デジタルハリウッド大学大学院教授、ヒットコンテンツ研究所の吉田就彦です。

このコラム「吉田就彦の『ヒットの裏には「人」がいる』」では、さまざまなヒットの裏にいるビジネス・プロデューサーなどの「人」に注目して、ビジネスの仕掛け方やアイデア、発想の仕方などを通じて、現代のヒット事例を分析していくコラムです。

第19回目のテーマは、地域再生の鍵は地域文化継承にあり - 矢部川流域プロジェクトの挑戦

地産地消という言葉が使われて久しく、農業などにおけるフードマイレージの考え方も浸透して環境への意識が高まっている今の日本ですが、その環境指向もだいぶポピュラーになってきました。地元でとれた魚や農作物を食べることで、輸送コストにかかる石油などの化石燃料エネルギーの消費を軽減していこうという意識も根付きつつあります。

さらには、前回取り上げた菅総理大臣の森林・林業への思いの中には、地域再生というキーワードもありました。地域の産業を再生し活性化させるためには、国土の68%を覆い、特に地方にその比重が多い森林資源の需要喚起が欠かせないとの考えです。

これら現在日本の重点課題である環境問題と地方や林業の再生に、実にユニークで本質的な回答を出しているNPO法人があります。それは福岡県のNPO法人矢部川流域プロジェクトで、有明海に注ぐ福岡県南部の矢部川流域に残る地域伝統の自然建築素材を使って、一棟丸ごと地元の材料で家を作ることを推進しているNPO法人です。

中心となっているのは、建築家でもあるイシナガ建築工房の石永節生理事長です。ある意味、石永さんの強力なプロデュース力によって、地域のさまざまな文化が結びつき他と一線を画すユニークな活動に繋がっています。

日本全国で叫ばれているものの地域再生という大命題はなかなか具体化していない中で、石永さんが行っている取り組みは地域再生のひとつの方向性を示す好事例だと思います。菅総理にもぜひ知っていただきたい優れモノです。

石永さんが住宅を造るときに掲げているコンセプトは、正真正銘の健康と環境に良い家です。それらは地元の文化として昔から継承されてきた自然建材によるものなのですが、当然それは自然建材を作る人々によって支えられています。自動車産業などでも城下町と言われる部品産業が自動車工場のまわりを囲みますが、その膨大な部品から1台の車が作られるわけで、住宅も同じようにさまざまな建材によって造られています。

石永さんが造る木造住宅の根幹である木材は、矢部川上流の杉ブランド「八女杉」です。それも諸冨林産興業などが葉枯らし天然乾燥や月齢伐採などの試みによって良質の木材を提供しています。施主の方が大黒柱をご自分で伐採するなどの楽しい山との関わりも意識していることで、木材と施主との関係も身近にしているようです。

そして、屋根瓦は城島町に今1社だけ残っている伝統のいぶし銀瓦製造会社によるものです。なんでも関ヶ原の合戦後、有馬の殿様が筑後に封ぜられて、丹波の国より連れてこられた瓦工が当地で作り始めたのがきっかけという歴史ある瓦です。

畳は大木町有機本畳。現在日本で出回ってる畳表に使用されているイ草は90%以上が中国産だと言われ、農薬などによりシックハウスの原因のひとつとして指摘されているようですが、この大木町有機本畳は合鴨農法による稲わらで作る畳床と有機イ草からできており、畳の製造も地元の畳工場で作られています。

また、壁材などに使う漆喰は有明海で捕れる赤貝の貝殻や海草等で作られている柳川の「貝殻漆喰」です。さらには、立花町竹粉炭を家の中に炭素埋設や炭素敷設を行い、障子や襖には八女手漉き和紙を使用しています。

このように、NPO法人では地域の伝統文化や技術を結集した自然素材で、健康的で安心・安全な家造りをサポートしています。これらの自然素材利用は、矢部川流域の地域の特徴が表れており、CO2削減や低炭素社会に貢献できる地産地材の家の根幹なのです。

地元の素材の復活と普及のために、石永さんたちは今年正式にNPO法人矢部川流域プロジェクトを立ち上げ、各種セミナーやワークショップ、さらには、矢部川流域エコツアーなどのイベントによる普及活動を開始しました。

しかも、このNPO法人の理事には建築業者や建材提供者に混ざって、石永さんたちの作った住宅の施主の方が多数参加しています。つまり地産地材住宅に現在住んでいる方がこのNPO法人の趣旨を汲んで参加しているわけです。石永さんによると、それらの人の中には以前シックハウス問題で家族が苦しんでいた方が多いとのことでした。施主の皆さんがNPO法人に主体的に関わっているということは、少しでも世の中に自分たちが得られた安心・安全の家をアピールしたいからなのでしょう。素晴らしい組織です。

その組織は理事長である石永さんの思いと行動力によって形になりました。ビジネス・プロデューサーの7つの能力という視点で見れば、地元の素晴らしい建築素材の発見を生んだ「発見力」と、それを作っている方々をオーガナイズした「組織力」が光ります。この取り組みは朝日新聞の夕刊1面に載るなど、今話題となっています。

地方の活性化には、東京にはないその地域の良いところを有機的に組み合わせて、それをひとつの発信力として世の中にアピールしていくことが肝要です。また、それをカタチにして実行していくことなしにはビジネスは成立しません。石永さんのやっていることは、現在さまざまな地方が抱えている問題点に対してのひとつの解です。

地場産業の再生復興による地域おこしは、昔からある地域の文化価値群に光を当てて、それらを有機的に組み合わせてカタチにする、そんなプロデュース的なビジネス手法が必須なのです。

執筆者プロフィール

吉田就彦 YOSHIDA Narihiko

ヒットコンテンツ研究所 代表取締役社長。ポニーキャニオンにて、音楽、映画、ビデオ、ゲーム、マルチメディアなどの制作、宣伝業務に20年間従事。「チェッカーズ」や「だんご3兄弟」のヒットを生む。退職後ネットベンチャーのデジタルガレージ 取締役副社長に転職。現在はデジタル関連のコンサルティングを行なっているかたわら、デジタルハリウッド大学大学院教授として人材教育にも携わっている。ヒットコンテンツブログ更新中。著書に『ヒット学─コンテンツ・ビジネスに学ぶ6つのヒット法則』(ダイヤモンド社)、『アイデアをカタチにする仕事術 - ビジネス・プロデューサーの7つの能力』(東洋経済新報社)など。テレビ東京の経済ドキュメント番組「時創人」では番組ナビゲーターを務めた。

「ビジネス・プロデューサーの7つの能力」とは…

アイデアをカタチにする仕事術として、「デジタル化」「フラット化」「ブローバル化」の時代のビジネス・スタイルでは、ビジョンを「0-1創造」し、自らが個として自立して、周りを巻き込んで様々なビジネス要素を「融合」し、そのビジョンを「1-100実現」する「プロデュース力」が求められる。その「プロデュース力」は、「発見力」「理解力」「目標力」「組織力」「働きかけ力」「柔軟力」「完結力」の7つの能力により構成される。

「ヒット学」とは…

「ヒット学」では、ヒットの要因を「時代のニーズ」「企画」「マーケティング」「製作」「デリバリー」の5要因とそれを構成する「必然性」「欲求充足」「タイミング」「サービス度」などの20の要因キーワードで分析。その要因を基に「ミスマッチのコラボレーション」など、6つのヒット法則によりヒットのメカニズムを説明している。プロデューサーが「人」と「ヒットの芽(ヒット・シグナル)」を「ビジネス・プロデューサーの7つの能力」によりマネージして、上記要因や法則を組み合わせてヒットを生み出す。