デジタルハリウッド大学大学院教授、ヒットコンテンツ研究所の吉田就彦です。

このコラム「吉田就彦の『ヒットの裏には「人」がいる』」では、さまざまなヒットの裏にいるビジネス・プロデューサーなどの「人」に注目して、ビジネスの仕掛け方やアイデア、発想の仕方などを通じて、現代のヒット事例を分析していくコラムです。

第22回目のテーマは、はやぶさの快挙 - プロジェクトの諦めない完結力

昨年2010年のうれしい出来事として、年末のTV番組でも上位にランキングされていた話題が、あの小惑星探査機「はやぶさ」の地球への帰還劇でした。

「はやぶさ」が大気圏に突入し燃え尽きていく様は、年末特番でも幾度となく紹介されて、何度ももうダメだと思いながらも復活を遂げてきた「はやぶさ」の雄姿は、少し元気のない今の我々日本人の心を強く打ちました。

その「はやぶさ」は、2003年5月に、日本のロケット開発の父といわれた故糸川英夫博士の名前に由来する小惑星イトカワへの探査機として打ち上げられました。その最大のミッションは、イトカワからそのサンプルを持ち帰ることでした。サンプルを詳しく調べることで、地球を含めた太陽系の起源の謎に迫れるのではないかとの期待があったからです。

その「はやぶさ」のミッション成功という快挙は、話題となったイオンエンジンの長期稼働や遠く離れた宇宙空間での電波光学複合航法と自律誘導航法、微小重力の小惑星にタッチダウンしてサンプルを取得することなど、実質上たくさんの世界初を生みました。 しかもそれを成し遂げたのはすべて日本の技術で、宇宙航空研究開発機構(JAXA)とともに、NEC、富士通、日産自動車などさまざまな日本の民間企業の技術が結集されての成功だったのです。

その「はやぶさ」のプロジェクトマネージャーを務め一躍注目されたのが、昨年末に『はやぶさ、そうまでして君は』(宝島社)を出版したJAXA教授の川口淳一郎氏です。

度重なる試練を乗り越え、運用を続けてこられたのは、「絶対に諦めてたまるか。何があっても地球に帰還させる」という強い気持ちが、管制室のみんなにあったからです。

困難の連続であった7年間60億kmに及んだ「はやぶさ」の旅とミッションの完遂は、このようなチームワークにあったわけですが、それを統括して優れたリーダーシップを発揮したのが川口教授なわけです。

そんな「はやぶさ」の快挙を成し遂げたプロジェクトチームのリーダー川口教授をプロデューサーという視点で見ると、さまざまなプロデューサーとしての能力が見えてきます。

地球から3億kmも離れている小惑星からサンプルを入手して地球に持ち帰るというハイリスクなミッションを設定していた「はやぶさ」ですが、そのようなリスクの高いミッションはさすがのNASAも躊躇していたミッションでした。要は成功する確率が非常に低いのです。

それを川口教授は当時まだ開発の途上であったイオンエンジンを使って探査機を飛ばすとNASAとの研究会で宣言しました。川口教授曰く、一世一代のハッタリだったそうですが、そのことによって最終的に快挙を生んだプロジェクトが正式に稼働していくことになりました。

誰もやっていないことを挑むとき、できない理由をあげていけばキリがありません。それよりも、どんな条件が揃えば可能になるのかを、ポジティブに考えたほうがいい。

そんな気持ちからのハッタリが、高いミッションというビジョンになりました。まさにプロデューサーの7つの能力の「目標力」の発揮です。

また、そのプロジェクト設計にも成功を生んだ大きな原因がありました。それは、編成した組織の在り方で、「マトリックス式」と呼ばれていたものです。つまり表向きの所属が縦糸だとすると、多岐に渡る分野の能力が必要になるプロジェクトを推進するために組織を横断して横糸も通すというマトリックス式の組織を編成したのです。これは、JAXAの前身組織のひとつであり、川口教授の出身母体であった宇宙科学研究所の風土でもあったそうですが、新しいことや難しいことに挑戦する気概が生んだ組織でした。指示命令系統がはっきりしている縦と蓄積している知識を横断的にそのプロジェクトに取り込める横軸を組み合わせた組織なのです。

この組織は、難しいさまざまな事案に対応が利きやすいものの、デメリットとしては統制や責任の所在が不明確になりがちです。各自がばらばらに動くとチームとして機能しなくなってしまうリスクすらあります。

それを川口教授は、先述のような遠大なミッションを示し、そのミッションの元に意欲のある優秀な人材を集めました。優秀な人材は「興味のある人はここにあつまれ」式の勧誘に燃えて集まってきたといいます。

