デジタルハリウッド大学大学院教授、ヒットコンテンツ研究所の吉田就彦です。

このコラム「吉田就彦の『ヒットの裏には「人」がいる』」では、さまざまなヒットの裏にいるビジネス・プロデューサーなどの「人」に注目して、ビジネスの仕掛け方やアイデア、発想の仕方などを通じて、現代のヒット事例を分析していくコラムです。

第20回目のテーマは、仕掛けの嵐を支えるベース - 境港水木しげるロード観光客300万人突破

今、もしかしたら日本で一番熱く燃えている観光地が、鳥取県境港市にある「水木しげるロード」かもしれません。ご存知漫画「ゲゲゲの鬼太郎」などで有名な水木しげる先生の出身地として日本中で注目されている街です。今年は、水木しげる先生の奥様が主人公となったNHKの朝の連続テレビ小説「ゲゲゲの女房」が放送されて、これまでの水木しげるロードの入り込み客数の新記録更新が続いています。

1993年にこの水木しげるロードに観光客を呼び込もうとして、妖怪のブロンズ像を設置しわずか年間2万1,000人からこの仕掛けはスタートしました。ロードに妖怪神社を建立した2000年には61万311人、水木しげる記念館が開館した2003年には85万4,474人と順調に数字を伸ばし、2007年には147万8,330人とついに100万人を超え、通算入り込み客数1,000万人を突破した2008年には172万1,725人まで達しました。そして、ついに今年は前述のように、これまでの入り込み客数のダブルスコアとなる350万人まで視野に入りました。まさに大ブレイク、大フィ-バーといったところです。

普通、水木しげる記念館のような箱ものの記念館や博物館は、開館時が一番のピークでそれからはジリ貧になっていくことが多いのですが、この水木しげるロードはまったく異なります。多少のデコボコはあるもののずっと右肩上がり、通常では考えられない数字を上げています。

これらの一連の記録を打ち立てた水木しげるロード発展の中興の祖とでも言うべきプロデューサーがいます。その人物とは、現 境港市観光協会の会長である桝田知身さんです。実は桝田さんと私は3年ほど前からお付き合いがあり、何度も境港市に足を運んでいる旧知の仲です。初めに取材に行ってお話を伺い、水木しげるロードや水木しげる記念館の凄さを間の当たりにしてすっかり私は桝田さんのファンになってしまいました。

そんな中、今年「ゲゲゲの女房」放映の話を聞いて、先日出版した私の共著書『大ヒットの方程式~ソーシャルメディアのクチコミ効果を数式化する』でも、改めてブログ分析のマーケティング手法を披露するとともに、そのデータからいかに水木しげるロードが凄いかを書きました。

この水木しげるロードの観光客誘引のノウハウは、あらゆる地方活性化のためのヒントが満載なのですが、先日久しぶりに桝田さんとお会いしいろいろお話を伺って、桝田さんが観光協会会長を始められた2004年の80万人から今年の350万人に至る過程で、4倍もの入り込み客数を増加させたプロデュース術を私なりにまとめてみたいと思います。

桝田さんがおっしゃっているこれだけの大成功を生んだ要因には、基本的なヒットのベースがいくつかあるようです。そのベースはヒットの仕掛けを行う際に必要な前提要因ということができます。

その前提要因の第1は、扱う「妖怪」という存在の深さと拡がりです。もちろん、水木しげる先生がお書きになっている「ゲゲゲの鬼太郎」の鬼太郎やねずみ男、目玉おやじなどのキャラクターの豊富さもその大きな要因ですが、その背後にある妖怪という民俗学にまで及ぶ深く巨大な背景がさまざまな可能性を生んでいます。

民俗学者柳田國男の「遠野物語」でも河童などの妖怪のことが記述されていますが、その日本文化に根ざしている妖怪という存在の深みが仕掛けには最高のコンテンツだと桝田さんはおっしゃっています。

2番目は、正確なデータ収集による仕掛け立案です。先述した水木しげるロード入り込み客数は1ケタの数字まで出ています。これは、水木しげるロードに設置されているセンサーが入り込み観光客の数字をカウントしているから出てくるデータなのです。ずっと毎日定点観測的に数字を見ることによって、さまざまな仕掛けの効果検証や予測数字とのGAP要因を考えることが出来て、しかもパブリシティのネタになります。

『大ヒットの方程式』でもその方程式を使ってシミュレーションする際に、毎日の数字の変化を追えることがクチコミ・マーケティングには必要と書きましたが、それができているのが水木しげるロードというわけです。

