「働きかけ力」「柔軟力」「完結力」の7つの能力により構成される。

「ヒット学」とは…

「ヒット学」では、ヒットの要因を「時代のニーズ」「企画」「マーケティング」「製作」「デリバリー」の5要因とそれを構成する「必然性」「欲求充足」「タイミング」「サービス度」などの20の要因キーワードで分析。その要因を基に「ミスマッチのコラボレーション」など、6つのヒット法則によりヒットのメカニズムを説明している。プロデューサーが「人」と「ヒットの芽(ヒット・シグナル)」を「ビジネス・プロデューサーの7つの能力」によりマネージして、上記要因や法則を組み合わせてヒットを生み出す。