デジタルハリウッド大学大学院教授、ヒットコンテンツ研究所の吉田就彦です。

このコラム「吉田就彦の『ヒットの裏には「人」がいる』」では、様々なヒットの裏にいるビジネス・プロデューサーなどの「人」に注目して、ビジネスの仕掛け方やアイデア、発想の仕方などを通じて、現代のヒット事例を分析していくコラムです。

第21回目のテーマは、地産地消ヒーロー - 超神ネイガー軍団が繰り広げるローカル活性法

大ブームを巻き起こした秋田県の「超神ネイガー」というヒーローをご存じでしょうか。「超神ネイガー」とは、米農家を営む心優しい青年アキタ・ケンが、ナモミハギ(なまはげ)の力を借りて変身し、山や海、田畑などの自然を破壊し明日の秋田をダメにするために活動する悪の組織「だじゃく組合」から、秋田の平和と自然を守るために戦う地産地消のローカル・ヒーローです。

使う武器は、きりたんぽ型の剣「キリタンソード」や県魚ハタハタ型の銃「ブリコガン」("ぶりこ"はハタハタの卵)。「出羽富士」と呼ばれる鳥海山のエネルギーが込められた「鳥海キック」やキリタンソードを使った「比内鳥クラッシュ」、カマクラナックルを使った「横手豪雪パンチ」を駆使して、秋田の米に害を及ぼすカメムシや漁業に被害を出すエチゼンクラゲなどをモチーフにする悪いやつら「だじゃく組合」をやっつけます。

"ネイガー"という名前は、なまはげの「泣ぐ子はいねぇがぁ~?」という言葉に由来しています。2003年にデビューしてから、テレビ、CM、ゲーム、CD、関連グッズなどあらゆる地元産業に進出し、年間200回のステージをこなして、経済効果が測り知れないほどの社会現象を秋田に起こしています。

そんな秋田の「超神ネイガー」から岩手県の「岩鉄拳チャグマオー」、青森県の「跳神ラッセイバー」の北東北3ヒーローに続いて今年の夏にデビューを飾ったのが、山形の「出羽戦士 ガ・サーン」です。

「ガ・サーンは、山にこもり、過酷な修行に耐えて心身を鍛え上げ、山形の特産品を自在に操ることのできる人間を超えたつわもの「きたえびと」の一人。「きたえびと」たちは、人々を守るために武術を代々伝承しており、遠い昔に山形で悪さをしていた「ヤマガリ一族」を制圧したが、「ヤマガリ一族」がよみがえり、再び戦うというストーリー設定になっている」(山形新聞)

このガ・サーンも当然、ご当地の月山から名前をもらい、出羽三山で修業する山伏をモチーフに、山形県の特産品サクランボ付きの「さくらん棒」の棒術や、これも特産品のだだちゃ豆にして拳を繰り出す「速新だだちゃ拳」が得意技の地産地消のローカル・ヒーローです。

これら「超神ネイガー」を筆頭にした一連のローカル・ヒーローのデザインやプロデュースを行っているのが、有限会社エフツーゾーンの海老名保 代表取締役です。まさに海老名さんはこのヒーロー達のプロデューサーであるのですが、それだけでなく実際にヒーローとなって悪者をやっつけたりもします。

実は海老名さんは若い時にご自分でもヒーローに憧れてプロレスに挑戦したり、俳優に挑戦したりしました。それだからこそヒーローもご自身で演じることができます。しかし、それらに挫折して秋田に戻って背水の陣で臨んだのが「超神ネイガー」だったのです。

海老名さんは、その活動をまとめた著「超神ネイガーを作った男」の中で、プロデュースの成功の秘訣を"こだわりポイント"として以下のように記しています。

こだわりポイント1

なまはげをモデルにしたヒーローでは、本来悪者である鬼という陰の存在を、陰と陽の組み合わせで陽のヒーローにしました。これは、私のヒット法則では法則1「ミスマッチのコラボレーションがヒットを生む」と通じるものがあります。

