デジタルハリウッド大学大学院教授、ヒットコンテンツ研究所の吉田就彦です。

このコラム「吉田就彦の『ヒットの裏には「人」がいる』」では、さまざまなヒットの裏にいるビジネス・プロデューサーなどの「人」に注目して、ビジネスの仕掛け方やアイデア、発想の仕方などを通じて、現代のヒット事例を分析していくコラムです。

第18回目のテーマは、森林再生が日本を変える - 歴代総理と違った菅総理の視点

鳩山前総理の辞任を受けて誕生した菅直人総理大臣の政権は、民主党の代表選で9月14日に菅さんが再選されたことで、さまざまな問題は抱えつつも長期政権への道に向かっています。その菅総理が初めて就任した時の報道の中でひときわ特徴的だったことは、その後の菅内閣の21の国家戦略プロジェクトの中にも盛り込まれている「森林・林業の再生」です。

この「森林・林業の再生」は、7つの重点戦略として打ち出された「環境・エネルギー」の分野の政策項目のひとつで、これほど明確に日本の森林行政に強い意欲を示した内閣はこれまでありませんでした。

菅総理が2004年に民主党の代表を辞任した際に、お遍路巡礼に行ったことが当時話題となりました。その際に四国の山の旅館の亭主に語ったことが、2010年6月5日の朝日新聞にこう紹介されていました。「地方を元気にするためには、森林などの資源の有効活用が必要。だから山を見たかった」 - 戦後に植林した杉や檜が伐採時期を迎えていることや、日本の面積の68%に上る森林資源を産業化することが、地方活性の鍵との考えです。

そんな菅総理が、森に言及する背景には政治家菅直人としての思想信条に加えて、時代感覚もあるように思います。プロデューサー的資質で見ればヒット要因キーワード「タイミング」を見る目です。

今年はCOP10の年で、名古屋で国際生物多様性年の会合が開かれて、各国代表によるさかんな議論が闘わされました。当然、森はその生物多様性を象徴する存在で、種の多さを維持するためにも、医薬品等に転用可能な天然資源を育む場としても、二酸化炭素問題でも、人類にとってかけがえのないものです。そんな森という存在に光を当てることは、菅総理にとって、政治家としてのイメージングに恰好の材料だったとも思います。

さらに来年2011年は国際森林年です。先日、COP10の生物多様性交流フェアの中で行われたイベント「LIVE DRYAD 2010.COP10 Version」は、「2010国際生物多様性年から2011国際森林年に向かって」をテーマに行われました。

実はこのイベントのパネルディスカッションに私もコメンテーターとして参加して、林業ビジネスの今後というテーマで林野庁の官僚の方などと議論してきました。このように、森や木をテーマに来年の国際森林年を睨んだイベントがこれから日本のあちこちで催されていくことになります。

実はこれらの事を睨み、現在、林業業界が産業の活性化のチャンスと見てさまざまな活動を加速させています。今や外材に押され自立した産業として成り立たない状況に苦しんでいる林業。これまでの国の政策では大規模農業化と同じように、大規模な林業集団を促して、産業としての効率化と安定供給化を図ろうとしてきたのですが、どうやらそれだけではなかなか日本の林業が良くならず閉塞感の中で手探り状態でした。

しかし、菅総理の発言によって大きく世の中の注目を集め、業界にもさざ波が起こっています。これが公的な発言の力なのです。国会や国連などの国際会議での発言、しかも日本の総理大臣の発言ということはもの凄い力があるということなのです。

明治時代の富国強兵政策、戦後の池田総理の所得倍増政策、列島改造論の田中総理、小泉総理の郵政改革、それらの政策の優劣はその後の歴史家にゆだねられるものの、時の総理大臣の発言とリーダーシップは国に大きな影響を与えるわけです。それは当然、社会に、家庭に、生活に影響を与えていくことになります。

ちなみに、森林・林業の再生ということは、条件は付きますが、経済や環境、文化などの領域で大きく5つのメリットを日本にもたらすと私は考えています。

1つ目は、菅総理も自らおっしゃっている地方の活性化への寄与。森林を多く抱える地方で林業産業を活性化させられれば雇用も生まれ、地方に活気も生まれるという事です。ただし、現場の高齢化問題や技術の伝承を急がなければならないことや他の産業との連携の必要性はあります。