そして、第3がパブリシティの広告費換算集計です。お金がない市の予算をほとんど使わないで宣伝するには、テレビや新聞、雑誌などのパブリシティ展開しかありません。このパブリシティ効果のみでここまでの観客数を伸ばしてきたと言っても過言ではありません。その広告費換算をすべてのメディア露出について行い、その数字的な効果測定を怠らないことが桝田さん流の仕掛けのベースのひとつです。

以上のような仕掛けのベースを縦横無尽に駆使して桝田さんがとったマーケティング戦術の極意は「イベントの嵐」です。とにかく大きい小さいは問わず、さまざまな形でイベントをしかけてパブリシティのネタとするのです。

○○○人突破イベントは数知れず、妖怪ブロンズ像のスポンサー一般公募に始まり、JR境線の妖怪列車の除幕式、壱岐への鬼太郎フェリーの就航記念セレモニー、航空自衛隊機の美保基地50周年記念「鬼太郎」塗装のお披露目、米子鬼太郎空港の愛称記念イベント、水木しげるロードの妖怪街灯、河童の泉、妖怪ベンチの設置、鬼太郎像の着せ替え衣装募集、妖怪ジャズフェス、妖怪そっくりコンテスト、妖怪検定、妖怪川柳、果てはジャズトランペッター日野皓正作曲の妖怪ソングまで制作、カラオケにまで入れたといいます。さらには、妖怪紙芝居、妖怪ウオーク、妖怪シンポジウム、妖怪人気投票、妖怪スタンプラリー、妖怪ガイド本等の書籍発売に続いて、桝田さんによる『水木しげるロード熱闘記―妖怪によるまちづくり境港観光協会の挑戦』まで出版してしまいました。

これらありとあらゆるイベントや仕掛けに、鬼太郎などのキャラクターや水木先生ご自身にも参加いただいてパブリシティ化しました。そのような仕掛けの嵐を常にどんどん行うことで、飛び道具であるテレビドラマやアニメ放映、映画などが一過性のイベントにならず、その相乗効果でこの大記録が生まれたのです。

桝田さんはこう言っています。「物事というのは、できないだの、難しいだのいっていたのでは何もできない」-- 常にたゆまないアイデアの連続投入で話題を絶やさずに世の中の注目を集めること、これは私が提唱するヒット法則3「常に新鮮な驚きがヒットを生む」とヒット法則4「継続性・連続性がヒットを生む」の共存です。それは私が「大ヒットの方程式」で書いたクチコミによる現代的なマーケティング手法のポイントと完全に合致するものです。

そして、それをもの凄いスピードで行う強力で強引なリーダーシップ。「目標力」でビジョンを描き、それを「1-100実現」する。それが桝田流の地方活性化の極意なのです。

執筆者プロフィール

吉田就彦 YOSHIDA Narihiko

ヒットコンテンツ研究所 代表取締役社長。ポニーキャニオンにて、音楽、映画、ビデオ、ゲーム、マルチメディアなどの制作、宣伝業務に20年間従事。「チェッカーズ」や「だんご3兄弟」のヒットを生む。退職後ネットベンチャーのデジタルガレージ 取締役副社長に転職。現在はデジタル関連のコンサルティングを行なっているかたわら、デジタルハリウッド大学大学院教授として人材教育にも携わっている。ヒットコンテンツブログ更新中。著書に『ヒット学─コンテンツ・ビジネスに学ぶ6つのヒット法則』(ダイヤモンド社)、『アイデアをカタチにする仕事術 - ビジネス・プロデューサーの7つの能力』(東洋経済新報社)など。テレビ東京の経済ドキュメント番組「時創人」では番組ナビゲーターを務めた。

「ビジネス・プロデューサーの7つの能力」とは…

アイデアをカタチにする仕事術として、「デジタル化」「フラット化」「ブローバル化」の時代のビジネス・スタイルでは、ビジョンを「0-1創造」し、自らが個として自立して、周りを巻き込んで様々なビジネス要素を「融合」し、そのビジョンを「1-100実現」する「プロデュース力」が求められる。その「プロデュース力」は、「発見力」「理解力」「目標力」「組織力」「働きかけ力」「柔軟力」「完結力」の7つの能力により構成される。

「ヒット学」とは…

「ヒット学」では、ヒットの要因を「時代のニーズ」「企画」「マーケティング」「製作」「デリバリー」の5要因とそれを構成する「必然性」「欲求充足」「タイミング」「サービス度」などの20の要因キーワードで分析。その要因を基に「ミスマッチのコラボレーション」など、6つのヒット法則によりヒットのメカニズムを説明している。プロデューサーが「人」と「ヒットの芽(ヒット・シグナル)」を「ビジネス・プロデューサーの7つの能力」によりマネージして、上記要因や法則を組み合わせてヒットを生み出す。