こだわりポイント2

秋田にこだわったネーミングでは、先述のようななまはげの台詞からとった秋田弁にヒーローのヒットパターンであるガ行の音を反映させて、かっこいいデザインのヒーローに秋田弁の親しみやすさを狙いました。これも陰と陽ですね。

こだわりポイント3

魅力的な悪役たちとして「だじゃく組合」を設定しています。

ポイント4

秋田に徹底的にこだわったシナリオも前述とおりで、地域に完全密着しました。

また、製作面でのこだわりとしては2つあります。1つめはネイガーを演じるのはただ一人ということです。ネイガーは海老名さんだけが演じることで本物志向を演出しました。サインするネイガーは一人なので憧れを最大化できるわけです。絶対二人は見せないディズニーランドのミッキーの演出法に似ています。

2つめのポイントとしては、表方=裏方として取り組む姿勢を書いています。自分が身につけるものは自分で作るのがポリシーで、演じるためのトレーニングも毎日欠かさず、出る者と支える者という垣根を払って、自分たちの思いがストレートに観客に伝わる努力をしています。

これらの海老名さんのヒーローに対するこだわりは、彼がプロデュースするすべてのヒーローに共通することです。海老名さんのヒーロー・プロデュースがなぜ他と違いヒットするのか、それはさっきのこだわりに表れているように、ヒット法則2「明確なコンセプトがヒットを生む」であり、その明確なコンセプトを貫き通すヒット法則4「継続性・連続性がヒットを生む」ということなのです。

今年8月に立ちあがった山形の「出羽戦士 ガ・サーン」も毎月イベントが目白押しで、大活躍しています。ときには大先輩ネイガー以上に人が集まると言います。

そんな人を集める工夫も1回1回の子供たちとの触れ合いを大切に、毎回ちゃんと全員と握手して子供たちの心にしっかりヒーローをインプットするという、海老名さんの効率化に溺れない地に足がついた活動の賜です。地産地消のローカル・ヒーロー、そのヒットの裏には文字通りその土地にしっかり足を付け立っているプロデューサーの存在があるのです。

執筆者プロフィール

吉田就彦 YOSHIDA Narihiko

ヒットコンテンツ研究所 代表取締役社長。ポニーキャニオンにて、音楽、映画、ビデオ、ゲーム、マルチメディアなどの制作、宣伝業務に20年間従事。「チェッカーズ」や「だんご3兄弟」のヒットを生む。退職後ネットベンチャーのデジタルガレージ 取締役副社長に転職。現在はデジタル関連のコンサルティングを行なっているかたわら、デジタルハリウッド大学大学院教授として人材教育にも携わっている。ヒットコンテンツブログ更新中。著書に『ヒット学─コンテンツ・ビジネスに学ぶ6つのヒット法則』(ダイヤモンド社)、『アイデアをカタチにする仕事術 - ビジネス・プロデューサーの7つの能力』(東洋経済新報社)など。テレビ東京の経済ドキュメント番組「時創人」では番組ナビゲーターを務めた。

「ビジネス・プロデューサーの7つの能力」とは…

アイデアをカタチにする仕事術として、「デジタル化」「フラット化」「ブローバル化」の時代のビジネス・スタイルでは、ビジョンを「0-1創造」し、自らが個として自立して、周りを巻き込んで様々なビジネス要素を「融合」し、そのビジョンを「1-100実現」する「プロデュース力」が求められる。その「プロデュース力」は、「発見力」「理解力」「目標力」「組織力」「働きかけ力」「柔軟力」「完結力」の7つの能力により構成される。

「ヒット学」とは…

「ヒット学」では、ヒットの要因を「時代のニーズ」「企画」「マーケティング」「製作」「デリバリー」の5要因とそれを構成する「必然性」「欲求充足」「タイミング」「サービス度」などの20の要因キーワードで分析。その要因を基に「ミスマッチのコラボレーション」など、6つのヒット法則によりヒットのメカニズムを説明している。プロデューサーが「人」と「ヒットの芽(ヒット・シグナル)」を「ビジネス・プロデューサーの7つの能力」によりマネージして、上記要因や法則を組み合わせてヒットを生み出す。