そのおかげで川口教授は、彼らから次々に提案されるさまざまなアイデアを方向付けることが最大の仕事となりました。まさに、「目標力」が生んだ優れたビジョンが、優秀な組織を生む「組織力」の発揮につながったわけです。

ここにアイデアをカタチにするという命題に対する1つの答えが見えてきます。それは従来の縦型組織に捉われない横串のネットワークを活かした「マトリックス型」の組織を、高いビジョンの魅力で、参加するメンバーのモチベーションを高めることが成功する確率を高められるということです。

川口教授も本の中で、人をまとめるのが大変だったというよりも、やることなすことが初めてですべて面白いがゆえにほっておいても次から次に提案してくるので、それを方向付けるだけで良かったと書いています。尻を叩くのではなく、いかに手綱を引くかということの方が大変だったようで、若者が動かないと嘆いている経営者にはうらやましい事態です。要は面白ければ人は動くということなのです。

そのように進んでいったプロジェクトも、実際に進んでいくと現実の壁にぶつかってさまざまな困難に直面することになりました。

理論上は完璧で、いかに計算やシミュレーション実験で成功しても、本番で成功するとは限りません。その時の状況に応じて、臨機応変に、しかもその時の最善の策に向なければ成功の確率は上がりません。

「リアクションホイール」という姿勢制御装置の故障、連動する「姿勢制御スラスター」という船体のコーナーに配置されている小さな化学推進エンジンの故障とガス欠。最大のミッションであるサンプル取得時に起こった1回目の着地の失敗とタッチダウン時の弾丸の不発射。そして、帰還時の交信途絶と最大のピンチであったイオンエンジンの停止など、数々と起こったトラブルを、チームの力を総動員して乗り切ってきました。

けっして諦めない- それがそれらのピンチから脱却してきたチームの思いでした。そして、チームリーダーとしての川口教授の最も強い思いでもありました。

外から補ってくれるものがない宇宙空間では、自分たちで考え、使えるものは何でも使って解決方法を得るという事しかトラブルの解決策はありません。「柔軟力」を組織的に発揮したからこそ、次から次へと出現する想定外の問題に対応できたのです。

チャレンジし決して諦めないことが重要と川口教授は言っています。しかし、御自身も本に書いていますが、それもこれも「はやぶさ」が地球に帰ってきたからこそ言えることです。最後まで諦めず、サンプルを地球に持ち帰るという最大のミッションに向かって、あの手この手を使いなんとかして「1-100実現」して、ミッションを達成したからこそ響く言葉でもあります。

川口教授の、そしてプロジェクトチームの最大のプロデューサーとしての能力発揮は、事を成した「完結力」なのかもしれません。

執筆者プロフィール

吉田就彦 YOSHIDA Narihiko

ヒットコンテンツ研究所 代表取締役社長。ポニーキャニオンにて、音楽、映画、ビデオ、ゲーム、マルチメディアなどの制作、宣伝業務に20年間従事。「チェッカーズ」や「だんご3兄弟」のヒットを生む。退職後ネットベンチャーのデジタルガレージ 取締役副社長に転職。現在はデジタル関連のコンサルティングを行なっているかたわら、デジタルハリウッド大学大学院教授として人材教育にも携わっている。ヒットコンテンツブログ更新中。著書に『ヒット学─コンテンツ・ビジネスに学ぶ6つのヒット法則』(ダイヤモンド社)、『アイデアをカタチにする仕事術 - ビジネス・プロデューサーの7つの能力』(東洋経済新報社)など。テレビ東京の経済ドキュメント番組「時創人」では番組ナビゲーターを務めた。

「ビジネス・プロデューサーの7つの能力」とは…

アイデアをカタチにする仕事術として、「デジタル化」「フラット化」「ブローバル化」の時代のビジネス・スタイルでは、ビジョンを「0-1創造」し、自らが個として自立して、周りを巻き込んで様々なビジネス要素を「融合」し、そのビジョンを「1-100実現」する「プロデュース力」が求められる。その「プロデュース力」は、「発見力」「理解力」「目標力」「組織力」「働きかけ力」「柔軟力」「完結力」の7つの能力により構成される。

「ヒット学」とは…

「ヒット学」では、ヒットの要因を「時代のニーズ」「企画」「マーケティング」「製作」「デリバリー」の5要因とそれを構成する「必然性」「欲求充足」「タイミング」「サービス度」などの20の要因キーワードで分析。その要因を基に「ミスマッチのコラボレーション」など、6つのヒット法則によりヒットのメカニズムを説明している。プロデューサーが「人」と「ヒットの芽(ヒット・シグナル)」を「ビジネス・プロデューサーの7つの能力」によりマネージして、上記要因や法則を組み合わせてヒットを生み出す。