デジタルハリウッド大学大学院教授、ヒットコンテンツ研究所の吉田就彦です。

このコラム「吉田就彦の『ヒットの裏には「人」がいる』」では、さまざまなヒットの裏にいるビジネスプロデューサーなどの「人」に注目して、ビジネスの仕掛け方やアイデア、発想の仕方などを通じて、現代のヒット事例を分析していくコラムです。

第17回目のテーマは、本が売れない時代にヒットを作る - 鬼塚忠的プロデュース術

ここ数年よく言われているのが出版業界の不調です。広告費で雑誌がインターネットに抜かれて久しく、さらにその存在をもネットに脅かされ、若者の文字離れも手伝って一般図書も売れない時代です。さらに今年はiPadの発売もあり、いまや完全に電子書籍ブームで、出版不況に追い打ちをかけるような材料が世の中全体に充満しています。

そんな構造不況と言われている出版業界にあって、ひときわ目立つ存在があります。和田裕美 著『世界No.2営業ウーマンの「売れる営業」に変わる本』が22万部、大橋禅太郎 著『すごい会議』が12万部、奥野宣之 著『情報は1冊のノートにまとめなさい』に至っては32万部という具合に大ヒット本を連発している作家エージェント会社「アップルシード・エージェンシー」の鬼塚忠代表取締役です。

この会社は、フィクション、ノンフィクション、ビジネスなどのさまざまなジャンルの書籍を年間80冊ほどプロデュースしている会社で、これまでに日本の出版業界にはなかった概念である作家の代理業=エージェントという立場で、出版業界に今大旋風を巻き起こしています。

実はかく言う私も、鬼塚さんがプロデュースした本『考具 - 考えるための道具、持っていますか?』(加藤昌治 著)を私の研究室のメンバーに紹介して、結果鬼塚さんのヒットに貢献していました。『考具』は、博報堂の社員の方が書いた企画発想法をまとめたもので、ヒット作りの教材として利用させていただいている本でした。

このようにさまざまなジャンルのさまざまなタイプの本をプロデュースしている鬼塚さんは、まさに出版界の大物プロデューサーと言える方ですが、実は大変ユニークな経歴の持ち主です。鹿児島大学水産学部を休学してロンドンに留学後、世界を放浪し、さらに卒業しても世界を放浪。それらのことを書いて新聞などに売り込んで本にしてまた放浪するなど、文字通り世界中を駆け巡った20代でした。

旅費はその国々でアルバイトしながら、スペインでは牛追い祭りに参加して地元のメディアに出たり、モロッコでストリートボクシングのチャンピオンと対決したり、インドではあのオウム真理教の麻原彰晃とも会うなど、実にさまざまな経験をしたそうです。

その後、縁あって日本で海外の書籍を日本の出版社に売り込む会社に入社して出版の世界に入り、自分でもコンテンツを作って世界に発信しようと「アップルシード・エージェンシー」を仲間と立ち上げ、独立します。

先日、その鬼塚さんを私達が行っている「ビジネスプロデュース研究会」に招いて、プロデュース法について話を伺いました。その際に鬼塚さん流の書籍プロデュース術をいろいろご披露いただいたわけですが、その会で書籍を出した方の企画を鬼塚さん流に切ったコメントから鬼塚さん流のプロデュースのポイントが見えてきました。それを私なりに整理してみます。

まず、当然ながら「タイトル」、そのタイトルと連動する「ジャケットのイメージ」、そして「目次」。この3つにまずは鋭いメスが入りました。決して押しつけがましくなく鬼塚さんから出てくるメッセージは、いかにして人の気持ちを掴むか、興味を持ってもらうかということでした。当たり前と言えば当たり前なのですが、それは鬼塚さんが外国の本を日本に売り込むときに、日に20冊は著者プロフィールと目次に眼を通して鍛えてきた人の心を掴むための"何か"を探そうとする姿勢なのでした。

私のヒット法則3に「常に新鮮な驚きがヒットする」というのがあるのですが、ヒット要因キーワード「差別化ユニーク」とともに、いかに特徴のある面白いと思わせる書籍であるか、かつスーと入り込めるのかにこだわっているのです。