2つ目は、木はサステナブルな資源であるということです。石油や石炭、鉱物資源などは掘ってしまえばなくなります。今話題になっているレアアース問題などは、まさにその状況を如実に知らせてくれます。しかも日本にはほとんど鉱物資源はありません。しかし植林が可能な木材資源は継続的に利用が可能であり作ることが出来る資源なのです。ただし、それを行うためには育つまでの100年の計が必要ではあります。

3番目は、環境保全のメリットです。木はCO2を吸収し酸素を吐き出します。また、COP10で二次的自然環境の保全を目的としたSATOYAMAイニシアティブでもクローズアップされた里山には木の存在が不可欠です。それを有効化するためには森林・林業の産業再生が必須です。

4番目は、住環境における自然素材としての木の役割です。シックハウス問題など新建材の問題点が指摘されている中、木の家作りは人間にやさしい住環境を提供します。ただし、これも有害物質を使わない天然の安心・安全な木材の流通や建築方法があってはじめて実現できることです。

そして、最後の5番目が一番深いかもしれませんが、日本の文化に光を当てるメリットです。日本は古来から森林と共にあった木の文化を持っています。世界最古の木造建築と言われる世界遺産法隆寺や芸術的で細かい木工細工品など、木を中心にさまざまな形で日本の伝統文化が継承されてきました。経済的に成り立たず後継者がいなくなりそれが廃れようとしている中、TPP等国際貿易問題を抱える日本にとって、輸出可能な、または観光資源でも重要な日本文化に光が当たるメリットです。ただし、これも本当に緊急の課題である伝統継承問題の解決が必須です。

このように、「森林・林業の活性化」にはさまざまな波及効果を生む可能性があり、それを菅総理は見据えてビジョン化して発言しているのだと思います。これはまさしくプロデューサーとして総理を捉えると、プロデューサーの7つの能力のうちの「発見力」と「目標力」の発揮と言えます。

菅総理がプロデューサーとしてヒットを飛ばせるかどうか。それはもちろん今後の展開ということになりますが、この森林・林業のことだけに限らず、日本の将来ビジョンをしっかり示してぜひ実現してもらうことを期待しつつ、我々国民も共に実現に向かって行動するCO-PRODUCERであらねばならないのです。

執筆者プロフィール

吉田就彦 YOSHIDA Narihiko

ヒットコンテンツ研究所 代表取締役社長。ポニーキャニオンにて、音楽、映画、ビデオ、ゲーム、マルチメディアなどの制作、宣伝業務に20年間従事。「チェッカーズ」や「だんご3兄弟」のヒットを生む。退職後ネットベンチャーのデジタルガレージ 取締役副社長に転職。現在はデジタル関連のコンサルティングを行なっているかたわら、デジタルハリウッド大学大学院教授として人材教育にも携わっている。ヒットコンテンツブログ更新中。著書に『ヒット学─コンテンツ・ビジネスに学ぶ6つのヒット法則』(ダイヤモンド社)、『アイデアをカタチにする仕事術 - ビジネス・プロデューサーの7つの能力』(東洋経済新報社)など。テレビ東京の経済ドキュメント番組「時創人」では番組ナビゲーターを務めた。

「ビジネス・プロデューサーの7つの能力」とは…

アイデアをカタチにする仕事術として、「デジタル化」「フラット化」「ブローバル化」の時代のビジネス・スタイルでは、ビジョンを「0-1創造」し、自らが個として自立して、周りを巻き込んで様々なビジネス要素を「融合」し、そのビジョンを「1-100実現」する「プロデュース力」が求められる。その「プロデュース力」は、「発見力」「理解力」「目標力」「組織力」「働きかけ力」「柔軟力」「完結力」の7つの能力により構成される。

「ヒット学」とは…

「ヒット学」では、ヒットの要因を「時代のニーズ」「企画」「マーケティング」「製作」「デリバリー」の5要因とそれを構成する「必然性」「欲求充足」「タイミング」「サービス度」などの20の要因キーワードで分析。その要因を基に「ミスマッチのコラボレーション」など、6つのヒット法則によりヒットのメカニズムを説明している。プロデューサーが「人」と「ヒットの芽(ヒット・シグナル)」を「ビジネス・プロデューサーの7つの能力」によりマネージして、上記要因や法則を組み合わせてヒットを生み出す。