そして、次は誰が書くのかです。要するにプロフィールに該当することですが、どんな人がその内容を書くのか、専門家なのか、キャラクターが立って面白い人なのか、その経験や考え方が面白いのか、ということなのでしょう。会のメンバーの企画についても専門的知識や経験のことを突っ込んで聞いていました。

鬼塚さんはある雑誌のインタビューで、売れる本を作るためには作家自身の個性が大事で欠かすことができないと答えており、ある失敗から人の良い部分を出そうと心がけるようになったと答えています。書籍を売れるようにするためには、その書籍を書いた作家の力を最大限に引き出すことが重要というように聞こえます。それはまさにプロデューサーの仕事感覚なわけです。

さらに鬼塚さんが面白いことはご自身も作家であることです。趣味ですから、と謙遜されながら紹介していただいた『Little DJ - 小さな恋の物語』はなんと18万部のベストセラーで、2007年には映画化もされました。その元になる実話を聞いたとき、鬼塚さんはこれは映像になると思ったそうで、書籍というコンテンツの先に、フジテレビ45周年記念ドラマになった『海峡を渡るバイオリン』(陳昌鉉 著)のように、現在ではメディアミックスを上手く仕掛けて書籍の価値を高めています。

これらの手法は、書籍というコンテンツの中に込められた作家の書きたいことである、文字通り情報の"中身"という意味でのコンテンツを最大化させることで、それが人の心に興味や感動として響く事から世に拡がっていくという仕掛けです。これこそ、鬼塚さんの究極のプロデュース術の極意であり、ヒットを生むための鬼塚さんの方法論と言えます。

コンテンツ価値の最大化をいかにデザインするか、それは、作家鬼塚忠という存在も大きく影響していると感じます。その意味で鬼塚さんは、私が「アイデアをカタチにする仕事術」で書いた「0-1創造」で、無から有を生むクリエイティビティにも長けたプロデューサーと言えるわけです。

執筆者プロフィール

吉田就彦 YOSHIDA Narihiko

ヒットコンテンツ研究所 代表取締役社長。ポニーキャニオンにて、音楽、映画、ビデオ、ゲーム、マルチメディアなどの制作、宣伝業務に20年間従事。「チェッカーズ」や「だんご3兄弟」のヒットを生む。退職後ネットベンチャーのデジタルガレージ 取締役副社長に転職。現在はデジタル関連のコンサルティングを行なっているかたわら、デジタルハリウッド大学大学院教授として人材教育にも携わっている。ヒットコンテンツブログ更新中。著書に『ヒット学─コンテンツ・ビジネスに学ぶ6つのヒット法則』(ダイヤモンド社)、『アイデアをカタチにする仕事術 - ビジネス・プロデューサーの7つの能力』(東洋経済新報社)など。テレビ東京の経済ドキュメント番組「時創人」では番組ナビゲーターを務めた。

「ビジネス・プロデューサーの7つの能力」とは…

アイデアをカタチにする仕事術として、「デジタル化」「フラット化」「ブローバル化」の時代のビジネス・スタイルでは、ビジョンを「0-1創造」し、自らが個として自立して、周りを巻き込んで様々なビジネス要素を「融合」し、そのビジョンを「1-100実現」する「プロデュース力」が求められる。その「プロデュース力」は、「発見力」「理解力」「目標力」「組織力」「働きかけ力」「柔軟力」「完結力」の7つの能力により構成される。

「ヒット学」とは…

「ヒット学」では、ヒットの要因を「時代のニーズ」「企画」「マーケティング」「製作」「デリバリー」の5要因とそれを構成する「必然性」「欲求充足」「タイミング」「サービス度」などの20の要因キーワードで分析。その要因を基に「ミスマッチのコラボレーション」など、6つのヒット法則によりヒットのメカニズムを説明している。プロデューサーが「人」と「ヒットの芽(ヒット・シグナル)」を「ビジネス・プロデューサーの7つの能力」によりマネージして、上記要因や法則を組み合わせてヒットを生み出す。